4-6 生理中に冷たいもん食ったら生理痛が悪化すんだろぉ!?

 何から話そうか。ガリ●リ君が大量に置かれたテーブルを挟んで、卯月と対面する。

 心配かけやがって。隠し事をして悪かった。どうして嘘だと気がついた? 誰から聞いた?

 あれこれと頭に浮かぶが、そのどれも言葉にすることができず、お互いに無言のまま時間だけが過ぎていった。


「なんでガリ●リ君なの」


 先に沈黙を破ったのは卯月だった。

 封も開けずに、手元のガリ●リ君を忌々しげに睨みつけている。


「……さあ、なんでだろうな」


 マジで俺にも分からない。

 微妙に肌寒くなってきたこの時期に、何であいつはこんなにも大量のガリ●リ君を買ったんだろう。


「私、生理中。なのに、なんでアイスなの」


 卯月の言葉の意味が分からなかった。

 それは知っていたが、何故唐突にその話が出てくる?

 ていうか、そもそも皐月ちゃんからそのことを聞いてなかったら生理のことなんて知らなかった。まあ、わざわざ言うようなことでもない気がするが。


「……なんかマズいのか?」


「生理中に冷たいもん食ったら生理痛が悪化すんだろぉ!?」


 卯月がキレた。

 し、し、知らねぇー! 知らねぇっていうか、それはマジで知らなかった。そういうものなのか。


「お、落ち着け、まず俺はおまえが、その、生理だということを知らなかった」


 本当は知ってたが。

 またこいつに嘘をついてしまったと、罪悪感が胸をかすめた。


「……これを見ろ、うそつき野郎」


 卯月が自分のスマホの画面を俺の眼前に突きつけてくる。皐月ちゃんとのラインのやり取りだった。皐月ちゃんが俺に卯月の生理周期を教えておいたという内容だった。


 正気か、あの妹。

 わざわざ卯月にそれを報告する意味が分からない。誰か助けてくれマジで。


「……ごめん、嘘をついて、悪かった」


 誤魔化しようもない。素直に謝罪した。


「……それは、何について謝ってるの」


「おまえに嘘をついたことに……だけど」


「どの嘘かって話だよ!」


 目に涙を溜めた卯月が声を荒げる。


「……両方だよ。母親の件についてもだ」


「あのとき、嘘だったら許さないって言ったよね。許されなくてもいいってことだよね」


「それは……」


 流石にこの流れでおまえのことを思っての嘘だっただなんて言えなかった。


 俺がまた何も言えずにいると、卯月はおもむろにガリ●リ君の封を開けてかぶりつき始めた。


 こ、この場面でいきなり食うのか。

 生理痛が悪化するとか言ってなかったか?


「……おまえは、誰からどこまで話を聞いた?」


 意を決して話を切り出す。


「お父さんから、全部」


 あんのクソ親父。

 ……それよりも、全部ってどこまでだ?


「……本当のお母さんのことも、聞いた」


「…………」


「ねぇ、私って何なの? 誰からも望まれてなかったんだね? 生まれてきたことも、生きてることも、誰からも望まれてないじゃん。なのに何で生きてるの?」


「……そんなことない。友達がいるだろ、今のおまえには。皐月ちゃんだって」


「……そうだったね、はは、ごめん、いつものノリでヘラっちゃった……でも、でもさ、今はさ……」


 涙が卯月の頬を伝う。


「俺がいるだろって、大輔に言ってほしかった」


「…………」


 俺とおまえは、そんなことを言えるほどの関係性を築けているか?

 今だって、こうやって泣かせてしまっているのに。

 同居人が俺じゃない方が、卯月だって、きっともっと幸せだったろ。


 卯月は、あんたに自分を見つけてほしいと思ってる。

 何故だか今、新一のその言葉を思い出した。


 俺は、どうなんだろう。こいつのことを、どうしたいと思っているんだろう。

 目の前で卯月が泣いている。なのに今、何もしないでいる。それでいいのか。


 いいはずがない。一緒にいるのが俺じゃない方が良かったとか、そんなことはどうでもいい。今俺がこいつのことを大切だと思っていて、どうにかしてやりたいんだ。


「……俺がいるだろなんて、そんな大それたことは言えないけどさ」


 一度立ち上がり、卯月の隣に座り直す。


「俺はおまえのことが、大切だ」


 卯月に自分の意思で直接大切だと伝えたのは、これが初めてだったと思う。


「……うそつきだから、信じられない」


「もうおまえに嘘も隠し事もしない」


「マジ? じゃあ週に何回オナニーするのとか聞いても教えてくれるの?」


「おまえのこと大切に思うのやめよっかなって、今めちゃくちゃ後悔してる」


「わー! うそうそ! そんなこと聞かないから! たんま! 今のなし!」


 卯月が慌てふためく。ようやくいつもの調子に戻ってきた。


 こいつは泣いてるよりは、こういう顔してるときの方がいい。


「えっ……」


 卯月が戸惑いと驚きの入り混じった声を漏らす。

 俺も自分で自分の行動に驚いていた。

 無意識に、卯月の体を抱きしめていた。


「なっ、なな、い、いきなり何ですかっ!?」


 テンパっているのか、卯月は出会った当初と同じような口調になっていた。


「……自分でも分からん」


「せ、性欲を持て余してるんですか!? 股間のレッドスネークがカモンしてるんですか!?」


 こいつは動揺するとマジで言ってることの意味が分からなくなるな。

 俺も今自分でやってることの意味が分からなくなってるから、似たもの同士なのかもしれない。


「そういうんじゃない。……ただ、その、気がついたらこうなってた。嫌ならやめる」


「い、嫌じゃない……けど……照れる……」


「……それは俺もだ」


「……お兄さん、今なら流れでこの美少女にちゅーくらいはできまっせ」


「それはしない。ぶん殴るぞ」


「え、しないのぉ!? これちゅーくらいはする流れじゃない!?」


「おまえのことを大切だって言ったのは、その、あれだ、妹的な意味でというか、そういうやつだ」


「あ、そ……いや、いいけどさ……それでも、こうしてくれてるのは嬉しいし……」


 それから卯月が腹痛を訴えてトイレに駆け込むまでの数分間、俺は卯月を抱きしめ続けた。

 この日から少しだけ二人の距離感というか、関係性が変わっていった気がする。

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