第2話 力と権力に溺れた女冒険者が呪いで聖女になったので、解呪のために男から金を奪おうとする話

「……それで? お前はどうして俺のところに来たんだ?」


 俺は今、自室の執務室の椅子に座り、聖女ミカに向かって冷たく言い放った。

 一方の彼女は、首根っこを掴まれた猫のように、シュンとして縮こまっている。


「お騒がせして、すみませんでした……」

「いいから、早く要件を言え。俺も忙しいんだ」


 まったく、突然やって来たかと思えば、いきなり家の玄関で脱ぎ始めやがって。


 邪な奴を浄化する聖女の癖に、コイツが一番邪悪だったぞ!? 近所の奴から、俺が変態だと思われたらどうするんだ。


「実は私、とある呪いにかかっておりまして」

「はぁ? 呪い? なんだ、それは。変態にでもなる呪いか?」

「ちっ、違いますよぉ!! そんなエッチな呪いなんかじゃありません!!」


 よっぽど癪に障ったのか、ミカという聖女は赤面してローブのすそを握りしめる。

 いや、呪いじゃない方が問題だと思うんだが? 素でヤバい奴ってことじゃないか。


 早くも俺は目の前の痴女を屋敷から追い出したい気分になったが、他に少し気になるところがある。


 コイツ自身には興味なんて一切無いが、今コイツの口から出た『呪い』という言葉は別だ。呪いは代償と引き換えに、人間の願いを叶えるという特徴がある。


 つまり今の俺の状況とも、何かしらの関係がありそうだ。

 コイツを追い出すのは、もう少しだけ話を聞いてからにしよう。


「今は聖女として教会で働いていますが、少し前までは冒険者をしていたんです。自分で言うのもなんですが、腕はかなり良かったんですよ?」

「ふむ、冒険者か……」


 ふふん、と胸を張ってドヤ顔をしているミカはさておいて。

 冒険者といえば、探索困難なフィールドやダンジョンでモンスターを倒し、財宝を得るという職業の人間だ。特にダンジョンは神が人間に試練を与える代わりに、様々な恩恵を与えてくれる場として人気がある。


 俺が今居るガルデン王国も、貴重な資源をもたらしてくれる冒険者を優遇しているぐらいだしな。


 まぁその分、多くの人間が冒険者として活動している。

 要するに、実力がピンからキリの奴まで居るってこった。その中で本当に優秀だといえる人材は、極僅かだと言える。



「本当ですよ!? こう見えて、魔法の扱いは天才的なんですから~。難関なダンジョンだって、何度も踏破しましたからね! あ、そうだ。国選のバッジも持っていました!」

「おぉ、凄いじゃないか。国選って、王に認められた証だろ。この国には十人ぐらいしか居ないって話だし」


 国選ってのは、いわゆる国のお抱え冒険者だ。他の国に優秀な冒険者が流出しないように、豪邸や金を用意して囲い込むってやつだな。


「ありとあらゆる名誉を手に入れた私は、それはもうノリに乗っていました」

「いいんじゃねーの? 国選まで行ったら、そりゃあもう誇っていいと思うぜ」

「えぇ、ありがとうございます。ですがその誇りも、そう長くは続きませんでした……」


 それまで自信満々に語っていたミカが、あからさまにシュン、とした態度になった。

 どうしたんだ? 何かやらかして、クビになったのか?


「ある日の私は、ダンジョンの最奥でとある宝玉を手に入れたんです」

「ダンジョンで宝玉? そうか、宝玉か……それで?」

「私はそれが、伝説の『願いを叶える秘宝』だとすぐに分かりました。だからその場で、願ったんです。――誰にも負けない力が欲しい、と」



 あぁ、やっぱりな。


 その宝玉っていうのは、俺が持っていたやつと同系統のシロモノだろう。

 俺が宝玉を使ってアンデッドになったのと同じように、ミカも宝玉に願いを叶えてもらったってわけか。


 つまり呪いとは、やはりその代償があったってことだろう?


「……御想像の通りです。そのせいで『持っている物が無ければ無いほど、強くなれる』というヘンテコな呪いが私についてしまいました」

「おおう……」


 うーん、何と言うかまぁ。

 俺とミカのケースだけでも、呪いってのは結構タチが悪いってのは分かった。


 あの宝玉を創り出した奴が居るとするならば、相当性格が悪いよな。

 願いを叶える代わりに、ソイツにとって一番大事なモノを奪うことになるんだから。


「もう最悪ですよ!! お金や肩書きを持っている限り、私は雑魚冒険者なんですよ!? 私の築き上げた栄誉が! 力が!! この『無償の愛』なんて呪いのせいで、ぜーんぶ無くなっちゃったんです!!」


 思い出して苛立ったのかは知らないが、ダンッダンッと持っている杖を床に突き刺すように叩く。

 コイツ、ここが俺の屋敷だって分かっているのか?


「ミカが望んだ力ってのは、アレか? 冒険者としての実力だけじゃなく、権力も含めてなのか」

「当ったり前です!! それさえあれば、他人なんて私の思い通りになるんですから。あの尊敬の眼差しを受ける優越感。女だからと舐めてかかった男たちをひれ伏させる達成感……あぁ、きもちいいぃっ」


 俺の目の前で、ミカは銀色の長髪を振り乱しながら、自分の身を抱えてブルッと震えた。


「うわぁ、思った以上にヤベェなコイツ」



 あー、なんだ。何となく分かった。コイツ、種類は違うけど俺と同族だわ。


 こんな変態と同じだとは思いたくもないが、たぶん俺が金を見ている時も似た顔をしているんだと思う。



「おーい、そろそろ戻って来い。頼むから他人の家の床を汚さないでくれよ?」

「え? あっ……コホン。失礼しました。という訳で国選だった私は、ただの雑魚に逆戻りしました。途方に暮れた私は仕方なく、教会を頼ることにしたんです」

「ここで教会が出て来るのか……」

「実際に頼ったのは、厳密には教会というよりも、トップの教皇様にでしたけどね」


 なんでも教皇は、宝玉の呪いを解除することができるらしい。


 しかしそのためには、とんでもない額の寄付が必要だった。


 悩んだ末、ミカは名誉を取り戻すために、所持していた全ての財産を手放したそうな。



「それでもお金は足りませんでした。絶望する私に教皇様は、『聖女として生活し、教会に貢献をすれば呪いを解く』と仰いました。だから私、ジャトレさんの噂を聞いた時、ピーンと来たんです!!」


 ん、どうしてそこで俺が出て来るんだ?


 ミカはそれまで深刻そうに話していたのに、突然明るい声になった。さらには持っていた蒼い宝石付きの杖を俺に向け、喜色満面の表情をしている。


 っていうかその杖に嵌まってるのって、呪いの宝玉じゃねぇか!!


「おいおい。ピーンと来たってお前まさか、俺を浄化する気か! あわよくば屋敷の財宝まで奪う気だろ!?」

「えへっ、バレちゃいました……?」

「お前ッ……俺の屋敷から今すぐ出ていけ!! さもなきゃ殺すぞ!!」


 すっかり死んだはずの表情筋を無理矢理動かし、怒りの形相を見せる。

 ここまで理由を聞いてやったのに、コイツはなんてことを言いやがるんだ。


 結局は、俺の大事な財宝を奪いに来たってことじゃねぇか。

 ってことはだ。コイツは客なんかじゃねぇ、俺の敵だ。



「ま、待ってください!! だから言ったじゃないですか。私のカラダを好きにしていいって! 一発ヤったら大人しく成仏してくださいよぉ!!」

「だから言い方ァ!! そもそもこっちは金の亡者だ。生憎と金以外には執着してねぇんだ。オンナなんて興味無いんだよ!」

「えっ……もしかして、男色?」

「そういう意味じゃねぇ!!」


 もういい。こいつは賊と違って、生かしておいても得が無い。

 屋敷の中だし、今この場でやっちまうか……?



 しかし当の本人であるミカは、俺の殺意を受けても余裕の表情だ。


「ふふふっ。良いんですかぁ? 私だって、紛いなりにも聖女なんですよ? ジャトレさんごとき、一発で昇天さイカせちゃうんですから」

「ははは! だからどうした。胸しか誇るところのない貧乏聖女が、俺に何をするって言うんだ?」

「む、胸しかっ……ふふっ、ふふふふ。良いでしょう。そんなにも死にたいのでしたら、私が天国に送って差し上げますよ!!


 ミカは杖を振り上げ、呪文を唱え始める。

 魔力が急速に高まっていき、杖の宝石に力が集まっていくのが俺にも分かった。


 たしかに、中々の魔力だ。詠唱もクソ早い。腕が良かったっていうのも頷ける。


 ……ていうかこいつ、マジで容赦ねぇな。本気で俺を滅殺しにきてやがる。


「さぁ! 覚悟はできましたか!?」

「おい、無駄なことはやめ……!!」

「だーめ♪」


 胸をぶるんぶるんさせながら、恍惚の表情で俺に魔法を放つ。

 やべぇ、コイツ。トリップしてやがる……!!


「必殺☆ターンアンデッド浄化の雷光!!」


 魔法の発動と共に、聖なる魔力の奔流が俺の部屋を埋め尽くす。


 こりゃすげぇ。

 マトモなアンデッドだったら一瞬で塵となるレベルの大魔法だ。


「やった……かしら?」


 魔力が可視化された光が収まった後、部屋にはミカだけが立っていた。


「ふっ、ふふ……ふふふふっ!! やった、倒した!! やーい、ジャトレさんのざぁこ♡ ざぁこ♡」

「……随分と機嫌が良さそうだな?」

「もちろんですっ! やっぱり魔法で敵を消し去るって、とってもキモチイイですから!」

「そうか、良かったなぁ」

「はいっ!! さぁって、邪魔は消えたし♪ 私のお宝ちゃんを探さなきゃ♪」 


 ミカは「私のお宝はどこかな~?」と、ルンルン気分で俺の部屋を荒らし始める。

 それを俺は、床に座ったまま見詰めていた。



「気は済んだか? この気狂い聖女」

「……あ、あれ?」


 ミカは狂喜乱舞したポーズのまま、首だけ動かして俺の方を振り返る。

 そう。当たり前だが、決して俺は昇天なんかしていなかった。



「え、えへへ……あれ? な、なんで?」


 うん、決めた。

 やっぱりコイツは、今ここで殺そう分からせよう……!!




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