5-2 妹に鞭を渡してしばいてもらったら泣かれた件

 母親が来た日から三日後の朝。

 平日だが、俺は仕事が休みだった。そして、卯月の家に行って向こうの家族と話をする約束をした日でもあった。


 卯月にそのことを伝えるか悩んだが、家族の話をしても余計なストレスを与えるだけだろうと考え黙っておくことにした。


 食卓を挟んで向かい側に座る卯月は左手でスマホを操作しながら、右手で箸を口に運んでいた。大変お行儀が悪い。親の顔が見てみたい。まあ、見たこともあるし、今日改めて見に行くわけだが。


「食いながらスマホをイジるな」


「ふぁい」


「食いながら喋るのもやめろ」


「ちっ、ママンみたいなこと言いやがって」


 卯月が悪態をつく。

 どうやらこいつの母親……伊織さんも教育はしようとしていたらしい。


「おまえ昔は素直で可愛かったのにな」


「それは育った環境が悪いんだね、きっと」


「まったくだ。おまえみたいなのを引き取るハメになった俺が可哀想だ」


「でもこの前、私に欲情して朝勃ちしてたじゃん」


 そんなことあったか!? いや、ないはずだ、なかったと思う、多分。

 だが、こいつに欲情するしないは別にしても、朝のそれに関しては自分で制御できるものでもないので百パーセントないと言い切れないのが悲しい。


「生理現象だっっっ!」


 とりあえず大声をあげることで話題を強制終了させた。


「おっと登校の時間だ。じゃあね、今日もせいぜい私を養うために頑張れよ社畜」


 今日は休みだバカ。昨日言っただろうが。


「おまえのために頑張ったことなんかねーよバカ。……気をつけて行ってこい」


 制服姿の卯月の背中を見送る。

 こんな風にあいつを見送ったり、仕事から帰ってきてあいつに出迎えられたり。今となっては当たり前になってるが、あと何回それができるだろうか。


 ……俺も出かける支度をするとしよう。

 と言っても、約束の時間は夕方だ。それまではどこかで時間を潰さなければならない。




◇◆◇




 自分でも何故ここに来たのか分からない。

 伊月さんの墓の前に俺は立っていた。

 気持ちの整理がしたかったのかもしれない。


 伊月さん、卯月は元気だよ。

 あれから色々知ったよ。あなたと叔父さんとのことや、伊織さんとのこと。それから、卯月が本当はあなたの娘ではなかったこと。


「……卯月のこと、本当はどう思ってたんだ?」


 姉が、自分が愛した男との間に残した子供。

 俺の目からは、大切にしているように見えていた。

 けれど、実際はどうだったか分からない。

 今となっては知る術もない。いや、叔父さんから聞けば分かるかもしれないが、知ったところでどうなるわけでもない。


「奇遇だな、あんたも墓参りかい?」


 背後からの声に振り向くと、知った顔だった。

 優ちゃんのお兄さん、新一だった。


「……奇遇すぎるだろ。こんなところで何してるんだ?」


「この季節と時間に肝試しもないだろう。墓参りさ。今日は母親の命日でな」


「……ああ、そうなのか」


 優ちゃんから母親が亡くなった話を聞かされたことを思い出す。


「悩みありありって顔だな」


「この歳になると悩みが尽きなくてな」


 他人に話せるような内容でもないので、適当にはぐらかすことにした。


「……そうか。ま、もしも俺に力になれることがあったら連絡してくれ」


 新一は懐から紙切れを取り出すと俺に手渡し、そのまま去っていった。手元に残された紙を見る。


 ☆ Kamiya Channel ☆

https://m.youtube.com/channel/XX-xxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxx


 チャンネル登録、通知設定、ツイッターフォローよろしくな!


 その場で破り捨てようかと思ったが、ゴミのポイ捨ては良くないと思い止まり、俺は紙切れをそっとポケットにしまった。


 車に戻り、やることもないのでスマホで新一の動画チャンネルを開く。

 チャンネル登録者数が50万を超えていた。


「な、何をやってこんなにチャンネル登録者数を稼いでるんだ……?」


 気になって動画リストを開いてみると、その大半が優ちゃんに関する動画だった。あいつ自分の妹で再生数を稼いでやがる!


 一番再生数の多い『妹に鞭を渡してしばいてもらったら泣かれた件』の動画を開く。流石に妹の身バレには配慮しているようで、優ちゃんの顔はモザイクで隠されていた。


『優……何も聞かずにこれで兄ちゃんをしばいてくれないか?』


『……普通にキモいんだけどいきなり何? ていうか何で撮ってるの?』


『……兄ちゃん実はな、げぼふぁ!?』


 新一が赤いものを口から吐く。新鮮なトマトケチャップですと字幕が入った。新鮮なトマトケチャップって何だ。


『ちょ、え!? だ、大丈夫!?』


 優ちゃんが狼狽える。


『兄ちゃんな、実は定期的に鞭でしばかれないと死ぬ病気なんだ……だから、やってくれるな?』


 どんなアホでも騙されないような超設定が飛び出してきた。


『え、わ、分かった……じゃあ、やる……』


 やるの!? やらせか!?

 その後、新一が延々と優ちゃんに鞭でしばかれる映像が流れ続け、最後に新一がドッキリ大成功の看板を出し、優ちゃんが本気で心配したのにと泣きながらキレて更に新一を鞭でしばき倒して動画は終了した。


 俺は一体……何を見せられたんだ……?

 脳内に宇宙猫の画像が浮かんだ。


 コメント欄を見ると、優ちゃん可愛い、俺も優ちゃんにしばかれたい、優ちゃんポンコツで可愛い、と優ちゃんに関するコメントで溢れかえっていた。


 優ちゃんは聡明な子だと思っていたが、どうやら相当にポンコツな一面もあるらしい。


 にしても、これがウケるのか……現代社会は病んでいるな……。

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