第7話 シバザクラ -燃える恋-
俺はずっと逃げてきた。
凪葉が俺を庇って死んでしまった事実から。
自分の中で事実を書き換えて、戦吾にまで気を遣わせてもらって、過去にはもう触れたくないからとあんな事こんな事考えたりして逃げてきた。
だけど、みんなが自分を見ている…あの時と同じ状況になるとみんなの目がまるで“現実から目を逸らすな、ずっと見ているぞ”と言われているように感じてしまう。
更に、黒月優璃という凪葉と瓜二つの存在も現れ始め、俺は勝手に追い詰められていった。
優璃が怖いのは、凪葉を殺してしまった俺に復讐しに来たのではないかと思ってしまうからだ。
そう思っていたはずだった。
最近は自分でもわからないが、真実と向き合い始め、新しい一歩を踏み出そうとしているのだ。
凪葉だって、そう望んでくれている筈だから。
◇
「あれ、前みたいに逃げようとしないのな」
「もう向き合おうって決めたんだ」
「そっか、じゃあ気にせず話を続けるぞ。黒月優璃が何であの事故に関係しているかもって疑いが出てきたのは、凪葉を轢いたトラックの運転手が取り調べの際にわかりやすいウソを言っていたらしい」
「…ウソ?」
「ああ。“俺は頼まれてやったんだ”…てな」
「頼まれたって…まさか優璃が?」
「かもしれない。まぁ当時はウソだと思われて詳細は聞かなかったらしいが、取り調べを見ていた警察官曰く、中〜高校生くらいの女子に頼まれたって言っていたそうだ」
中学生くらいの女子。
事故が起こったのは2年前、俺達が中学3年の受験合格の日だった。
確かに中学3年生は中学生にも高校生にも見えるだろう。
優璃も当時は中学3年生だっただろうし、もし優璃が凪葉を轢くよう頼んだとしても何の違和感も無い。
「だとしても、何の為に…?」
「憶測だが、優璃ってお前にやたら関わりを持とうとするんだろ?多分昔からお前の事を好きだったけど、凪葉という自分と同じ顔の人物に取られてしまったから、凪葉を殺して自分が凪葉に成り代わろうとでもしたんじゃないか?」
ありえない憶測ではあるが、優璃も“凪葉としたかった事をしたい”と言っていた理由がもし“自分が俺にとっての凪葉となる為”だとしたら納得がいく。
「でも、もし凪葉に成り代わる為だったら何で優璃は自分を“凪葉”じゃなくて“黒月優璃”って名乗ったんだ?」
「わからん…凪葉ではなく自分自身を好きになってほしいという欲望が前に出てきてしまってつい本名を名乗ってしまったとか?」
「なんかお前の憶測って全部考えが飛躍してるよな」
その時、昼休みの終了を知らせるチャイムが校内に鳴り響く。
俺達は話の途中ではあるものの、食べ終わって空になった皿を片付け始める。
「…どちらにせよ、黒月優璃には気をつけた方が良い。またどうせ今日も校門に現れるだろうからな」
「あぁ…、まぁ最初から気をつけてるつもりだけど」
そして俺達は片付け終えると、お互いの教室へ駆け足で戻っていった。
〜
放課後にて。
俺は汗を垂らしながら校門で優璃を待っていた。
優璃が凪葉を轢くように頼んだ黒幕かもしれないという疑いを晴らす為には、本人に直接聞けば良いだろうが、それを聞いたら何をされるかわからない。
しかし俺はそこでふと思った。
そもそも優璃は本当に凪葉を殺したかったのだろうか、と。
別に優璃に情が湧いて、優璃を疑いたくないという訳ではないが、もし仮に凪葉を殺したかったのだとすれば、何故凪葉が俺を庇う事を知っていたのだろうか?
いや、凪葉は庇ったのではなく、押し倒してでも俺を守ろうとしたのだろうか?
「だったらなんで、一緒に避けようとしなかったんだよ…凪葉」
「ごめーん、待たせたね」
変なタイミングで優璃が息を荒くしながら校門に走ってきた。
「どうしたんだ?少し遅かったけど」
「なぁに?もしかして“私”の事待ってくれてた?」
「別にそんな訳…てか私って」
俺は優璃の一人称が“僕”から“私”に変わっている事に気付き、疑問を抱く。
優璃は凪葉と声も似ている為、優璃の一人称が“私”になると、いよいよ凪葉と殆ど同じ人間になってしまう。
「一人称変えてみたんだー、良い感じでしょ?ねぇねぇ、懐かしい?」
優璃はまるで俺を弄ぶようにニヤニヤ笑いながらそう言う。
心なしか、口調や態度も少し変わって…と言うより、凪葉に似てきている気がする。
何なんだ、急に…?
いや、俺が優璃に対して変に意識し始めてきているからなのだろうか?
「うるせぇ…どんなに凪葉に似てても、お前に対して懐かしさなんざ感じねーよ」
「そっかぁ…じゃあ凪葉っぽい事、してあげよっか?」
優璃はまたもや弄ぶようにニヤニヤと笑いながら、俺の顔を下から覗き込む。
「やめろ」
「えへへ、少し悪戯し過ぎちゃったかな…ごめんね?」
優璃は手を合わせ、少しだけ首を傾げ申し訳なさそうな顔をしてそう言う。
その仕草も、やはり凪葉と似ていた。
「まぁ良いよ…早くどっか行こう。他校の女子と関わってるトコ見られると面倒くさいから」
「お、珍しくエスコートしてくれるの?」
「いいから行くぞ!」
俺はそう言うと優璃の手を強く握り、優璃を引っ張ってその場から去っていった。
「はーい♡」
優璃は俺に手を引っ張られながら、嬉しそうにそう言った。
ある程度学校から離れ、俺は優璃の手を離す。
優璃は少し不満そうであったが、俺は無視して歩き出した。
「なぁ」
「ん、何?」
「俺の部屋に置いていった花と実…あれはどういうことだ?」
俺はふとその事を思い出して、優璃に問う。
そもそも調べてもいないが、あの花と実は何だったのかは不明のまま放置していた。
わからないのなら、本人に直接聞いた方がいいだろう。
「あぁ、黒すぐりの事?」
優璃はさも当たり前かのようにそう答える。
「黒すぐりっていうのか、あれ」
「うん。カシスとも言うけど、黒すぐりの花言葉はね、“貴方に嫌われたら私は死にます”だよ」
「なんつー花言葉だよ!?何でそんなもん置いたんだよ!?」
「あの時、てっきり嫌われちゃったのかと思って…」
「そういえばそんな事言ってたな…」
俺がリディアと出会った日もそんな事を言っていたな。
確かに優璃からしてみれば、嫌われてしまったと思っていた矢先に、俺が知らない女の子と話している所なんて見たら、そりゃあんな大胆な行動をしてまで関係を取り戻したいと思う…のか?
女心を全く知らない俺には、そこら辺の心情はわからない。
ただ一つわかるとすれば、優璃の心は少し歪んでいると言うことだけだ。
「でも良かった…嫌われてなくて!いや、本当に!」
「…なぁ、さっきから何で凪葉の真似してんだ?」
「え?」
「とぼけんな、気付いてないとでも思ったか?急に一人称変えるわ、口調変わってるわで気付かない方がおかしいくらいだ」
「…私のコト、嫌?」
「いや…別に嫌って訳じゃない。ただ何か意図があんのかなって」
俺は前と同じ事をしている事に気付き、言い方を改める。
「意図なんて無いよ。ただ、凪葉が居なくなって寂しいかなって思ったの」
「お前じゃ、凪葉の代わりなんて無理だ」
「どうして?顔も声も同じで一人称も変えてみたのに…?」
そう言われると、何も言い返せない。
確かに優璃は顔も声も凪葉と同じで、露骨に変えてはいるものの、一人称も口調も同じで、何というか優璃の“凪葉化”が明らかに進んでいる。
これだけ条件が揃っていれば、確かに凪葉の代わりは務まるかもしれない。
「わかんねぇけど、真似てるだけじゃ代わりなんて…そもそも人の代わりを他人が務める事なんて無理なんだ」
俺は何を言っているんだ。
それっぽい事を言っているが、実際ただ口だけが先走っているだけで中身なんて無い言葉である。
「…じゃあハルカは私に凪葉としてじゃなくて、あくまで黒月優璃として接してほしいって事?」
優璃は俯きながら俺にそう問いかける。
「ま、まぁ…そうだな…」
「…せっかく、私がわざと生かしてあげたのに…」
優璃は小さい声でそう呟いた。
「は?」
「私より、黒月優璃を選ぶの…?」
「いや、優璃はお前だろ…」
「私以外の女を選ぶなんて…許さない…」
「優璃…お前さっきから何を言って」
「ハルカぁ!!私を捨てないでよぉお!!」
そう叫ぶと優璃はバッグからナイフを取り出し、両手で握って俺に向かって走り出した。
「お、おいマジかよ!?」
「ハルカはぁ、私のモノなんだからぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」
そう言い、優璃は俺にナイフを振りかぶる。
それはあまりに突然で、一瞬の出来事。
俺の反応は少し遅れ、俺が回避行動をする前にナイフが振り下ろされる。
その瞬間に俺が出来た事は、目を瞑って死を悟るだけだった。
瞼を閉じると暗闇なのは当然だ。
暗闇は暫く続いた。
「着いてきて正解だったな…まさかここまでヤバい奴だったとは」
聞き慣れた救世主の声が聞こえ、俺は瞼を開く。
「戦吾…!」
「危なかったな、いやマジで」
そこには、居るはずのない人物…戦吾の姿と、気を失っているのか倒れている優璃の姿があった。
「何でここに!?」
「実はこっそりお前に着いてきてたんだ。友達がとんでもない女と一緒にいるのに、呑気に部活なんかしてられっか」
そうだ。
戦吾は俺の事…と言うか、友達の事となるとやたら過保護になって、自分のやるべき事を放棄してまで友達を優先するんだよな。
「今回ばかりはマジで助かった…」
「いやー、父親に護身術教わってて良かったぜ。ひとまず黒月優璃を警察署に…」
「う、うぅ…」
突如倒れて気を失っていた優璃が唸り声をあげ、戦吾は構える。
「コイツ回復すんの早…!?」
「うーん…えっ、え、何で“斗君”が“僕”の目の前に…っ!?」
目を覚まし、俺を見た優璃は顔を赤くして自身の顔を隠す。
先程とはまるで、別人のようであった。
「コイツ…本当にさっきの黒月優璃か…?!」
戦吾は未だ構え、警戒を解かずにそう言う。
確かに、そう言う演技で油断させて殺す可能性がある。
「ふぇええっ!?何、このナイフ…!?僕知らない…知らないこんなの!!」
優璃は持っていたナイフを見ると、それに怯えるようにナイフを誰もいない方向に投げつけて頭を押さえて体を震えさせる。
優璃のそんな姿を見た戦吾は戦闘態勢を維持したまま、俺の方に寄ってくる。
「なぁ、アイツ普段あんな感じなのか?」
「いや…俺も優璃のあんな所初めて見た」
「マジか…」
俺も戦吾も、見た事のない優璃の姿に少し困惑する。
あれが本当に先程まで俺に歪な愛情を押しつけてナイフで殺そうとしていた黒月優璃なのだろうか?
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