5-6 冬の花火
二人で過ごす最初のクリスマスで、二人で生活する最後の日。卯月の希望通り、俺たちは家でのんびりと過ごしていた。
午前中、あらかじめ注文していたクリスマスケーキを取りに行き、二人で食べる。外は悪天候とまではいかないものの、しんしんと雪が降り続けていた。
プレゼントは卯月の希望通りにリンゴのカードを贈った。流石に五万円分は厳しいので一万円分にしたが、速攻でソシャゲのガチャをして爆死した卯月は発狂していた。俺のクリスマスプレゼントは雪よりも早く溶けてなくなったのだった。これだけだと虚しすぎるので、悩んだ末に選んだもう一つのプレゼントを渡すことにする。
ベッドの下に隠していたラッピングされた紙袋を取り出すと、卯月が目を輝かせた。
「ベッドの下に隠してるとか、もしかしてあれ!? エロ本!?」
「クリスマスにエロ本貰って嬉しいのか、おまえは」
「めっちゃ嬉しー。ねね、開けていい?」
「ああ」
袋の中身はピンクと白のチェック柄のマフラーで、決して高価なものではないが卯月に似合うだろうと俺なりに考えて選んだものだった。
「…………」
中に入っていた物が意外だったのか気に召さなかったのか、先ほどまでのハイテンションはどこへやら卯月は急に無言になり、おもむろにマフラーを首に巻き始めた。
「……似合う?」
どこか照れ臭そうに、こちらを上目遣いで見てくる。
「ああ、似合うぞ」
「か、か……か、可愛い?」
「可愛いぞ」
こいつって普段は頭おかしいくせに、急に乙女スイッチ入るときがあるよな。まあ、そんなところも可愛いが。
……あれ、俺、今こいつのことを可愛いって思ったのか?
そういえば、卯月がこの家に来て間もないころ、可愛い可愛いと何度も言わされたことを思い出す。
その時とは違い、今口から出た可愛いは自分の率直な感想だったことに気がついた。
……自分で思っているよりも、俺は卯月のことをちゃんと好きになっていってるのかもしれない。まずい、意識すると急に気恥ずかしくなってくる。
「……えへー、実は私ちゃんからもプレゼントがありますー」
そう言いながらスクールバッグからラッピングされた袋を取り出すと、俺に手渡してきた。プレゼントを贈ることばかり考えていて贈られることなど全く考えていなかったので、これは不意打ちだった。
中に入っていたのはネクタイだ。奇しくも二人揃って首に巻くものを選んだらしい。
「ありがとな。……大事に使わせてもらう」
「うん。……なんて言うか、その、こーいうのも悪くないね」
卯月が幸せそうに、にへらと笑う。
ああ、俺はこいつのこういう顔が好きなのかもしれない。卯月の泣いた顔も怒った顔もたくさん見てきた。……だからだろうか、今こうして笑ってくれていて、嬉しいと思う。
それから二人でとりとめもない話をしながらいつも通りに過ごして、夕食にはせっかくだからとチキンを食べた。
「ね、大輔。ちょい外出よっか」
食後、卯月が唐突な提案をしてきた。外はもうとっくに暗くなっていて雪もまだ降り続いていたが、こいつが唐突なのはいつものことだし、今日が最後なのであればと思うと拒否する理由もなかった。
「ああ、どこ行くんだ?」
「近くの公園。あ、ねね、ライターとかある?」
「ああ」
この前、人生初のタバコと一緒に買ったライターがあった。たしかコートのポケットにタバコと一緒に入れっぱなしだ。
「けど、そんなもん何に使うんだ?」
「まだ秘密ー」
卯月は悪戯っぽく笑うと、クローゼットから取り出したコートを羽織り、スクールバッグを肩に掛けた。どうやらその中に何か隠しているらしい。
「火遊びは危ないからダメだぞ」
「そんな危ないアレじゃないって。ほら、早く早く」
卯月に急かされ、俺もクローゼットからコートを引っ張り出した。
「手、繋ご?」
卯月が右手を差し出してくる。
「小指ならいいぞ」
「前にも思ったけど、それ逆にいかがわしいって……手くらい、いいじゃん。なんたって聖夜だよ?」
「……今日だけな」
俺という人間は、割と流されやすい。自覚している。
卯月と手を繋ぎ、近所の公園へとやってきた。
この日、この時間だからだろう、俺たちの他には誰もいなかった。
「ね、私が初めて来た日のこと、覚えてる?」
「半年前のことを忘れるほどボケちゃいない」
こいつは突然俺の前に現れた。
半年間、あっという間だった。社会人になってからは時間の流れが早く感じるようになったが、そんな中でも卯月と一緒に過ごした日々は忙しなくて、慌ただしくて、楽しいと言えることばかりでもなかったけれど。
同じ時間を共有できたことは、良かったと思う。
「……予定よりも、ちょっと早かったけど」
卯月が俺の手を離し、鞄から何かを取り出す。
それはあの日、卯月が初めて家に来た日に買った花火セットだった。……ああ、それでライターだったのか。
「……そういや、家を出るときに花火やるとか言ってたっけな、おまえ」
「うん。冬の花火で、しかもクリスマスだよ? エモエモのエモじゃん?」
相変わらずその感覚はよく分からないが、当人が満足そうなので良しとしよう。
コートのポケットからライターを取り出して卯月に手渡す。
「んじゃ、着火ー」
エモさを微塵も感じさせない言葉を発しながら、卯月が一本目の花火に火をつけた。
火花が積もった雪に吸い込まれていくのをぼーっと眺める。
「……今日まで、私と一緒にいてくれてありがとう」
「……ああ」
卯月の手に持っていた花火が消える。それは何だか、別れを感じさせるもののように思えた。
卯月が二本目の花火に火をつける。
「わがまま、いっぱい聞いてくれてありがとう」
それはきっと、心からの感謝の言葉なのだろう。だからだろうか、胸に深く入り込んできて、不覚にも目頭が熱くなるのを感じた。
「……ああ、自覚あったんだな」
「それは、まあ、えへへ」
三本目。
「……私のことで、私の家の人たちといっぱい話してくれて、ありがとう」
「……おまえ、まさか花火一本ごとにお礼言うつもりか」
「うん、そーだよ?」
「……やめてくれ」
「何で?」
「そんなことされると……泣くだろ、俺が」
「げっへっへー、じゃあやめない。だってそれが目的だもん。これ買った日に言ったじゃん、絶対泣かせてやるって」
卯月がゲス笑いをする。
そういや、そんなことを言っていたような気がする。
四本目。
「初めて来た日、本当はすごく不安だった。でもね、大輔が頭撫でてくれたから、ぐっすり眠れたんだよ。……ありがとう」
「……あれは半ば強制的に撫でさせられただけだ」
「それでもだよ。拒絶することだって、できたはずじゃん」
「……俺だって、そこまで外道じゃない」
「知ってる、すごく優しいもん。だから好き」
屈託なく笑いながら、五本目に火をつける。
「……やべぇ、そろそろネタ切れだよ」
「早いなオイ」
一気に涙が引っ込んだ。こいつ、さては思ったよりも俺に感謝してないな。振り返るともっとこう、色々あったような気もするが。
ネタ切れのまま五本目の花火が消え、何となく気まずい雰囲気が流れた。
「ちょ、ちょっと話題を変えようか」
六本目の花火に火をつける。
「別にいいけど、何の話をする?」
「んー、私のお母さんについて」
「……それは、どっちのだ?」
「そうだねぇ、今のママンの妹の方、伊月ママの方かなぁ」
「……伊月さんか」
「色々聞かされて、たくさん考えたんだけどさぁ」
「……ああ」
「……私、伊月ママには愛されてなかったっぽいよねぇ」
「…………」
何も言えなかった。
真実は分からない。
互いに無言のまま六本目の花火が消え、卯月は立て続けに七本目に火をつけた。
「きっと、本当は私のこと邪魔だったんだろうなって思う。……一緒に遊んでくれたりした記憶、あんまりないんだ。それでも私はあの人のこと本当にお母さんだって信じてたから大好きだったんだけど、片思いだったんだろうねぇ」
どこか他人事のように言うが、その表情はやはり悲しげに見えた。
無意識のうちに、俺の手は卯月の頭へと伸びていた。
その頭を優しく撫でてやる。
「大丈夫か」
「……うん、ありがとね。このことは、もう私の中で整理をつけたから、大丈夫」
「そうか……」
「あ、もう残り三本しかないや。あっという間だねぇ」
そう言いながら八本目に火をつける。
「……大好きな人といる時間は、あっという間」
「……よくそんな恥ずかしいことを真正面から言えるな」
こっちまで恥ずかしくなってきて、顔が熱くなるのを感じた。
「ねね、大輔、大輔、今思いついたんだけど」
「ああ」
「大輔と大好きで韻が踏める」
クソどうでもいい思いつきだった。
そうだ、最近あまりなかったから忘れていたが、こいつが人の名前を二回呼ぶときは大抵ロクでもないんだった。
「YO! YO! 俺卯月、おまえ大輔、卯月大輔大好きチェケラー!」
謎ラップによってエモさやロマンチックな雰囲気は完全に消え去った。こいつは本当にどうしようもない。
「卯月と大好きでもまあまあ韻が踏めてるな……私ラッパーの才能あるかも……」
「ねぇよ」
「ね、最後の二本はせっかくだから二人でやろーよ」
「ああ」
それぞれ一本ずつ花火を手に持つ。
最初からそうするつもりだったのだろう、最後に残された二本はどちらも線香花火だった。
「やっぱ締めはこれだよねー」
二つの線香花火がパチパチと音を立てる。
「大輔」
「どうした」
「改めてさ、ありがとね、この一ヶ月間」
「何のことだ?」
「私の、彼氏になってくれて」
……ああ、そのことか。
「でも、もういいよ」
「もういい?」
「だって本当は私のこと、好きじゃないでしょ?」
「…………」
何も言葉が出なかった。
見透かされていた。
違う。否定しろ。徹しろ。卯月のためにそうすると決めたじゃないか。
「でも、嬉しかったよ。好きじゃないにしても、私のことが大事だからこそ、そうしてくれたんだって分かるから」
「……何で、気がついた」
そんな気の利かない言葉しか出なかった。聞いてどうする。どうしようもないじゃないか。
「だってこの一ヶ月、私のこと一回も好きって言わなかったじゃん。そりゃ分かるよ。恋する乙女なめんなよ」
ぐうの音も出なかった。
結局のところ、俺は彼氏という役割に徹しきれていなかったのだろう。
「……でも、それでもね、この一ヶ月は人生で一番幸せだった。だから、ありがとうだよ」
卯月のその言葉と同時に線香花火が音を失い、火は落ちて雪へと吸い込まれていった。
「帰ろっか。あ、でも高校卒業したら大輔ん
「……ああ、分かったよ」
二人で花火の残骸を回収し、そのまま帰路についた。
これが、こんな終わり方が、俺と卯月が仮初の恋人として過ごした最初で最後のクリスマスになった。
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