第28話 現在の魔天と亡者の話


「あんな孤児上がりのクソガキが図に乗りやがって。金なんて集めたって、ただの宝の持ち腐れではないか。だから我らオスカー教会が全てのむくわれぬ民を救うため、有効活用してやろうというのだよ」



 神聖なる大聖堂。その暗がりの中。

 豚司教は俺の過去をけなし、嘲笑あざわらう。


 ……いや、うん。まぁ。

 馬鹿にしたけりゃ別に好きにすれば良い。


 だがなんなんだ、ありゃあ。とても神につかえる者とは思えない態度だぜ。

 本当は豚モンスターか、邪神の下僕なんじゃねぇのか? いくらなんでも邪悪すぎるだろアイツ。



「どうしてそんなことを、大司教である貴方が知っているのですか」


「ふん。国内の富裕層に関しては、秘密のリストがある。どのような人物で、背後には誰が居るのか。教会にとって利益をもたらすのか、否か。……教会というのは、綺麗事だけを扱う組織ではないのだよ」


 ははーん?

 つまり、宗教を利用して情報を集めているってことか。


 情報ってのは時に金よりも価値を持つことがある。弱みを握れば脅しに仕えるし、商機を知れば金稼ぎにも使える。

 もしかしたら国とも繋がっているかもな。


 ……すると、孤児院の経営していた貴族とも繋がっている可能性もある。



「へぇ……そういうことだったのですか」


「はははっ。教会の恐ろしさをようやく理解したか。儂がこの地位につくまで、一体どれだけの人間や情報を巧みに操ってきたか。分かったら、さっさと資金を持って来るのだ!!」


 頬のぜい肉をプルンプルンと揺らしながら、豚司教は下卑げひた笑みを浮かべてミカに叫ぶ。


 真夜中で俺達以外に誰も居ないから良いが、何も知らない信者たちがこれを聞いたらビックリするぞ……。



 ――で、ミカはどうする心算つもりなんだ?


 ダンジョン踏破で得た金は、コイツに全部渡しちまったんだろ?

 改めて俺を浄化して、財宝を奪うのか?


 ……でも俺はそんな心配はしていない。

 なぜなら教会の裏の顔を知った今でも、ミカは不敵に笑ったままだからだ。ミカはこんなクズには、絶対に屈しない。



「で? その素晴らしい教会は孤児院の支援はされているんですか?」

「は……?」


 唐突に話題をぶり返された豚司教。

 予想外の事態に呆気にとられ、ポカンと大口を開けている。



「そ、それは」


「今では冒険者の有志が孤児院を経営しています。ダンジョンで親を亡くした子を引き取ったり、職業の斡旋あっせんをしたり。フォローもしっかりとしています。――で、貴族や教会関係者が何か一つでも行動しましたか? しませんでしたよね?」



 そうなのだ。

 今では貴族の手を離れ、街の冒険者たちが支援をしている。


 たしかに冒険者はクズも多い。先日会ったビーンのように、気性が荒く素行も悪い奴もいる。



 だが、元々仲間意識の高い奴らだ。お互い命を預け合って仕事をしているのだから、それもそうだろう。

 そんな奴らが、死んだ仲間の家族を放っておくはずがない。


 ただ、問題があった。冒険者というのは、残念ながら頭が非常に悪かったのだ。

 金勘定もマトモにできないのだから、施設の経営なんて到底無理だ。



 そこであの貴族の娘が立ち上がった。

 みずからが率先して、冒険者たちを動かしたのだろう。


 初期資金は彼女が出し、活動は冒険者に任せる。非常に良い役割分担を思い付いたもんだ。


 具体的にどうやったのかは知らないが、上手いこと自分でもできることを見つけたんだろうな。


 ……そう考えると、さすがの俺でも罪悪感が湧く。あの時は感情的になっちまって、随分と酷いことを言ってしまった。



「き、貴様が教会の何を知っているというのだ……!!」

「言ってませんでしたっけ? あの孤児院の経営をしているのは、魔天である私の姉サリアです」


「「はぁっ!?」」


 おっと、豚司教とセリフが被っちまった。

 だがそんなこと、今まで一度も聞いていなかったぞ!?


 ミカがガルデン国最強の魔法使いの妹……しかもあの時のお嬢様が今の魔天だと!?



「だからあまり迂闊うかつな事は言わない方が良いですよ? 私たち冒険者は、仲間を大事にするので。……貴方の首ぐらい、いつでも取ろうと思えばやれちゃうんですからね?」

「ひ、ひいいっ!?」


 ミカはあの青い宝玉付きの杖を豚司教に向け、魔力をグングンと高めていく。


 冗談でも何でもなく、アイツの実力なら本当にやれるだろう。モンスターを爆散させる威力の魔法を放てば、文字通りちりと化す。



 こうなると、自身を護るすべのない豚司教は完全にビビっちまった。ミカから逃げるように、どこかへ走り去っていく。


 権力だ教会だと言っても、奴は目の前の暴力には逆らえなかったようだな。

 まぁそれが生物としての本能だから、仕方のないことなんだろうが……。



「それよりもミカがまさか……」

「……こんな所で何をされているんですか、ジャトレさん?」

「――っ!?」


 み、ミカに見付かった……!?


 気付けばミカが、俺のすぐ目の前で立っていた。

 杖にはまだ魔力が込められたままで、宝玉が青く光っている。



「こ、こんばんは?」

「えぇ、こんばんは。随分と良い夜ですね?」

「は、はははっ……」


 さっきまで階段の下に居たはずなのに……この俺が、近付いて来る気配に全く気付かなかったぞ。

 もしかしてコイツ、隠密までできるのか!?



「そ、それよりも驚いたぞ? まさか、ミカが魔天の妹だったなんて。どうして今まで教えてくれなかったんだ?」


 どうして俺がここに居るのか。それは言えない。いや、決してやましい理由があるわけじゃないのだが。


 さすがに、お前の為に教会の総本山に忍び込んだとは、口が裂けてもコイツ本人には言いたくない。



「むしろ、何でジャトレさんは知らなかったんですか? 自惚うぬぼれるわけじゃないですが、お姉ちゃんも私もこの国じゃ有名人ですよ。強くて美人な姉妹だって」


 クソほども似合わないようなセクシーポーズで身体をクネらせながら、そんな冗談じみたことを言うミカ。

 だがそう言われても、金以外に興味の無かった俺には無縁の話だ。


「そもそもあのお嬢様の顔なんて、もう覚えてなかったし……」


 だから妹であるミカを見ても、似てるとも思わなかったのだ。



「えぇ? お姉ちゃんとは再会しなかったんですか?」


「あぁ、何故か会った記憶がないんだよなぁ。俺はあの時以来、ずっと家族を養うことに必死だったし……」


「……たしかに。お姉ちゃんもお父様を説き伏せるために、私と一緒に四六時中、修行ばかりしていましたから。もしかすると……約束を果たすまで、会いに行きたくなかったのかもしれません」



 説き伏せる……って。

 なんとなく今のミカを見ていると、さっきみたいに暴力をチラつかせたんじゃないかと邪推してしまうよな。なにせ、姉妹で似ているって自分で言っていたし。


 にしても、修行して国で一番の魔法使いになれるって凄くないか?

 そんな簡単になれたら、誰も苦労なんかしないぜ。


 ――きっと想像もつかないような、果てしなく厳しい修行をやり遂げたんだ。


 あの日の、俺との約束を守るために。



「で? ジャトレさんはどうしてここに?」

「うっ……」


 ジッと俺の目を見つめながら、再び同じ質問をされてしまった。

 つい顔をそむけてしまうが、もう逃がさないとばかりに目の前を追いかけてくる。



 ……仕方ない。

 もう誤魔化しきれないか。



「きゅ、キュプロに用事を頼まれたんだよ!! ほら、新しい装備に必要な素材があるって言っていただろ?」


「素材……ですか? えぇ、たしかにそれは言っていましたけど」


「この大聖堂にある聖水がどうしても要るって言われてな。いや~、ここまで来るのも大変だったな~」



 よし、これならどうだ!?

 俺は何も嘘は言っていないぞ。


 実際に装備を作るという話はミカもしっているし、これで誤魔化せるだろう!?



 しかし当のミカは首をかしげたままだ。


 ど、どうしてだ!?

 何かおかしなことを言っちまったか!?



「え? そのオスカー聖水なら、私もキュプロさんに言われてここへ取りに来たんですよ?」



 ――えっ?

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