第12話 カーネーション -無垢で深い愛-

「…これが僕の全て」

「…。」


 俺は優璃の過去を知り、何とも言えない心境になる。

 “凪葉として接しても良い”という言葉に隠された思い、“君をずっと見てきた”という出会った頃に言われた言葉の真実を知った。

 今までの行動も言動も、俺のわからない所で優璃は何を考え、思っていたのかを知った。

 許容できない部分は多少なりともあったが、俺はそれを含めて同情してしまう。


 優璃ほど誰かに対して好意を寄せた事は無いが、もし誰かを好きになっていたら、俺も同じように直接は関わらず、間接的にしか出来ないだろう。…流石に殺そうとまではしないが。

 俺は女心どころか、他人の心もわからないが、もし優璃の時のように“好意を寄せている人の恋人が自分と同じ顔をしている”場合、もしかしたら俺も優璃と同じように思うかもしれない。


 “顔は同じなのに”

 “どうして自分を選んでくれなかったんだ”

 “どうして自分じゃダメなんだ”


 そしてその恋人の枠を奪い、恋人を演じる事でようやく関わりを持てたかと思いきや“お前に恋人を演じる事は出来ない”“素のお前が良い”と言われる始末。


 自分を捨てた後に素のお前が良いなんて言われたら、そりゃ“もう遅いよ”と思うのも当然である。

 まぁ、俺は“素のお前が良い”なんて言ってはいないが。


「…怖いよね。君を殺そうとした人が目の前にいるなんてさ」


 優璃は俯きながらそう言った。

 今日の今まで、俺はあの行いが優璃に憑依した凪葉によるものだと思っていたが、実際は凪葉になりきり過ぎて自分を忘れ、怒りのあまり暴走した優璃によるものだったのだから。


「でも今は違うだろ」

「え?」


 優璃は顔を上げて俺の顔を見つめる。

 

「優璃は俺に似てるな」

「え…何を…?」


 俺は優璃の肩に手を置く。

 優璃は予想外のリアクションだったのか、困惑しているようだった。


「確かに優璃は俺を殺そうとしたのかもしれない、でもそれはもう過去の話だ」

「で、でも…許されない事だから」

「俺は何とも思ってないぞ。現に警察に突き出したりとかしてないじゃん」

「それは君が今まで僕に凪葉が憑依してたと思い込んでたからでしょ?!」

「…じゃあ、何で俺はあの時君を自分の家に招いたんだ?」

「っ、それは…」


 家に招いた時は、まだ俺は優璃に凪葉が憑依している云々の事は頭に無かったし、そうだと思い込んでもいない。

 何で家に招き入れた、と問われればそれは返答に困る。

 なんせ俺にもわからないのだから。

 多分、というよりやっぱり俺は、優璃に対して情が湧いてしまっているのかもしれない。

 もしかしたらこの“情”こそが、俗に言う“好き”という奴なのかもしれない。


「出会ってからほぼ毎日、優璃と一緒に過ごしてきたから…俺はお前を信じたかったんだろうな」

「でも僕は…君からの信頼を裏切った」

「裏切られた気はしてないぞ。そういう思い込みの激しさは優璃の悪い癖だ」

「う…うん…」


 優璃は目線を少し逸らして小さく頷いた。

 思い込みが激しいのは、俺も同じだ。

 対してロクな関わりもないし確証もないくせに“アイツはどうせこうだ”とか“どうせ俺の悪口言ってる”とか、恥ずかしながら小学の時は本気で思い込んでいた。

 そんな思い込みをぶっ壊したのが、凪葉と戦吾だった。

 俺には素晴らしい仲間との出会いがあったから変われた。昔とは違う今の俺がある。

 

 今の優璃は、まるで過去の俺だ。

 思い込みが激しくて、そのまま思い込んだまま行動する。

 その結果失敗して、挫けて、誰もいない場所で泣いて、苦しんで、一人で勝手に辛い気持ちになって、誰も助けてくれないと言って被害者面をする。


 優璃は俺と違って、まだ素晴らしい仲間との出会いをしていない。

 だから…今度は俺が、彼女を変わらせる番だ。


「過去に何があったとか関係なく今まで通りの、俺の事を好きだと思ってくれる黒月優璃でいてほしい」

「…良いの?」

「ああ。てか、そう思い込んでたんじゃなかったのか?」

「…ありがとう、斗君…!」


 優璃は俺にお礼を言うと、今まで抑えていたものが溢れ出すように、ボロボロ泣き始めて、まるで母親を見つけた迷子のように俺に抱きついた。


 俺は変われた、とでも言うような事を言ったが、どうやら俺はまだ変われきれていないようだ。

 

 …俺、素直に君が好きだと言えなかった。

 

 本当に、俺と優璃は似た者同士だ。



 それから数日後、1学期の終業式を迎えた。

 校長の話は長く、退屈で今にも眠ってしまいそうだったが、なんとかそれを耐え抜いて学校を終えると、戦吾と一緒に校門へ向かう。


「あ、斗くーん!」


 そこには、周りの目も気にせずに俺に向けて手を振る黒月優璃の姿があった。

 俺と戦吾は優璃の元へ駆け寄ると、そのまま3人で一緒に下校する。


 3人で帰るのは、久々だった。


 いつも俺と戦吾、もしくは俺と優璃の二人だったから。

 中学の頃は優璃の場所に凪葉がいた。

 空いた席に優璃が座ったのだ。

 中学の時から見慣れた構図のはずなのに、何故か新鮮で真新しさを感じる。

 

 やっぱり、人は顔じゃないんだ。


「にしても、君はどうして僕を警戒しないの?」

「ん?そりゃ斗から事情聞いたし、あんな斗の顔、初めて見たしな…よっぽどお前の事好きなんだな」

「ち、違ぇーから!あん時は…!」

「…違うの、斗君…?」

「いや、あの…うん…なんて言えば良いんだ…?」

「あ、そうだ!俺達で写真撮ろうぜ!」


 ふと、戦吾がそんな提案をする。

 これから夏休みだし、多分その期間も俺達は会って遊んだりするだろう。

 なのに俺達は一緒に写真を撮ったのだ。

 その瞬間、そのひと時を…優璃が正式な“いつメン”になった記念…的な。


「お、よく撮れてんな」

「いや嘘つくなお前めっちゃ目瞑ってんじゃん」

「まぁ青春って事で」

「青春に目瞑るって悲しいやつがする事じゃね…?」

「まぁでも、みんなちゃんとくっきり撮れてんな!にしても本当お前凪葉に似てんなー」

「そ、そうかな…」


 優璃は嬉しそうに顔を赤くしてそう言った。

 今の優璃にとって“凪葉に似てる”は褒め言葉のようだ。


「じゃ、お互いここいらで解散だな!夏休みも夜露死苦米国」

「なんそれ」


 そんな会話を最後に、俺達は自分の家へと帰っていった。と、思いきや優璃は俺の家の方向についてきた。


「せっかく早帰りだし、斗君の家に行きたいな…」

「早帰りじゃなくても俺んちに来るだろ」

「…嫌、かな」

「別に」


 俺がそう言うと、優璃は嬉しそうに笑って俺の腕に抱きついてくる。

 セミがうるさい夏の季節。

 暑苦しいはずの優璃の行動は、腕と心を暑くした。



 とある刑務所にて、一人の囚人に面会しに来た警察官がいた。

 その囚人は、別に死刑囚という訳でもなく、数ヶ月もすれば釈放されるような者だった。

 決して犯した罪は軽くは無いが、あれからもう2年程経過している。

 判決は3年の懲役、5年の執行猶予。

 トラックによる人身事故…一人の死亡者が出た。


「俺に何の用だ」


 囚人は、面会室の椅子に座るや否や、壁の向こうに座る警察官を睨みつける。


「お前は昔、トラックの事故は頼まれてやった事だと言ってたな」

「ああ…証拠無ぇから誰も信じちゃくれなかったがな」

「頼んだ人物は…この真ん中にいる女の子かい?」


 そう言うと、警察官はとある3人の高校生が写っている写真を囚人に見せる。


「そうだ!この女だ!俺はこの女に頼まれてやったんだ!だが…これぁいつの写真だ?」

「これは数日前に私の息子が友達と一緒に撮った写真でね」

「数日前?冗談言うなよ、この女は頼まれた通り事故で亡くなったはずだぞ」

「ああそうだ、君が轢いた子は既に…」


 そう言いかけた時だった。

 警察官は、囚人の発言に違和感を感じた。

 一度頭の中を整理して、警察官はその違和感を指摘する。


「ちょっと待て。お前のその言い方だと、まるでこの子が自分で頼んで自分で轢かれたみたいになってるぞ」

「あ?そうだが?」

「何…?お前、私の言っている事理解しているか?」

「いくら高齢だからってまだ定年前だしボケてもいねぇよ。だから、俺はこの女に自分をトラックで轢いて欲しいって頼まれたから轢いたんだっつってんだろ」

「なん…だと?」


 警察官は困惑した。

 この囚人の発言が言い間違いとか、言葉の使い方を間違えていないのであれば、トラックに轢かれた子…凪葉は、自分で頼んで自分で轢かれたという事になる。


 凪葉ちゃん…君は何の為にそんな事を…?

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