第9話 こっそりダンジョンに戻った聖女が先輩に相対する話

※ミカ視点です



 深夜になり、ジャトレさんはグッスリと寝入ってしまった。

 それを確認した私は屋敷をこっそりと抜け出し、再度あの岩窟ダンジョンへと来ていた。


 装備は最低限。教会支給のローブに、宝玉つきの杖。たったそれだけ。

 装備も肩書きも全て手放した私でも、この程度のダンジョンならソロでも余裕ね。


 もちろん道も覚えてある。

 数時間前に通った道を駆け抜け、最短距離で最終フロアへ。



「さぁ、今度はキチンとご挨拶しましょうか。ヴァニラ先輩♪」


 変わらず鎮座していた祭壇に近寄り、そっと手を触れた。

 すぐに反応し、祭壇の輪郭がぼうっと白く輝き始める。


 その直後。

 背後に強烈な殺意を感じた。


 振り返ってみれば、


 ――あぁ、やっぱりこの人は美しい。



 私が会いたかった人物――うるわしき吸血女王、そしてガルデン国の剣聖ヴァニラ。

 最強の剣士である彼女は日中に出逢った時と同じく、鎖に囚われた姿で現れた。


「……」

「やはりダンジョンに意識を奪われているみたいですね。どうして、貴女ほどの人がこんな目に……」


 もちろん、私のこの呟きも彼女には届かない。

 何も映さないルビー色の紅瞳で、私をただ見つめているだけ。



「ヴァニラ先輩。貴女はきっと、魔天を探していたんですよね? そして何か手掛かりを掴んだ。ねぇ、教えてくださいよ。……お姉ちゃんは何処に行ってしまったんですか?」


 剣聖と双璧を成す最強の魔法使い、魔天。

 彼女は……私の実姉だ。


 一年前に行方不明となってしまった、かけがえのない私のお姉ちゃん。


 私もヴァニラ先輩も。

 書き置きも無く消えたあの日から、魔天をずっと探し続けてきた。



「――ッ!! お姉ちゃんの話題を出しても無反応。これ以上は無駄なようですね」


 シュン、と銀の閃光が私の頬をかすめた。


 感情の無い、無機質な斬撃。

 あれは鎖の先にある、矢尻に似た部分を射出したのかな。


 身体が千切れても元に戻るジャトレさんと違って、私がマトモに喰らったら即死ですね。



「残念です。剣聖としての貴女とお相手がしたかったのですが……ジャトレさんの仇は私が取らせていただきます」


 ふふふ。本人が聞いていたら「死んでねぇよ!?」と怒っちゃうかな。

 でもヴァニラ先輩との戦いは大人しく見守ってあげたんですから。それぐらいのイジワルは許してくださいね。


 そんな事を考えている間にも、次から次へと鎖が飛来してくる。

 たった一撃でも致命傷となる鋭い攻撃をかわしながら、私は杖に魔力を高めていく。



「……!?」

「貴女のその攻撃は、もう覚えました。スピード強化の魔法も既に付与済みです。……先輩、諦めて私に殺されてくれませんか?」


 残念ながら、剣聖対策はフロアに入る前に済ませてある。


 それに私、これでも怒っているんですよ?

 ヴァニラ先輩はとっても酷いことをしました。


 もちろん、最高の調子で戦えないこともそうですけれど。


「私の大好きなジャトレさんをあんなに甚振いたぶって……絶対に許しませんからね?」


 あの人は私のものだ。

 誰にも渡さないし、殺させない。


 ジャトレさんにはもっともっと、強くなってもらわなくては困る。

 まだどれだけ実力を隠しているのか、それともまだ強くなるのか。全部見せてもらった上で、私は……



「ふふふっ。楽しいなぁ……ジャトレさんを想うだけで、胸が張り裂けそう。身体が熱くて燃えそうです……ねぇ、ヴァニラ先輩。この気持ち、貴女も分かってくれますよね……?」

「――!!」


 あれ、気のせいかな?

 意識のないはずのヴァニラさんの表情が、僅かに変わった気が……。


「――ッ!?」


 私の目の前では、異常な光景が広がっていた。

 ヴァニラ先輩が自身の身体に鎖を次々と突き立てているのだ。

 

 それだけじゃない。

 メキョ、バキ……と、グチャグチャになった身体が人間じゃないモノへと変化していく。


「な、なんですかソレ……知らない……そんなこと、していなかったじゃないですか……!!」


 背が伸び、翼が生えた。

 右手には銀と紅が交じり合った巨大な剣を手に持っている。


 そしてヴァニラ先輩だったモノは私を見て、ニタァとわらった。


「や、やめ……!!」



 巨大な影が私の頭上から降りてくる――





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