5-5 リンゴのカード
恋人関係になった翌週に卯月を連れて向こう側の家に行き、これからのことについて家族間での話し合いをした。
拗れるかと思ったが、卯月は思いの外素直に家に戻ることを受け入れた。後でそのことを本人に質問したところ「どうせ高校卒業したら家出るつもりだから、そのときはまたよろしくね、かっこはぁとかっことじ」などと宣っていた。
卯月が冬休みになったら実家に戻るという方向で話が着地し、それまではこの家で暮らすことになった。
冬休みのスタートは十二月二十四日のクリスマスイブで、その日が一緒に過ごす最後の日になる予定だ。
仮にも彼氏なのであれば何かプレゼントを用意すべきかと考え、しかし何にも思い浮かばなかったので直接本人に今何か欲しいものがないかと聞いてみたものの「金」という夢も希望もない返答だったので、クリスマスイブ前日の今も俺は頭を悩ませている。
そうだ、こういうときは卯月の一番の親友であろう優ちゃんに聞いてみようと思い立ったものの、俺は優ちゃんの連絡先を知らないままだった。なので、卯月の友達グループの溜まり場になっている例の喫茶店で時間を潰して待つことにした。
今日は終業式で、卯月たちの高校は午前で終わるはずだ。ここで待っていれば学校帰りに優ちゃんも卯月たちとここに寄るかもしれない。
予想は的中し、昼過ぎにいつもの四人組が店内へと入ってきた。
「あ、ダーリンじゃーん! 何でいるのー!?」
卯月が俺の姿を発見するや否や駆け寄ってきて、いきなり抱きつこうとしてきたので颯爽と椅子から立ち上がって回避する。卯月はそのままの勢いですっ転び、テーブルに顔面を強打していた。
「いってぇぇぇ!? 鼻折れたぁぁぁ! おい、普通避けるか!? 可愛いハニーのハグを!?」
「悪い、ちょっと照れ臭くてな」
「全然悪いとも照れ臭いとも思ってない顔にしか見えないいんですがそれは」
この様子だと、友達グループにはもう俺とのことは話してそうだな。別に構わないが。
「おー、ラブコメだラブコメ」
「ラブの要素あんまり感じないけど」
「これが現代の源氏物語なのね」
藍子がけらけらと笑い、佳織ちゃんが苦笑し、優ちゃんが謎の感想を述べる。……流石にちょっと気まずいというか気恥ずかしいというか、何とも言えない気持ちになる。
「ご婚約おめでとうございます」
優ちゃんの言葉に我が耳を疑い、テメェどんな話してんだという視線を卯月に向けるとぶんぶんと首を横に振った。
「ち、違うって! 流石の私でもそんなこと言わないって!」
「今のは私流の軽いジョークです」
無表情で声のトーンも一定な優ちゃんのジョークは高度すぎる。
「じゃ、あたしらは着替えてくるから、三名様はごゆっくりー」
藍子と佳織ちゃんはこのまま喫茶店での仕事に入るようで、二人はひらひらと手を振りながらカウンターの奥のバックヤードへと姿を消していった。
俺がもともと座っていたのは四人がけのテーブル席だったが、卯月は当然のように俺の隣に陣取り、優ちゃんがその対面へと座る。
「四人でクリスマス会とかやるのか?」
「そういう予定はありませんが」
優ちゃんが何故そんなことを聞くのかと首を傾げる。
「優ちゃんはリア充だし、イコちゃんと佳織さんはバイトだから」
卯月が補足する。おまえも一応はリア充のはずなんだけどな。
「ああ、そうか。優ちゃんは去年、彼氏から何かプレゼント貰ったのか?」
自然な会話を装って、一般的なカップルがクリスマスに何を贈っているのか探りを入れる。
「アクセサリーでしたよ。……ああ」
俺の意図を察したらしい。
「卯月はクリスマスに大輔さんから何が貰えたら嬉しい? 現金以外で」
あからさますぎるが、ナイスアシストだった。ありがとう優ちゃん。しかも卯月の性格を熟知してか現金を封じる好プレーだ。
「ええ? うーん……現金がダメなら課金に使えるリンゴのカードかな。五万円分くらい」
相変わらずだった。どうしておまえはそういう子に育ってしまったんだ……。
「……子供のころ、サンタさんから何か貰ったりはしなかった?」
「うーん……覚えてないし、ここ数年は誕生日もクリスマスも現金支給だったからなぁ……」
「……そう。でも、何か身につけるものが貰えたら、離れていてもその人を身近に感じられて嬉しくない?」
「もらったリンゴカードでガチャして人権キャラを引けたら、私はその人のことを想いながら人権キャラを使い続けるよ?」
優ちゃんはこちらに視線を向けると、小さく首を横に振った。どうやらお手上げらしい。分かった、額は後で考えるとして、もうこいつには大人しく現金かリンゴのカードをプレゼントしよう。頑張ってくれてありがとう優ちゃん。
「卯月はブレないわね」
優ちゃんがため息混じりにぼやく。
「えへ、照れる」
多分だけど褒められてないぞ、おまえ。
それから小一時間ほど三人で談笑し、卯月と二人で帰宅した。
帰りの車中、卯月と明日の予定について話しをした。
「大輔は明日休みなんだよね?」
「ああ」
最後の日になると先月の時点で分かっていたので、あらかじめ休みを取っておいた。いつもはクリスマスだろうが年末年始だろうが構わず働いているので、店の人間からは散々勘繰られたが、親戚の子と遊ぶ予定があると言ってどうにか誤魔化した。嘘ではない。
「明日、どっか行きたいとことかないのか?」
この質問ももう何度かしてるが、卯月の返答はいつも決まっていた。
「んーん、家でまったりしてよーよ。外寒いからだるいし」
「おまえがそれでいいなら、いいけどな」
俺が意図してそうしているところもあるが、恋人同士になってからも俺たちの関係は良くも悪くも変わらなかった。強いて言えば、卯月が甘えてくることが少し増えた気がするくらいだ。
いつも通りに二人で家に帰り、いつも通りに二人で夕食を食べて、いつも通りに二人で狭いベッドで眠りにつく。
そんないつも通りも、明日でひとまず最後になる。
そう考えると、素直に寂しさを覚える自分がいた。
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