第2章 タマタマを狙っているのは偶々なんですよ

第10話 朝チュンからの朝食。久しぶりの団欒をする話

※第2章スタートです。



 あぁ、素晴らしい朝だ。

 こんな身体アンデッドでも睡眠をとれるというのは、実にありがたい。


 ……何かが布団の中で動いているのは別としてだが。



「で? お前はそこで何しているんだ、ミカ」

「……全く機能しないのか、一度この目で確かめてみようかと。ねぇ、ジャトレさん。こんなに立派なモノをお持ちなのに、本当に女に興味がないんですか?」


 一瞬の間があった後。

 布団の中からたしかに聞いたことのある声が返ってきた。


 それは昨日知り合ったばかりの少女、ミカのものだった。



「おい、気狂い聖女。今すぐ布団から出ていかないと、屋敷から追い出すぞ」

「ふふふ、遠慮しちゃって~。私を好きにしちゃっても良いんですよ?」

「さっさと部屋から出ていけ、この色狂い聖女!」



 ◇


「はぁ、朝からどっと疲れちまったぜ」


 大きな溜め息を吐きながら、豪華な金細工のされた椅子へ寄りかかる。


 まったく……寝起き早々からアホの相手をさせられたせいで、せっかくの気持ちの良い朝が台無しだ。


 逃げるように屋敷の食堂にやってきたが、別にアンデッドの俺が何かを食べるわけではない。朝の習慣になっていたから、気付いたら何となくここへ来てしまっていたというだけだ。



 ぼーっと天井を眺めながら、時が流れていくのを待つ。とてもじゃないが、今は何かをしようという気にはなれない。


「で? どうしてお前はそんなにボロボロの姿なんだ?」

「――別に。気にしないでください」

「なんでちょっと不機嫌そうなんだよ」


 テーブルの向かいの席にはミカが座っているのだが、どうも様子がおかしい。

 頬を膨らませて、俺と目を合わせないように横を向いている。

 

 いや、誰がどう見たって怒っているだろ。 

 あんな起こし方をしてきたくせに、どうして俺がこんな態度をとられなきゃならんのだ。


「……女の子にしつこく質問すると嫌われますよ? それよりも、ジャトレさん。ここのキッチンを貸してくれませんか?」

「キッチンを? 別に構わないが……」


 当たり前だが、アンデッドになる前は俺も飯を食っていた。当然、この屋敷にもキッチンがある。……ほとんど使ってこなかったが。


 だがキッチンで何をするつもりなんだ?

 戦闘至上主義なミカが料理するイメージなんて湧かないぞ?



「こう見えても私、料理は得意なんですよ。食材は勝手に使わせてもらっても?」

「あ、あぁ。本当に大丈夫なのか?」


 俺が何かを食べることなんて、呪いを解かない限り無いだろう。食材を腐らせるよりミカが食った方がマシだ。だからまぁ、失敗しようが無駄にはならないだろうが……。


 俺の心配をよそに、ミカは食堂と繋がっているキッチンの方へスタスタと歩いて行ってしまった。


「ま、俺が食べるんじゃないから良いか……」


 どうせマトモな食材は残ってなかったはず。

 焦げ付いたトーストでミカが腹を壊そうが、好きにすればいいさ。


 そう楽観的になっていたのだが……この後、俺の予想は大きく外れることになった。



「へっへへ~♪ 美人聖女のモーニングセット、出来上がりですよ~」

「んぁ? 誰が美人だ……って、マジかよ」


 食堂に残ってぼんやりと過ごすことしばし。どこから調達してきたのか、エプロンを着た姿のミカが帰ってきた。


 手には山盛りの朝食が乗ったトレーを持って。



「これは……凄いな。本当にウチの食材で作ったのか?」

「えへへへ。ちょっとだけ本気を出しちゃいました!」


 ミカは自信満々の表情で、テーブルの上にトレーをコトリと乗せた。


 彼女が作ったメニューはパンにベーコン、オムレツに野菜のスープ。

 シンプルと言えばシンプルだが、どれもミカなりのアレンジをされて十分豪勢な食事となっている。


「食べかけて固くなっていたパンは、卵とミルクを吸わせて焼き直しました。余った卵とオニオンでオムレツを。ベーコンは外側をカリカリに。残った切れ端としなびた野菜はスープにしてみました!」

「お、おう……良く作れたな……?」

「はいっ!」


 さも当然のように言っているが、そのメニューをさらっと作ったってことだろ?

 本当に料理ができたんだな、コイツ……。


 俺だったらそのまま焼いて食べるか、捨てるような食材だ。

 それがちゃんとした食事に生まれ変わり、俺の目の前でホカホカと湯気を立たせている。


「はい、こちらはジャトレさんの分ですよ♪」

「あ? いや、俺は食事は……」


 呪いの宝玉で食事が必要なくなった、とは言ったが。

 何て言うかこう……いざ豪華な食事を目の前にすると、どういうわけか食欲が湧いてくる。



「良いんじゃないですか? 別に食べる必要がなくたって、それを楽しめれば」

「楽しむ……って食事をか?」

「そうですよ。一見すると無駄なことだって、それを楽しめたら何事でも価値が生まれるんじゃないですか?」


 無駄が……価値のある……?



 ミカの言っていることが分からず、俺は首をひねる。


 これまで娯楽らしい娯楽なんてやってこなかった俺には、とてもじゃないが理解できない理屈だ。

 無駄は無駄だから無駄なんだろう? コイツは何を言っているんだ?


 そもそも食事なんて仕方なく摂っていただけ。それがアンデッドになったお陰で不要になったと喜んでいたんだが……?


 まるで分かっていない俺を見たミカは「まぁ、でしょうね」と言ってため息を吐く。



「そもそもジャトレさんの身体って、維持するにはお金が必要なんですよね?」

「ん? あぁ、そうだが?」


 俺に掛けられた呪いは、金を集めることこそ、我が人生ライフイズマネー

 1日1枚の金貨を使うことで、俺は今日もこうして生きていられる。


「食事でエネルギーをキチンと摂っておけば、もしかしたらその必要分のお金が浮くかもしれませんよ?」

「……敢えて無駄な食事を摂ることで、逆に維持の金が浮く……だと!?」


 つ、つまり俺の金を使わずに済む?

 実際にやってみないと分からないが、それって試す価値は大いにあるんじゃないのか!?



「これからキッチンを私に任せていただけるなら、あまりお金を掛けずに美味しいご飯を作りますよ?」


 こいつ……実は天才だったのか……。

 金稼ぎ以外の行為が全て無駄だと思っていた俺にとって、まさに青天の霹靂。


 ニッコリと微笑むミカが、輝いて見えるぜ……!!



「俺は今初めて、お前をこの屋敷に迎えて良かったと思えたぜ……」

「……ジャトレさんって本当、お金を稼ぐこと以外に関してはポンコツなんですね。まぁ良いですよ。そう思っていただけたなら」


 ふぅーっ!! 今までそんな事を気にしたことも無かったぜ。


 ふははは。自分で料理をするなら面倒過ぎて勘弁だが、ミカがやってくれるなら話は別だ。

 それで俺の金が浮くんなら、むしろ大歓迎だ。



「それじゃあ、決まりですね。さぁ、冷める前にいただきましょう」

「そうだな! 節約の為にもしっかりと喰わなきゃだぜ!」


 ミカは現金な俺の態度に苦笑いをしているが、もちろん気にしない。

 そうと決まればさっそく、このトーストからいただくことにする。



「んんん~!! うめぇ! ひっさびさに手料理なんて食べたぜ!」

「本当にどうやって生きてきたんですか。まるで普段は生の芋でもかじっていたような言い方ですよ?」


 お、良く分かったな。

 というか何を食ったかなんて、普通は一々覚えてなんかいないだろ?


 そもそも信用の出来ない他人が作った物なんて、怖くて食えたもんじゃねぇ。

 毒なんて効かないアンデッドとなった今だからこそ、こうして好き勝手食えるんだ。



「……ジャトレさんには、一緒にご飯を食べるような家族は居なかったんですか?」

「あん? 家族……家族なぁ。そんなモンが居た記憶はちっともねぇ」

「あ、うん……そうなんですか。……えっ、ちょっと? ど、どうしたんですか。いきなり泣き出さないでくださいよ?」

「は? 泣く? 誰が……あ、あれ??」


 どれもこれもうめぇと思ってバクバク食べていたら、急に味がしょっぱくなった。

 ミカは俺が泣いていると言い出すし、おかしいと思ったら……自分の目から汁が流れていたことに気が付いた。



「え? なんだコレ……アンデッドの汁か?」

「違いますよ。それは涙です。……ジャトレさん、本当にどうしちゃったんですか?」


 ……そんなの、俺だって分かんねぇよ。

 こっちは生粋の金の亡者だぞ?


 だからどうしてこんなにボロボロと……。



「ただ、不思議と気分が落ち着いたんだ。どういうわけか、胸の辺りがあたたけぇ……」

「そう、ですか」

「……これが何なのかは良く分かんねぇけどな。だけどありがとう、ミカ。さっきの無駄の中にある価値って、もしかしたらこういうことなのかもしれねぇな」


 今の俺には、この気持ちを言葉にすることは出来ない。だが、何となく大事にしなきゃいけない予感がした。


 もちろん、これが金よりも大事だなんてことは思わない。……それでも、これをくれたミカには感謝をしたくなった。



「ふふ。もしかしたら身体が覚えていたのかもしれませんね。誰かにご飯を作ってもらった、大切な記憶が」

「そう、なのかな?」

「私も母に作ってもらった料理は、今でもちゃんと覚えてますからね」



 窓から差し込む朝日を浴びながら、ミカは優しく微笑んだ。

 その姿は不思議と――本物の聖女のように美しく輝いていた。

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