第6話 コルチカム -私の最良の日々は過ぎ去った-
「…」
俺は自分の部屋のベッドに寝転がり、天井を見上げながら、自身の感情に対して疑問を抱いていた。
俺は放課後に優璃にキスをされた。それもかなり濃密な。
多分、俺がリディアと行動していた事で捨てられてしまうのではないかと思い込み、捨てられたくない一心であんな大胆な行動に出たんだろう。
そこまでは良い、だが問題はその後だ。
優璃は俺にキスを要求してきて、俺は自分から優璃にキスしてしまった。
俺は凪葉と瓜二つな優璃が怖くて、距離を取っていたはずなのに、あれじゃまるで俺が優璃という存在を受け入れてしまったようなものではないか。
俺は凪葉と瓜二つな優璃が好きなのか、それともそういうの関係無しに“黒月優璃”という人物が好きになってしまったのか。
いや、そもそも俺は優璃の事が好きなのか?
自分がわからない、とはこういう事をいうのだろうか。
まるでモヤがかかっているようで、なんだかとても不快だ。
「それよりもリディアだ…これからあの子になんて言おう…」
俺は晴れない疑問から逃げるように考える事を変えた。
優璃にあんな事をされてしまっては、今後易々とリディアとは関わる事は出来ない。
しかしリディアには日本語を教えるという約束をしてしまった。
突然“やっぱ無理”とは言えないし、かと言って正直に理由を言うのもダメだ。
…そもそも優璃って俺とどういう関係なんだ?
別に付き合ってる訳ではないし、かと言って女友達で済ませて良い関係でも無いだろう。
“元カノにめっちゃ似てる友達以上恋人未満の関係の女子が勘違いしちゃうから教えられない”
…いや、なんつー理由だよ。
それで“それなら仕方ないね”って言える人居ないだろ。
何も事情を知らない人からしたら“元カノにめっちゃ似てる友達以上恋人未満の関係の女子”ってなんだよってなるし、“彼女じゃないなら良いじゃん”で片付けられる。
というかそもそもリディアがこの日本語を理解できるとは思えない。
伝え方的な意味と言い方的な意味の“どうやって言おう”を悩む。
『ピンポーン』
突然家中にインターホンが鳴り響く。
時間は8時を過ぎていた。
「こんな時間に誰だ…?」
俺の部屋の窓から外を覗く。
するとそこにはリディアの姿があった。
「噂をすればなんとやら…って何で俺の家知ってんだよ…!」
俺は急いで部屋を出て階段を駆け降り、玄関の扉を開ける。
「あ!ハルカ!こんにちわ!」
そこにはまるで大好きなお父さんにでも会った少女のように笑顔で両手を広げてハグしようとするリディアの姿があった。
「時間的にこんばんはだろ…ていうか何で俺の家知ってるんだよおーい抱きつくな!」
「ウー、その顔は“何故俺の家知っているか教えてください”という顔に見えます!」
「そう言ったんだよ!てか離れろ!」
「オー…」
リディアは少し申し訳なさそうにそう言い、俺から両手を離す。
離れろという単語はわかるらしい。
どうでも良いが、照明の影響もあるのかもしれないが、リディアの髪色はてっきり白だと思っていたが、ほんの少し黄色がかった…アイボリー色なんだな。
「ふう…とりあえず中に入って」
「ウー、お邪魔します!」
元気よくそう言うと、リディアは俺の家の中へと入っていった。
どうやら、日本のマナーは心得ているらしい。
リビングには両親がいるし、かと言って俺の部屋もアレなので、仕方なく和室へリディアを案内した。
「オー!これが和室!とても良いです!」
「そっか…まぁ座って」
「お邪魔します」
そう言うとリディアは正座をした。
俺はリディアの前で胡座をかいて座る。
「何で俺の住所を知ってる?」
「ハルカと帰ろうと思いましたが、女の人に連れて行かれるのを目撃しました」
「ま…まさか」
俺は冷や汗が溢れ出てきた。
もしあれから俺の後をついてきていたという事は、俺と優璃のキスシーンを見ていたという事になる。
「ハルカと女の人がキスをしているのを見て、オレは彼らが交際していると気付いたのです!」
「あ…そ、そうなんだ…見てたんだ…」
「はい!」
リディアの元気で純粋な返事は、俺の心をぶち壊した。
でもリディア、交際はしてないぞ。
「そ、それでここまで来たと」
「はい!オレはすごいです!」
リディアは腰に手を当てドヤ顔でそう言う。
「本当色んな意味でな!」
「ありがとうございます!」
「褒めてねえ!」
「何故ですか?」
「あーもう面倒くせぇええ!!」
※場が乱れています。少々お待ちください。
〜
俺は深呼吸をして気持ちを落ち着かせる。
リディアは凄く申し訳なさそうに俯いている。
「改めて、何で俺の家に?」
「ウゥ…」
俯いていた顔を上げると、リディアは今にも泣きそうな顔をしていた。
「い、いやごめんって、もう怒ってないから」
「アー、ごめんなさいです…」
「と、とにかく何で俺の家に来たんだ?」
「連絡先を交換したいからです」
「それだけかよ!?明日の朝でも良いじゃねぇか!?」
「いえ、それは不可能です…」
リディアは深刻そうな顔をしてそう言った。
「え…?」
まだ面識は浅いものの、常に明るいイメージだったリディアが暗い顔をしたので、今日ではいけなかった理由でもあるのだろう。
「失礼しました。オレはそろそろ帰ろうと思います」
「お、おい、ちょっと待ってくれ!」
リディアは立ち上がって俺には見向きもせずに和室から出ようとしていたのを、俺は手を掴んで足を止める。
「ハルカ…」
「教えてくれ…今日じゃいけない理由は何なんだよ…?!」
リディアは少し難しい顔をして、少しの沈黙の後、固く閉ざした口を開く。
「実は…Von einer Frau bedroht…」
「いや英語!?」
「あの…日本語で何て言えばわかりません」
そうか。
伝えたいことがあっても日本語で何で言えばいいかわからない場合は伝えられないんだ。
先程リディアが告げた英語の意味を翻訳する方法でもあれば良いのだが…
「あ!あった!リディア、さっきの言葉をメールで送ってくれ!」
「何故ですか?」
「頼む!」
「わかりました。送ります」
そう言うとリディアはスマホを取り出し、先程交換した俺の連絡先宛にメールを送る。
数秒後に俺のスマホの通知音がメールが送られてきた事を知らせると、俺は即座にスマホを手に取り、リディアから送られてきた言葉を見る。
『Von einer Frau bedroht』
「よし…!」
俺はその言葉をコピーし、英語を日本語に翻訳してくれるサイトを開いて、先程コピーした英語をペーストし、日本語に直す。
そして表示された日本語は。
『女性に脅かされる』
「女性に…脅かされる?どういう事だよ…!?」
「ウー…あ、送ります!」
そう言うとリディアはもう一度俺にメールを送ってきた。
俺は送られてきたメールに書かれている言葉を全てコピーし、翻訳サイトにペーストする。
そして、表示されたメールの内容は。
『私はハルカと女性が離れた後、偶然にも女性に見つかってしまい、ハルカに近づくなと警告されました。しかし私はハルカと関わりたいです。そこで、連絡先を交換して電話で会話をする事で、ハルカに近づかなくても会話が出来ると考えました。私は天才です。褒めてください』
「…そういう事だったのか」
「はい」
要するに、俺と優璃が離れた後、優璃は俺の後をついてきたリディアを脅して俺に近づかせないように仕向けたということか。
俺が居なくなった後にそんな事があったとは。しかしよくその後優璃に気付かれずに俺の後をついてこれたな…。
そしてもう一つ。
「最後のコレなんだよ」
「オレの考えは素晴らしいものです!」
「…す、すごーい」
「もっと褒めてください!」
「調子に乗るな!…でも、リディアはリディアなりに動いてくれてたんだな。ありがとう」
「ハルカに日本語、教えてほしいですから!」
リディアは笑顔でそう答えた。
「そっか…」
「オレはそろそろ帰ろうと思っています」
そう言うとリディアは立ち上がって、帰る準備を始める。
「おう。気をつけろよ」
俺は一応見送ろうと外まで付いていったが、リディアが家の前に停まっていた黒光りしたリムジンに乗っていく所を見て胸を撫で下ろし、家の中へと戻っていった。
「なんだったの?」
「ああ、母さん…俺の友達がちょっと」
「そう…夜遅くに失礼ね…」
「ま、まぁ…今日までにしたかった事があったんだよ」
◇
「あのリディアって子、2学期からこの学校に通うらしいぜ」
「へぇ…」
昼休みに戦吾がランチセットのスープを啜りながら、聞いてもいないのにそんな事を言ってくる。
まぁ、本人からすればただの世間話なんだろうが。
「そういえばさ、お前まだ黒月優璃と交流ある?」
突然、戦吾が真剣な顔をして俺にそう問うてきた。
「え?あ、あぁ…なんで?」
「そいつ、かなりヤバい奴かもしれない」
「なんだって?」
「俺の父親警察じゃん?だから土日に少し調べてもらったんだけど」
「何でだよ…ただ凪葉と瓜二つってだけで何も怪しい所無いだろ」
「いや、初対面だったはずなのにお前の事や凪葉の事を知ってるっておかしいだろ」
「…確かに」
色々あって後回しにしていたが、確かに俺がそれを聞いた時、その質問に優璃は“ずっと見ていたから”と答えた。
「そんで父親に頼んであの時の事を少し調べてもらったんだけど、下手したら“あの事故”に黒月優璃が関与してるかもしれない…」
「あの事故…?」
「あんまり、言いたくないんだけど…あの…」
戦吾は自分からその話題を出したにも関わらず“あの事故”についての発言に躊躇する。
「大丈夫…もう克服してるつもりだからさ…寧ろここまで付き合ってくれてありがとう。でもこれからは向き合っていかないといけないからな…言ってくれ」
「わかった…“あの事故”っていうのは…」
“あの事故”。
俺もちゃんと覚えている…いや、それどころではない。
寧ろ身体に刻まれていると言っても過言ではないくらいに覚えている。
全てはここから始まったんだ。
「…凪葉がお前を庇ってトラックに轢かれた
◇
「さよなら」
彼女は最期に俺にそう言った…ような気がした。
大好きな人と最後の会話かもしれないというのに、俺はただ地面に尻餅をついたまま動けなかった。
周りから見れば、彼女が彼氏を庇ってトラックに轢かれた…という構図だ。
街中でそんな事故が起これば、当然ガヤは寄ってくる。
多分撮影もされただろうし、それをSNSに投稿もされるだろう。
「君!大丈夫かい!?」
数分後、サイレンの音と共に警察や救急車もやってきた。
ショックで言葉の出なかった俺は、ひとまず交番で事情聴取される事になった。
…とはいえ俺は俯き、凪葉が目の前でトラックに轢かれた事と、罪悪感で何も喋る事ができなかった。
◇
「よう、久しぶり」
晴れた青空、心地よい風が吹く大地で俺は笑顔で手を振ってそう言う。
返答は無い。
当然だ、墓石に話しかけても返ってくる訳ないのだから。
「ごめんな…高校に入ってから、全然会えなくてさ…いや、彼女が出来た訳じゃないぞ?俺はまだお前の事…って、流石に気持ち悪いよな…」
俺は何とか会話を試みるも、案の定返答は無い。
それでも俺は墓石に向かって口を開いて会話を試みる。
しかしどんな話をしても虚しくなるだけだった。
仮に最近あった俺が楽しかった事とか話したところで、果たしてそれを面白いと思うのだろうか?
もしかしたら、恨まれるかもしれない。
だって、凪葉は半ば俺のせいで死んでしまったようなものなのだから。
「あ、戦吾なら変わってないよ。高校入ってもアイツはアイツだ。寧ろ、あの高校に入ったお陰で関わりが増えたくらいだ。戦吾のお陰で学校に行けてるようなもんだな」
話題を捻り出そうとして、俺は親友である戦吾の事を話し始める。
俺が言葉を掛けている相手は、戦吾とも仲が良かった。だから、戦吾の話をすれば良いのかと思って話してみた。
やっぱり返答は無い。
墓石に向かって話しかけても返ってこない事はわかっているのに、返答がないと悲しくなってしまう。
「ごめん…また一方的に話しちまった…また来るよ、次はいつになるかわからないけど」
俺は我に帰り、改めて墓石に話しかけている自分がなんだか滑稽に思えて、墓石の側に花を添えてその場を去った。
◇
「…ああ、ちゃんと覚えてるよ…寧ろ忘れろと言う方が無理なくらいにな」
俺が優璃を一度も凪葉と間違えなかった理由…そしてすぐに瓜二つの別人だとわかった理由…それは、もう既に凪葉はこの世に居ないからだ。
だって、俺が殺したようなもんだから。
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