第4話 ラベンダー -不信感-

 優璃を部屋に運んだ後、俺は風呂に入りシャワーを浴びる。髪を洗い、体を洗い流すとさっさと風呂場を出る。 

 体を拭いて髪を適当に乾かすとパジャマを着てリビングを見渡す。


「ソファくらいしか無いな…流石に床で寝るのはちょっとな」


 優璃に自分の部屋という俺の唯一の寝る場所を譲ってしまった為、俺は仕方なくリビングのソファで寝る事にした。

 今日は運悪く木曜日。もう一日遅ければ翌日が土曜と学校が休みなので、ゲームをして夜を越せたというのに。

 ちなみにゲームはテレビに繋げるタイプしか持っておらず、携帯型は所持していない。

 もちろんリビングのテレビには繋げておらず、自分の部屋のテレビに繋げている為、優璃が寝ている今はどちらにせよ出来ない。


「…」


 俺はソファに寝転がって天井を見つめる。

 小さい頃はよくソファで寝落ちしてしまう事は多々あったが、こんなにも寝心地悪かったっけ、と自分の記憶を疑う。

 そう思ったが、自分も成長して身体が大きくなった為、ソファに身体が収まりきらなくなっているだけだった。足はソファから飛び出しているし。

 ゲームが出来ないので仕方なくスマホを開いてみるが、結局ゲームの攻略サイトを少しだけ見て終わった。

 暇すぎてどうにかなってしまいそうだったので、目を瞑って無理やり眠る事にした。



 少し昔話をしよう。

 俺が高校1年生になった時の話だ。

 高校に上がって他の市から、他の県からやってくるような生徒が増え、良くも悪くも…いや、俺の高校は悪いのばかりだが多種多様な奴らが多かった。

 授業中、猿みたいに騒ぐ奴もいれば、周りの配慮など考えずに暴走して生徒に迷惑掛けてるような奴もいた。もちろん、昨日俺に絡んできたような連中も同じだ。

 女子は休み時間にギャーギャー笑ってうるさい奴らが多かったが、俺的にはまだ休み時間だから良いかな、なんて思っていた。

 個人的に、休み時間に騒ぐ分には全然構わないの(とはいえ関係ない人…俺とかを巻き込むような事は嫌)だが、授業中に騒ぐのは本当に腹が立つ。

 高1の頃は戦吾が同じクラスだったからまだやってこれたが。


 ここからが本題で、俺は高校に入ってからすぐにバイトの面接を受ける事にした。

 理由は単純明快、ゲーム機が欲しかったからだ。

 しかし、リビングのテレビを使う訳にもいかないので、自分用のテレビも買う事にした。

 だから、自分の部屋にあるゲームは全て買ってもらったものではなく、自分で稼いで買ったものなのである。


 何故か2回も面接に落ちて、3度目の正直でようやく受かった。

 ちなみに1回目のバイト先が落ちた理由は“正直に話してたから”とよくわからない理由で落とされた。正直、といえど別に悪口は何一つ言っていないが。


 俺のバイト先は時給もそこまで悪くないし、券売制だったので金銭トラブルも少なく、仕事も楽ではあった。

 しかし、俺はある理由がキッカケでバイトを辞めたのだ。


 …人間関係だ。


 そこのバイト先に勤める店長を除いた店員達は皆、知り合い同士であった。

 しかしバイト先の人達と誰一人知り合いではない俺は、もちろん孤立した。

 客が来なくて暇な時、みんなは笑って会話しているのに、俺は一人真顔かつ無言で皿を洗ったりテーブルを拭いたり…。


 しかし唯一そんな俺に気を掛けてくれたのが店長であった。

 店長はとても優しかった。話していて楽しい人だった。だから俺もすぐに店長と仲良くなった。

 だが、それがトリガーになったのかは知らないが、店員達は何故か俺に対して露骨に扱いや態度が悪くなった。

 1週間に2〜3日店長が居ない日があるのだが、その日はわざと誰も接客をしなくなり、俺に接客を押し付け、大勢の客を俺一人で相手していた為、案の定対応が遅いと客にクレームを食らって謝って、そんな無様な俺の姿を店員達は裏で嘲笑っていた。


 とても腹が立って、嫌で、辛くて、苦しくて、時には泣きそうだった。


 しかし、当時の俺には人生初めてのバイトで、世の中甘くない、と聞かされて育ってきたから、社会で働くってこんな感じなんだ、と思って疑わなかった。それが異常だという事に。


 そんなバイトの日々を送って、約2ヶ月が経ち、俺は今思えばかなり理不尽だった事も難なくこなせるようになっていた。

 とはいえ、辛くて苦しくて時には泣きそうな事は変わらなかったが、店長がいたから何とかやってこれたのだ。

 しかしある日、何の前触れもなく店長が変わった。

 店員に事情を聞くと、自主的に辞めたのだそうだ。


 絶望した。


 唯一仲良くて、唯一の救いだった店長が居なくなって、俺一人がこの最悪な環境のバイトに取り残されたのだ。

 しかし新しい店長と仲良くすれば良い、と思ったが、そんな考えは甘かった。


 新しく入ってきた店長は、俺の苦手なタイプの人間だった。

 何もかも適当で、嫌な事は全て部下に任せて自分は楽な仕事ばかりするような奴だった。


 察しの通り、その嫌な事を全て任される羽目になったのは、俺だった。

 今までよりも、理不尽で酷かった。

 接客だけでなく、サイドメニューの料理や皿洗いを強要され…いや、強要される分には何の問題も無いが、それをする人が俺しかいない(という環境を作られた)為、使えねーやら仕事が遅いやら文句を背中に受けながらも言われた事をやっていた。

 今にも辞めたかったが、それでもちゃんと働いた時間分給料は入るし…と思って1ヶ月やり過ごした。


 俺のバイト先は、入れる日にマークをつけてシフトを店長に決めてもらうのだ。

 ある日、俺はいつものように入れる日にマークをつけてシフト希望をしたのだが、1ヶ月に2日ほどしかシフトを入れてもらえなくなってしまった。


 俺は日曜、火曜、水曜、木曜の週4で4時間働く為、大体月に64000円ほどの給料だったのだが、2日だとたったの8000円。


 どんな理不尽を受けようと、耐えてしまえばその分給料は入ってくる。

 しかし働かせてすらもらえないのはいくらなんでもクソゴミだ、と俺は思い店長に直々に今月で辞めると告げた。

 例え8000円でも無いよりはマシだが、そのたった8000円の為に4時間苦しい思いをするのはもうごめんだ。

 それに、もう目標であったゲーム機は買えたし、ちょっと良いゲーミングモニター用のテレビも買えたし、半ば無欲になっていたので丁度良かったのだ。


 バイトを辞めてから、定期的に親からお金を貰って過ごす日々になった。

 親にも申し訳ないと思うが、初めてのバイト先があんなクソだったので、次のバイト先もクソなんじゃないかという半ばトラウマになってしまい、バイトをする気が無くなってしまったのだ。


 これが、俺の一年前の話である。



「こうして見ると、俺2年連続で碌なこと無いな…いや、無いというより幸運の見返りが酷すぎるんだよな…」


 中学3年生の時は、高校に受かったという幸運の矢先に凪葉との突然の別れ。

 高1は戦吾と同じクラスで嬉しかった矢先にバイト先がクソ過ぎて。


 2年連続で幸運の後の見返りが酷すぎる為、今年も幸運の後の見返りが恐ろしいのではないかと思い始めた。

 幸運が来たら逆に不運という、よくわからない矛盾だが。


「…!」


 俺は、ある事を思い出して背筋を凍らせた。


 凪葉と瓜二つの女子高生、黒滝優璃との出会いのち、凪葉としたかった事、即ち未練の解消…これって、俺にとって幸運と言えるべきものなのではないか?


「もしかして…アイツの目的って…!」

「僕がどうかした?」

「うわァァァァァァァア!?!?!?」


 俺は優璃の声を耳に入れると、それを掻き消すように叫びながらソファから飛び起き、ソファの肘掛けに足を引っ掛けてその場にすっ転ぶ。


「あっははははは!大丈夫ハルカ?」


 優璃はそんな無様な姿の俺を見て大爆笑しながら歩み寄ってくる。


「ち、近づくんじゃねぇ…!!」

「大丈夫だよ、僕は別に君を呪う幽霊ではないから」

「そういう事じゃねぇ…!お前の目的がわかったぞ…!」

「…嘘?」

「お前、俺に幸運を味わせて、その見返りで酷い目に遭わせるつもりだろ!」

「…え?何言ってるの?」

「とぼけんじゃねぇ、ずっと俺を見てきたんだろ!?ならわかるはずだぞ、俺が良い思いすると、その見返りに俺の身に酷いことが起こるって事!」

「…あのさ、転んだまま言っても格好つかないよ、あとそんな訳無いし」

「え」


 俺は立ち上がり態勢を立て直し、改めて優璃を見つめ直す。

 髪の毛は寝癖だらけで、服に至っては少し小さいと言っていたはずなのに少し脱げており、やたらエロかった。


「もー、せっかく夜這いに来てあげたのに、変な疑惑かけられたらその気も失せるじゃない」


 優璃は機嫌が悪そうに髪の毛を掻きながらそう言う。

 …ん?今、夜這いって言った?


「何で夜這いなんか…つーか、夜這いって男が女にするもんだぞ…」

「だってハルカ絶対僕を襲わないじゃん。だから逆に僕がしてあげようとしたのにさー…」

「あぁ…ごめん、ちょっと色々考え事してて」

「その、良い思いすると酷い事が起こるってヤツ?」

「ああ…まぁそうだな」

「ふーん…酷い事、ねぇ…」


 優璃は目を細めてこちらをじーっと見つめてくる。

 まるで、心の中を見透かされているような気分になって、不快になる。


「なんだよ」

「いや、なんでも?」

「なんでもって…まぁいいか。俺も悪い事したし、多少悪戯されても何も言えないな」

「…僕は寝る、明日早いから」


 機嫌が悪そうにそう言うと、優璃は2階の俺の部屋に戻っていった。

 なんだか、優璃には申し訳ない事してしまった。


「…今日は無理っぽいから、明日謝ろう…」


 俺はそう決意するとソファに寝転がり、目を瞑った。

 相変わらず、ソファは寝心地が悪い。



 翌日。

 我ながらよく寝付けたな、と思いながら起き上がると、優璃の持ってきた学生鞄が無くなっている事に気付き、目が完全に覚めた。


「やっちまったな…」


 俺は文字通り頭を抱えて、昨日の自分の発言を後悔した。

 よく考えればあんな事あり得るわけ無いのに。

 俺は気まずいまま学校に行く支度を開始した。

 ふと、自分の部屋がどうなっているのか気になった。

 もしあの後腹いせに俺の部屋を荒らしてたりでもしていたら最悪だからだ。


 そんな嫌な予感を胸に自分の部屋の扉を開けると、意外にも荒らされておらず、代わりに窓際に黄緑色の見知らぬ花と黒い玉のような物が置かれていた。


「なんだこれ…?」


 俺は花よりも先に、黒い玉を手に取る。

 手に取った時の感触で、これは玉ではなく何かの実だという事を理解した。

 恐らくこの花の実なのだろうが、黄緑色のこの花が何の花なのか全く想像もつかない為、何の意図があって置かれているのかわからない。

 強いて言うなら、この花の花言葉に何かヒントがあるのかもしれないだろうが、まずこの花の名前が不明な為、調べようが無い。


「とりあえず写真撮ってあとで調べて見るか…」


 それよりも、今は学校の準備が優先だ。

 俺はその花と実の写真をスマホに収めると、そのまま準備へと取り掛かる。

 準備を済ませると、時間に猶予がありつつもたまには良いだろうと思い、少し早めに家を出ていった。


「あ…金どうしよ」


 そういえば、昨日両親が家に帰ってきてない故に、今日もお金を貰っていない。

 まぁ昨日俺は意外と料理ができると気付いた為、最悪また作ればいいかと判断し、俺はそのまま家に戻らず歩いていった。

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