5-8(終) これまでと、これからと

 卯月と正式に恋人になった翌週、事情の説明にと俺は卯月の家に行った。

 反発される可能性を考えていたが、卯月の両親は思いの外すんなりと俺たちの関係を認めてくれた。実は伊織さんはそうなったらいいなと思っていたらしい。それはつまり俺が従姉妹の女子高生に手を出す男だと思われていたということで甚だ心外だったが、事実そうなってしまったのでありがとうございますとしか言えなかった。

 血縁だと知ってもなお卯月のことが好きだったらしい皐月ちゃんの視線に殺意を感じたが、それには気づかないふりをした。


 春。

 この町の神社には多くの桜の木が植えられていて、二人で手を繋いで満開の桜並木を歩いた。

 卯月が何故か安産祈願のお守りを買っていた。恐る恐る理由を訊ねると、便秘気味だからとのことだった。相変わらず頭がおかしいと思った。


 夏。

 二人で町の夏祭りに行った。社会人になってからはこういった催し物に足を運ぶことがなかったので、新鮮だった。卯月が出店に並ぶチョコバナナを見て大輔のとどっちが大きいのかなぁとか言い出したので強めのアイアンクローをお見舞いした。


 秋。

 読書の秋だということで、自称作家志望の卯月が書いたネット小説を読まされた。読んだ中にはこれは本当に小説なのかと怪しいものもいくつかあったが、自伝的に卯月のこれまでのことを書いたものもあり、卯月という人間をより知ることができた。

 新作はファンタジーを書いて今度こそ書籍化とアニメ化を狙うらしい。まあ頑張れと伝えておいた。


 冬。

 去年のクリスマスのやり直しをした。

 今度は二人で一緒にプレゼントを選ぶために少し遠出をし、ありきたりではあるがペアリングを買った。右手の薬指に光る指輪を眺めてはニヤニヤ笑うということを、卯月は無限に繰り返していた。

 この日、初めてキスをした。卯月が何度ももっかいもっかいとせがんできたため、一時間以上やってた気がする。ちなみに今回はニンニクの匂いはしなかった。


 そうやって、二人の時間を大切に積み重ねていった。

 そして、卯月が高校を卒業する日。

 約束通り、卯月は再びこの家にやってきた。


「どーも、将来の夢は専業主婦です。対よろ」


「ああ、就職決まって良かったな」


 いつもと同じ、会話にならない会話をする。

 卯月は町の書店に就職が決まった。最初から進学するつもりはなかったらしく、その上で働きたくないでござるとぎりぎりまで言い続けていたが、最終的には伊織さんのコネで強制就職させられていた。俺の彼女、ダメ人間すぎて将来が不安になる。


「こんなん強制労働だよ……人権侵害だよ……」


「喜べ。おまえもついに社会の歯車の一員になる日が来た。やったな、これからいっぱい税金払えるぞ」


「すっげぇー嬉しくねぇー」


 近年では働きたくても働けない人間もいるというのに、わがままな奴だった。


「ねぇ大輔……もし私が社会に挫折してニートになっても養ってくれる……?」


 卯月が瞳を潤ませながら聞いてくる。


「そうなったら実家に強制送還するからな」


「鬼! 悪魔! うんち! ちんぽ!」


 下品極まりない罵倒を浴びせられた。


「さて、とりあえず……」


「とりあえず合法セックスする?」


「しない。おまえの荷物を整理するぞ」


「私今日は生理じゃないよ」


「狂ってんのかおまえ」


「うん。でも、私のそういうところ好きでしょ?」


「……まあ、それはそうだが、ドヤ顔で言われるとめちゃくちゃムカつくな」


「ひゃあ! 自己肯定感あげぽよー!」


 俺の彼女は頭がおかしかった。

 そんな奴を彼女にした俺はもっと頭がおかしいのかもしれない……。憂鬱になった。


「ね、大輔、大輔」


「何だよ。くだらないこと言ったらチョップするぞ」


「私のこと、好きになってくれて、ありがとう」


 百パーセントアホなこと言うと踏んでいたため、思わず面食らった。


「いきなり、どうした」


「んー、急に家を追い出されたりとか、本当のお母さんだと思ってた人がお母さんじゃなかったとか……今までしんどいことたくさんあったけどさ、どうにか乗り越えられたのって、全部大輔がいてくれたからなんだよ?」


「……俺は別に何もしてない。全部、おまえが挫けずに頑張ったからだよ」


 卯月が首を横に振る。


「ううん、一人だったら、多分ダメになってたよ。一緒にいてくれたのが大輔で良かった。大輔を好きになって良かった。大輔に好きになってもらえて良かった。……だから、ありがとう、だよ」


 今までのことを思い出して感極まったのか、卯月が涙ぐむ。その頭にポンと手を乗せてやった。


「……それはこちらこそ、ありがとうだ。俺だって、おまえがいてくれたから頑張れたことも多かった」


「せやろせやろ」


「ああ。これからまた、よろしくな」


「うんっ!」


 今まで見た中で、一番の笑顔で卯月は頷いた。

 これからきっとまた喧嘩をすることもあるだろうし、楽しいことばかりでもないだろう。

 ……こいつ気を抜くとすぐニートになりそうだし、まあ色々あるだろう。


 でも、俺は卯月と一緒にいたいと思っているし、卯月もそれを望んでくれている。なら、きっと大抵のことは今までと同じように何とかなるだろう。


 我ながら楽観的過ぎるとも思うが、何かとストレスの多い現代社会においてはこれくらいで丁度いいのかもしれない。


 一時的だった同居生活から、まさか末長く続きそうな同居生活になろうとは、卯月と出会ったあの日には想像もできていなかった。


 結局俺は今まで、卯月が抱える悩みや問題を根本的には何も解決できていない。ただ一緒にいて、悩んで、どうにか支えようとしただけだったと思う。けど、誰かと生きていくというのは案外そんなものなのかもしれない。


 全部まかせろ、俺がどうにかしてやるなんて言えるような大層な人間じゃないけど。


 これからもおまえが隣で笑ってくれるなら、俺はそれだけで幸せだ。

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社畜と陰キャJKの夢も希望もないドキドキ同居生活 なかうちゃん @nakauchan

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