第8話 大敗を喫した亡者は撤退し、聖女と何故か同棲することになる話


 ……あぁ、気分は最悪だ。


 自宅のリビングにあるソファー。俺はその上で小さくうずくまりながら、心の中で深い溜め息を吐く。

 隣りに座っているミカはそんな俺を見て、ニヤニヤと嘲笑あざわらっていた。


「だから言ったじゃないですか。撤退しましょうよ~って」

「……うるさいな。勝てると思ったんだよ、あの吸血女王に」

「ふふっ。アレをまさに、手も足も出ないって言うんでしょうね。実際に手も足も無くなっていましたし」

「うぐっ……まさかあそこまで、実力に差があるとは思わなかったんだよ」



 イキってあの吸血女王に挑んだ俺は、文字通りボロボロにされた。

 ミカの揶揄からかいも全部事実だ。全く言い返すことができない。


 はぁ、情けなさすぎてマジで泣きたくなってくるぜ。


 ……アンデッドだから涙は出ないけど。



 クソ、あのクソ吸血女王め……!!

 あんなに強いなんて、どう考えたって反則だろうがよ!


 だいたい、何なんだよあの鎖は。

 自信のあった剣技も銀の鎖に弾かれるわ、フェイントや目くらましも簡単にかわされちまった。


 リーダーゾンビに進化したお陰で使えるようになった闇魔法だってそうだ。

 アイツの前じゃ、時間稼ぎ程度にしかならなかった。小手先のワザなんて、一切効きやしねぇ。



「凄かったですよねぇ。吸血鬼になったとはいえ、流石は国選の称号を持つ冒険者でした」

「悔しいが、ミカの言う通りだ。少なくとも正面から戦ったんじゃ、一般人の俺なんかが敵うわけがねぇ」

「ジャトレさんは一般人じゃないでしょう」

「……戦闘はちょっとかじった程度だ」

「ふふ。まぁ、今はそういうことにしておきましょうか」


 ――チッ。

 コイツ、何かを薄々と勘付いてやがるな。



「しかし、どうしてあそこまで差があったんだ? 俺と同じく、宝玉でモンスター化したはずだろ?」

「……そうなんですよねぇ。元々のスペックのお陰でしょうか。あの方は素晴らしい実力の持ち主でしたから。だけど、ちょっとおかしいんですよねぇ」



 うーん、とあごを抑えながら首をかしげるミカ。

 同じ国選同士、それも戦闘狂であるコイツが認めるっていうぐらいなんだから、相当強かったんだろう。


 だが、ミカが疑問に思うってなんだ?


「あくまでも私の記憶ですが。ヴァニラさんはあんな鎖なんて本来、使っていなかったはずなんですよ。だって彼女が愛用していたのは、普通の剣でしたから」


 ――はぁ!?


「剣だと? いやいや……アイツ、そんなもの一度も使ってなんかいなかったぞ? じゃあ、なんだ。あの時は手を抜いていたってことか?」


 あの幼女が剣士だって?

 その話が本当なら、あれでも全力じゃなかったってことじゃねぇか。


「いえ、それは無いと思います。彼女は孤高の存在であり、剣に対しては非常に誠実なお方でしたから。この国では剣聖として、魔天と双璧を成していたぐらいですし」

「あの女が剣聖……王が重用している二人の冒険者か。その話は俺も聞いたことがあるな」


 この国における、最強の冒険者は誰か。

 その答えは、魔法使いの魔天と剣士である剣聖の二人だ。


 剣技に誇りを持つ人間が、敢えて違う武器を使っていた、か。

 だからミカが“おかしい”って言い出したんだな。


 たしかにミカの言う通り、謎ではある。



 ……いや、違うな。

 おそらくアレは宝玉が関係しているんだ。


 俺やミカと同じく、呪いで何かがあったとみていいだろう。

 それが何なのかはまだ不明だが……。



「ふん。あの吸血女王が何者かなんて、この際どうでもいい。アイツは俺が倒し、宝玉を手に入れてやるんだからな……っておい、何をしているんだ?」


 決意を新たにソファーから起き上がると、ミカが床で何かをしているのが見えた。

 持って来ていた自分の荷物を、床に広げ始めているようだが……?


「今日はもう、日が暮れてしまいましたし。そろそろ休もうかと思いまして」

「ん? あぁ、一度教会に戻るのか? 連絡手段はどうする? またウチに来るのか?」


 できれば天敵である教会には、極力自分からは出向きたくはない。

 連絡するなら、直接俺のところへ来てもらうのがベストなのだが。


「はい? 何をおっしゃっているんです?」

「ん? なんか変なことを言ったか? おいおい……まさか、今さら俺とは組めないって言うんじゃないよな!?」


 せっかく呪いを解除する希望が見えたんだ。ミカにも協力してもらわなきゃ困るぜ!?


「何を言っているんですか、ジャトレさん。私はもう相棒ですよ? 当然、このお屋敷に住むに決まってるじゃないですか~?」

「……は?」

「あ、どうぞお構いなく。部屋は適当に空いている所を使いますので。では、おやすみなさい」


 革袋に荷物を詰め直したミカは「では良い夜を!」と言ってリビングから去っていった。


 取り残された俺はポカンとしたまま、彼女を見送るしかできなかった。



「……なんでさも当然のように、同居することになった?」



 残念ながら、その答えが返ってくることは無かった。



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