第30話 聖女と研究者が裸のお付き合いをする話
――打倒、剣聖。
あの大敗を、俺は決して忘れない。
俺の身体を何度も鎖で滅多刺しにした、吸血女王……別名、ロリ剣聖ヴァニラ。
アイツになんとしてでも復讐を遂げるべく、俺達は着々と準備を進めてきた。
新ダンジョン攻略、種族のレベルアップ。
そして今回、新しく仲間になったキュプロに依頼をし、新装備を用意してもらった。
「……で、完成したのがコレか」
人の家のリビングを破壊しかけた実験の末。
俺の目の前では今、十字のアクセサリーと2対の腕輪が出来上がっていた。
「いやぁ。依頼の要件をクリアするために、色々考えた結果がコレだったんだよぉ」
キュプロは持っているノートからは目を離さないまま、俺にそう答えた。
何をそんなに夢中になっているのかと横から覗いてみれば、彼女は実験結果の絵をスケッチしていたようだ。それも、物凄いスピードで。
すげぇな。こんなに描くのが早いのに、見たそのまんまの絵だ。
……いやいや。
今は絵に
「それで? コレはどんな効果があるんだ? ちゃんと使い方とかも教えてくれよ」
「もちろんだとも。それじゃあさっそく、実施テストと行こうか」
お、いいね。
口で説明されるより、こういうのは実際に試して覚えた方が実戦向きだ。
俺は近くに居たミカの方を見ると、彼女も同意を示すようにコクン、と頷いた。
ミカも早くこのアイテムを試してみたいようだ。
「ん~、丁度良さそうな場所は――そうだ、この前のダンジョンに……って。あ、あれれ?」
キュプロは床から立ち上がろうとするも、ヨロヨロとしてふらついてしまう。
なんだ、今になって疲労が足にきたのか?
――って、マズい。後ろに倒れる!!
「お、おい……大丈夫か?」
俺は咄嗟に駆け寄り、キュプロを抱きかかえるようにして支えてやった。
「あ……だ、駄目だよジャトレ君。ボク、汚いし……その、匂うから……」
普段はガサツだが、それでもやはり女性なんだろう。それに、男には無い独特の柔らかさもある。
「んだよ、気にしてんならちゃんと風呂ぐらい入っとけって。それに……クンクン。別にこれぐらい、孤児のガキどもに比べたら何てこと無いぞ?」
「……キミも馬鹿だねぇ。もう少しレディの気持ちが分かれば、キミでも簡単に女を落とせるだろうに」
密着しているキュプロにムギュっと頬を
いや、そんなことしたってこの距離じゃ匂いなんか変わらないし……ってなんだよ。もの凄い怖い目つきで睨まれたぞ?
「ジャトレさん? キュプロさんはお疲れのようですから、あとの面倒は同じ女である私が見ましょう。貴方はお風呂のお湯でも入れてきてくれません?」
「いや、コイツを運ぶのは俺の方が「いいから!!」あ、はい……」
2人してなんでそんな怖い顔しているんだよ……。
かといって、俺が彼女たちに言い返せるはずもなく。
俺はガックシと肩を落とし、すごすごと風呂場へと向かうのであった。
◇
「はぁ……良いお湯ですね」
もうもうと立ち昇る湯気を眺めながら、私はほぅと気持ちの良い溜め息を吐いた。
ここはジャトレさんが成金趣味にかこつけて造らせたという、豪華な大浴場だ。
正直、独り暮らしをしていた彼には勿体ないぐらいの贅沢な設備ですね。
でも無駄金を使うことが嫌いという割に、彼ってかなりの清潔好きなのよね……。ああ見えて実は、お風呂が大好きなのかも?
お風呂好きのアンデッド……ふふ、本当に変な人。
「むぅ。ボクは実験の結果をもっと見たかったんだけどねぇ……」
私の隣りでは、キュプロさんが湯船に浸かりながらブツクサと文句を言っている。
今の彼女はトレードマークである眼鏡も外しているし、白衣も着ていない。
まぁお風呂に居るんだから当然だけど、お互いに裸の状態だ。
ちなみにだけど、私の方がキュプロさんよりも少しだけ大きかった。
なにが、とは敢えて言わない。ちょっとだけ優越感を感じて、ひとりでニヤニヤしてしまった。
「あんなフラフラの状態じゃ、今からダンジョンに向かうなんて到底無理でしたよ。キュプロさん、いったいどれだけ続けて作業をしていたんですか……」
「んー、どれくらいだろうか。少なくとも、この屋敷に来てから寝ずに準備をしてきたからねぇ」
「はい!? 来てからずっと!?」
ちょっと、それってもう7日近く寝ていないってことじゃないですか!
もしかしてあの得体の知れない飲み物を使って、ずっと覚醒状態を続けていたってこと……?
「キュプロさん、あの飲み物。もう絶対に飲んじゃ駄目ですよ!?」
「えぇっ!? どうしてだい? 研究所再建の為の資金稼ぎに、街で売り出そうと思っていたのに!」
「ぜったいに!! そんなことしちゃ駄目です!!」
あれはただの眠気覚ましの飲み物なんかじゃない。国で規制されるレベルの禁制薬品ですよ!!
「まったく、どうしてそんな無茶な事をしたんですか。本当に身体を壊しちゃいますよ!?」
さっきまでこの人は酷い有り様で、髪も顔もボロボロだったのだ。
お風呂で綺麗サッパリになったお陰で、今はだいぶ良くなったけれど。
「もう。心配したんですからね? 私も、ジャトレさんも」
「きひひひ……面目ない」
私が少しだけ責めるように言うと、彼女はシュンと
この人も普通にしていれば美人なんだから、もっとちゃんとすればいいのに……。
「いやぁ。ボクも頑張らないと、2人に認めてもらえないと思ってねぇ……」
「はい? 私たちはキュプロさんのことを充分に凄いと思っていますよ?」
急に何を言い出すのかと思ったら、どうしてそんな弱気なことを……。
「――ボクはね。常に誰かから認めてもらっていないと、不安で心が押しつぶされそうになるんだよ。何かの成果を出し続けなければ、ボクなんて何も価値がない。そんな考えが、どうしても頭から消えないんだ……」
「キュプロさん……」
「こればっかりは呪いでも消えないばかりか、どんどん
たしかにそれはお
研究で成果をあげて、皆に認めてもらうために宝玉に願った。それなのに、結果的にはこの有り様ですし。
しかし……これは随分とキュプロさんらしくないですね。
今も湯船の水面を見つめながら、彼女は自分の心境を弱々しい声で
「だからボクは同じ呪いを受けていても、
「それは……」
「ボクもその
私はその言葉を最後まで言い切る前に、そっと彼女を抱きしめた。
「み、ミカ君……?」
「大丈夫ですよ。上手く成果が出なくても、失敗しても。私達はそんなことで、キュプロさんから離れたりなんかしませんから。だって、私達……もうお友達でしょう?」
「とも、だち……?」
お風呂の中だというのに、キュプロさんは身体を震わせてしまっている。
私の言葉に動揺したのか、目を潤ませながらこちらを見上げてきた。
「そうですよ。お互いに命を預け合って、ダンジョンを制覇した仲間じゃないですか。それはもう、お友達でしょう?」
「ボクが……友達……」
今まで
「友達は別に理由が無くても一緒に居ますからね。例えば街で買い物をしたり、美味しいご飯をシェアして食べたり……とても楽しいですよ?」
「理由が無くても……一緒に居られる?」
「はい。ずっと一緒ですよ」
栗色をした頭を優しく撫でながら、「今度キュプロさんも私と一緒に、レクションの街に遊びに行きましょうね」と
キュプロさんは思考が追いつかないのか目を
「くひひ……ミカ君は優しいんだねぇ。本当に聖女様みたいだ」
「えぇ~? 私は本物の聖女ですよ? 教会はあんまり好きじゃないですけど」
お互い裸でくっついたまま、クスクスと笑い合う。
良かった、キュプロさんの震えはもう止まったみたいだ。
これならもう、彼女が変な無茶をすることも無くなるかな……?
「ありがとう、ミカ君。お陰でちょっと気が楽になったよ」
「ふふ。いえ、良いんですよ。私もお友達ができて嬉しかったですから。また何かあったら、遠慮なく相談してくださいね?」
たしかにキュプロさんはちょっと性格は変わっているけれど、それはお互い様だ。
きっとこれからも、良い友達としてお付き合いができるはずだよね。
そう、思ったんだけど――
「きひひ、ありがとう。それじゃあボクがジャトレ君を狙っているとしても、お友達であるミカ君は当然許してくれるんだよねぇ~?」
私の腕の中で、彼女はニヤァと意地の悪い笑みを浮かべながらそう尋ねてきた。
「……良いでしょう。この際ですからその辺りのこと、一度腹を割ってお話ししましょうか。ねぇ、
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