第5話 カシス -あなたの不機嫌が私を苦しめる-
何だ。何なんだこれは。
ただいつも通りに俺は登校しているだけだ。
それなのに、優璃が家に泊まって、雰囲気が悪いまま終えてしまっただけで、優璃に対して心配をしている。
気が気じゃなかった。
もし優璃が俺と関わるのが嫌になって、他の男と連んだりしていたら…なんて、つい考えてしまう。
わかっている。そんなのは心配ではなく、ただの独占欲だ。
俺はふと空を見上げて考える。
もし優璃が凪葉と瓜二つでは無かったら、俺は優璃の事を素直に好きになっていたんだろうか。
もしくは逆に、全く見向きもせずお互いを認識もせずにすれ違っていたのだろうか。
俺と優璃の関係にはどれも、間接的にではあるものの、凪葉が関わっている。
俺が優璃と出会って、友達以上恋人未満とでもいうのような関係になったのも、優璃が凪葉と瓜二つだったからである。
優璃が俺と出会って、友達以上恋人未満とでもいうのような関係になったのも、自身が俺の元カノと瓜二つが故に、その未練を解消させる為である(その行動原理も真偽も不明ではあるが)。
優璃と関わるようになってから、やたら頭で考える事が増えたな。
それまで、俺はただ生き延びているだけだった。
嫌な事に直面しても、必死に足掻いて、我慢して、時には逃げたりした。
耐えた先には幸福も何も無かった、逃げた先にも幸せも何も無かった。
頑張った先に何も無いのをわかっているのに、それでもなお争い続ける理由、それは…。
「…?!」
その時だった。
赤信号だというのに横断歩道を渡ろうとしている俺と同年代くらいの白髪の女の子が目に入った。
このままではあの子が事故に遭ってしまう。だというのに誰も止めようとしなければ声も掛けずに見て見ぬフリ。
社会に呆れた俺は無意識に走り出した。
「危ないだろ…ちゃんと信号見なさいよ」
俺は息を荒くしながらも、何とか横断歩道を渡る前に彼女の手を握って足を止める事が出来た。
なんか、最近女の子の手を握る機会が多い気がする。
「…ア」
彼女は俺に振り返る。
白い髪が揺らぎ、俺の目にはあまりにも整った顔が映り込む。
まるで人間ではない…それ以上の存在か何かに見えた。
「君…もしかして外国人か?」
「は、はい…あ、その、制服、まさか」
「ん…?」
ぎこちない日本語を喋る彼女に、意味はわかるのに俺はつい首を傾げてしまう。
「サーガハイスクールのヒトですね!」
彼女は俺に指を指してドヤ顔でそう言う。
「…サーガ?」
「あれ、違ってしまい…ましていたです?」
「…もしかして、聖芽高の事言ってるのか?」
「その通りです!」
彼女は目を輝かせてそう言う。
彼女のぎこちないというか、変な言葉遣いの日本語と会話をしているとなんだかこちらが恥ずかしくなってくる。
現に周りの目線が凄いことになっているし。
…あれ、なんともない。
少し前なら周りの目が自分に集まっているとあの時の事を思い出して発狂してしまっていた筈なのに。
「アナタ、セーガコーの人間なら、道を知っているはずですか?!」
自分自身への疑問は、彼女の変な日本語にかき消されてしまった。
改めて、彼女は俺に縋るようにそう聞いてきた。
多分、聖芽高校までの道を知っているか、と聞かれているんだろう。
「知ってるよ」
「道案内をください!」
多分道案内をしてほしいと言いたいんだろう。
「わかった、案内をするよ」
「ありがとうございます!」
「それは言えんのかよ…」
小さい声でそう言うと、俺は登校ついでに彼女を聖芽高校へ案内することにした。
〜
「すいません、アナタの名前とは?」
道中、俺は彼女に名前を聞かれた。
何か文字にすると問題文みたいだな…。
「俺は霜木斗だ、ハルカで良いよ」
「ハルカ…ハルカ!それはとても良いと思います!」
多分褒めてくれているのだろうけど、日本語の再翻訳のようで、少しわざとやっているんじゃないかと思ってしまう。
「そ、そうか…君は?えーっと、ユーアーネーム?」
「アー…お、オレは、リディア!」
「一人称“オレ”なの…?」
「ウー…?」
どうやら俺の言っている事はわからないようで、彼女は困ったように首を傾げた。
流石に一人称という単語はわからないか。
個人的に女の子の一人称が“俺”なのは何ら不思議ではないが、彼女の場合だと話は変わってくる。
多分リディアは英単語をそのまま直訳して日本語っぽく並べて喋っているのだろうが、“me”とか“my”を直訳するなら普通“私”とか“自分”のはずだが…。
「まぁいいや、何で日本に?あ、えーっと…」
「その質問わかるです!オレが日本に来ました理由は、り、リュゥ…ガック……です!」
「留学か?」
「正解です!」
確かにネイティブ発言が主な外国人からすれば、“留学”という単語は少し言いづらいのかもしれない。
にしても、リディアのアニメキャラのような可愛らしい声とテンションの高さが一人称の“オレ”とイマイチ合っていない為、半ばギャップ萌えのようなものを感じる。
「オレ、日本が大好きでして、今日本語勉強しているのです!」
「日本語勉強の為に日本へ留学か…確かに、現地の人と話すのが一番覚えやすいかもな」
「ウ…少しわかりません…しかし、いつか絶対完璧にしたいです!なのでもし宜しければ、オレに日本語、教えてください…ますか?」
リディアは突然俺にそんなお願いをしてくる。
優璃の時もそうだったが、どうして最近の女の子はまだ出会って1日目の男子に対してここまで親しくしようと思えるのだろうか?
俺ってそんなに関わりやすい人間に見えるのか?
「あ、あぁ、良いけど…」
「ありがとうございます!大好きです!」
そう言うとリディアは嬉しそうに俺に抱きついてきた。
本当に最近の女の子は…と思ったが、外国でハグは挨拶のようなものだとテレビで見た事があった為、これはただのスキンシップである。
文化の違いがあるとはいえ、やはり異性に抱きしめられるのは恥ずかしい。
「と、とりあえずもうすぐ聖芽高校だから」
「かしこまりました!」
リディアは俺から離れると笑顔で何故か敬礼してそう言う。
そういえば、俺今登校中だったんだ。
時間に余裕を持って家を出て良かったと心の底から思った。
〜
その後、遅刻する事もなく俺はリディアと共に聖芽高校へ到着した。
こんな整った顔立ちをした美少女とE級ブスの俺が一緒に登校してきたとなると、当然俺とリディアは周りの生徒の注目の的だった。
「ここがセーガコー…!とても素晴らしい場所だと思います!」
リディアは、まるで世界遺産物や絶景を見たように目を輝かせながら校舎を見回す。
「そうか?普通だと思うけど」
「オレはその普通が良いと思います!」
「…そういうもんなのか」
リディアと一緒にいると、騒ぎを聞きつけたのか先生がこちらに向かってきた。
その隣には、なぜか戦吾の姿もあった。
「あなたが…コホン、Sind Sie Lydia?(貴女がリディアですか?)」
どうやらこの先生は英語担当の先生らしく、リディアの母国語を喋っているようだった。
何処の国の言語なのかはわからないが。
「Ja, ich bin Lydia.(はい、私がリディアです)」
「Ich habe auf dich gewartet. Folge mir bitte.(あなたを待っていました。私についてきて下さい)」
「Verstanden.(わかりました)」
一通り会話を終えると、リディアは先生について行ってしまった。
何を言っているか全くわからなかったが、恐らく“私についてこいや”とかそういう事を言われたのだろう。
先生についていく時、リディアは一瞬だけ俺の方に振り返り、微笑みながら小さく手を振ってくれた。
「あの美少女、今お前に手振ってたな」
戦吾がそう言う。
「多分ここまで道案内してきたからその感謝を伝えただけだろ…てかお前何であの先生と居たんだよ」
「え?いやお前があんな美少女と歩いてるなんて只事じゃないと思って先生呼んだんだ」
「まぁ、今回ばかりは助かったよ」
少し語弊のある言い方をしてしまったが、別にリディアと一緒に居るのが面倒とかそういう訳ではなくて、この学校では俺と行動するよりも裏事情を知ってる先生と行動した方が良いと思うし、その先生を呼ぶ手間も省けたからと言う事である。
「にしても綺麗だなーあの子。名前なんて言うんだ?」
「リディア」
「お姫様みたいな名前…ってお前何で知ってんだよこの野郎!」
そういうと、戦吾は俺にチョークスリーパーを仕掛けてきた。
とは言っても力は全然入ってない為、窒息する事もなければ普通に振り解ける。
「お前が聞いてきたんだろーが!」
「うるせー!…う、うるせええ〜!ばーかばーか!」
戦吾はチョークスリーパーをしながら、とても弱そうで情けない声で語彙力が死んでいる悪口を俺に投げつけてくる。
にしても、やっぱりリディアはこの学校に転校してくるのだろうか?
つまりこれはあくまで下見という事なのだろうか。
今日はそれ以降、俺はリディアと顔を合わせる事は無かった。
リディアとの出会い以外は、いつも通りの学園生活を送った。
いつものように生徒達が騒ぐ中で授業を真面目に受けて、昼休みには食堂で戦吾と昼食を食べて…いや、今日はお金が無かった為戦吾に奢ってもらった。
そして、放課後。
「はぁ…」
俺は廊下を歩きながら溜息を吐く。
もし優璃が校門で待っていなかったらどうしよう、と思っていたからだ。
単純に昨日の件について謝りたかったのだ。
電話で謝れば良いが、やはり面と向き合って謝りたかった。
そして下駄箱で外靴に履き替え、外に出て校門へと向かう。
すると、そこには優璃の姿があった…が、やはり機嫌はあまりよろしくなさそうだった。
「ゆ、優璃…あのさ」
「来て」
話しかけた途端、優璃は俺の手を掴んでどこかへ歩き始めた。
想像もしていなかった展開に、俺は驚きを隠せなかったと同時に、なんとなく嫌な予感がしていた。
俺は今何処に連れて行かれている?
抵抗すると更に機嫌を損ねかねないのでされるがままにされていると、たどり着いたのは人気の無い薄暗い路地裏だった。
「優璃…ここはっ…!?」
そう問いかけた時だった。
両手壁ドンされたかと思いきや、突然優璃は俺にキスをしてきた。
それもただ唇を重ね合わせるだけではなく、お互いの舌を絡み合わせ、唾液が混じり合うような…所謂ディープキスというヤツだ。
俺は何とか逃れようとするも、壁ドンしていた両手が俺の頭を掴み、頭の自由を奪われ、俺は優璃のキスから逃れられなくなってしまう。
優璃のねっとりとした生温かい舌が俺の中へと入り込み、淫らな声と音を立てながら俺をどんどん侵食していく。
更に口だけではなく、気がつくと身体も密着しており、俺の足には優璃の細くもむっちりした脚が絡みついている。
まるで、俺を縛り付けるかのように。
「んはっ…はぁ…」
「優璃…何のつもりだ…?」
ようやく優璃の唇が俺から糸を引いて離れる。
それと同時に、俺は問う。
「ごめんね…ごめんね?あの時生理でつい悪い態度取っちゃった…朝起きた時は気まずくて逃げちゃったけど、やっぱり謝りたくて…でもそしたらハルカ、他の女と一緒に居たから」
「…!」
「君が他の女と楽しそうにするなんて絶対許されない…!君は僕とだけ楽しくしてれば良いの…!だから僕を捨てないで…!僕だけを見てて…!これからは気をつけるから…!許して…許してよぉ…!ごめんなさいぃ!!」
優璃は泣きながら俺に縋ってそう言う。
これに関しては俺が悪いはずなのに、まるで優璃が悪い事をしたような状況になっている。
しかし、優璃のヤンデレ気質な部分が所々に入り混じっている為、かなり狂っているように見えてしまう。
「優璃は…何も悪くないだろ」
「ううん、僕が悪い態度取ったせいで別の女に手を出して…」
「違う!あれはただ道案内してただけだ!」
「…そうなの?」
「ああ…というより、俺の方が申し訳ない事した…あり得ない疑いを掛けちまって」
「…じゃあ、もう一回キスして」
「え…あ、うん…わかったよ…」
俺は、ゆっくりと優璃に顔を近づけてもう一度唇を重ね合わせた。
すると優璃は、また俺の中にねっとりした舌を入れて俺の舌を絡めとる。
俺は自分がわからなかった。
果たしてこの時の俺は凪葉を好きだったのか、それとも優璃を好きになってしまっていたのか。
人気が無く薄暗い路地裏で、誰の目も気にしなくてもいいのを良いことに、俺と優璃は長い間キスをしていた。
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