第29話 帰還した亡者がマッドな研究者に詰め寄る話
リーザルの街から帰還するなり、俺は屋敷で留守番をしていたキュプロに詰め寄っていた。
「おい、てめぇ。よくも俺を騙しやがったな!」
こっちは天敵とも言える相手の総本山に忍び込んで用事を済ませてきた。
なのにキュプロときたら、リビングのソファーで優雅にティータイムを楽しんでいやがった。ハメた人間の家で
「まぁまぁ~。これでも飲んで落ち着きたまえよ、ジャトレ君」
「これが落ち着いてられるかってんだ……ってなんだよ、この黒いのは」
目の前にスッと差し出されたカップ。
その中には、自分の顔が反射するほど真っ黒な液体が入っていた。
「ボクが品種改良して生み出した紫林檎の種を、長時間
俺は怒っていたことも忘れ、呆気に取られてしまった。
「ずずずっ……あぁ~、キタキタっ! この苦味、このコク! 脳味噌をビリビリ痺れさせるこの感覚が実にキモチイイ!!」
「何だコイツ、やべぇ薬でもやってるんじゃないのか……?」
思わずズザザッと後ずさりしてしまった。
コイツからはそれほどの狂気を感じる。
なによりキュプロの見た目がヤバい。
口からは黒い
ちょっとだけ知的な美女だと思い始めていたのに……。
今からでも屋敷から追い出せるかなコイツ。
「それよりも、無事に聖水は手に入れられたんだろう?」
「……あぁ。誰かさんが派遣した聖女様が居たお陰でな」
俺は皮肉を思いっきり込めたセリフを投げかける。
……のだが、キュプロは全く意に介していない。むしろ悪戯が成功した子供のようにニタニタと意地の悪い笑みを浮かべている。
「ジャトレさん、もうその辺にしてあげましょうよぉ。キュプロさんも気を利かせてくれたんでしょうし」
「コイツがか? 絶対楽しんでただろ!!」
「くひひひひ!! あー、お腹が痛いねぇ!!」
「ほら見ろ!! やっぱり楽しんでやがった!」
「はぁ……まったく、この人たちは……」
俺達のやり取りを見ていたミカは額を抑えながら溜め息をついた。
そりゃあ文句の一つも出るってもんだろう。
結局、聖女であるミカは普通に泉から聖水を
つまり俺は、何の苦労もせずに必要な分の聖水を手に入れることができたのだ。
俺が居た意味?
そんなの、樽を宝玉に収納するぐらいしかなかったぞ?
「ほら、確認しろよ。ちゃんと言われた分の聖水を持ってきただろ。――これで満足か?」
俺は宝玉から聖水がたっぷり入った樽を取り出すと、リビングの床に置いた。
「うんうん、完璧だよ。いい仕事だ」
「良く言うぜ、まったく。お前も随分と意地の悪いことしてくれたよなぁ?」
「きひひひっ。まぁこれだけあれば、二人分の装備を合成するのに十分足りるよ。それにジャトレ君の新しい装備もね」
よしよし。それぐらいの成果が出てくれなくっちゃな。じゃないと無駄足をさせられた俺が
「さて、それじゃあ最後の仕上げといこうかねぇ~」
キュプロは道具が山のように入った箱を自分の部屋から抱えて持って来ると、カチャカチャと準備を始めた。
「いつの間にこんな道具を……」
「なんでも、焼け落ちた家に残っていたアイテムを掛け合わせて、どうにか必要な物を用意したそうですよ。それも私たちの為に、徹夜で作業してくれていたみたいです……」
「それであんな姿だったのか……」
目の隈だけじゃなく、髪はボサボサで白衣もヨレヨレ。もう何日も風呂に入っていないのか、中々に酷い有り様だった。言っちゃ悪いが、ちょっと臭いもしている。
……はぁ。仕方ないか。
キュプロもここまでやってくれていたんだ。多少の悪戯はこの際、許してやろう。
もしかしたら、作業に集中したくて俺たちを屋敷から追い出したのかもしれないし。
「溶媒の濃度確認。
大きなガラス製の鍋に次々と薬品やら器具を投入していく。
途中で俺たちが用意した聖水なんかも、ドバドバと入れていた。
作業も大詰めなのか、凄い集中力だ。
近くで見守っている俺達のことなど視界に入っていない。
その表情は普段のキュプロからは想像もできないほど真剣だ……って、おい。
「ちょっと待て。その右手に持っているカップをどうする気だ?」
「ふふふっ。最後にこの特製濃縮ジュースを加えて完成だ!!」
「いや、お前。それってさっき自分で飲んでたやつじゃ……って、あ~あ。入れちまったし」
あのヤバそうな黒い飲み物を何の
いったいあの黒いのがどんな作用をするのか分からないが……本当に大丈夫なのか?
紫色の変な煙がモクモクと出ているし、なんだか雲行きが怪しくなってきた。
ていうか飲みかけを入れるなよ、ばっちいだろうが。
「準備はこれで良し。それじゃあ、仕上げといくよぉ」
「ん? ここからどうするつもりなんだ?」
「そりゃあ、もちろん。こうするのさ――『
既に容器に挿し込んであった金属棒に目掛け、キュプロは神鳴りを放った。
って、コイツ!!
屋内でこんな高威力の技を思いっきり使いやがって!
バチバチと凄まじい閃光が何度も明滅し、小さな爆発が部屋中で舞い起こる。
そのせいでリビングに置いてあるソファーが焼け焦げたり、高価な置物が爆風で四方に吹き飛んだ。
「や、止んだか……?」
「ふぇ……死んじゃうかと思いましたぁ……」
弱々しく言葉を漏らすミカは、床にペタンと尻もちをついていた。さらに彼女の目は涙で潤んでしまっている。
俺はともかく、ミカは死んでも生き返れないのだからビビるのも当然だ。
「……うん、成功だ!」
「成功だじゃねぇ! あぶねぇじゃねぇか!!」
なにやってんだよ、コイツは……!!
突然の暴挙を責め立てるも、成功を喜ぶキュプロはまるで聞いちゃいない。
「だいたい、成功って何がどうなって……って、何だそれは?」
結果が気になった俺は、キュプロの前に回る。喜々として実験の成果を研究ノートにメモしている奴はこの際無視だ。
すると、ガラスの容器の中に何かが沈んでいるのが見えた。
「これは……」
それは2対の腕輪と、あの新ダンジョンで手に入れた十字のアクセサリーだった。
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