4-5 ガ●ガリ君が当たりすぎて困っちゃったからお裾分け作戦

 優ちゃんの家の前に車を停め、気は引けたが意を決して呼び鈴を鳴らした。


 程なくしてドアが開く。出てきたのは優ちゃんではなく、若い男だった。そういえば優ちゃんには兄がいると言っていた。彼がそうなのだろう。


「うちにはテレビはないし新聞にも宗教にも関心はないんだ、すまないが帰ってくれないか」


 男がやれやれとため息をついてドアを閉めようとするので、慌てて止めた。


「いやN●Kでも新聞の勧誘でも宗教の勧誘でもないですから! 夜分遅くに申し訳ありません、ええと、私は優さんの友人の卯月の保護者でして……」


「……出るぞ。優に聞かれるとまずい」


「え、あ、はい」


「優! 兄ちゃん、ガ●ガリ君が当たったから交換してくるからなー! 良い子で待ってろよー!」


 男は家の中にいるであろう優ちゃんに向けて大声でそう言うと、すぐに玄関のドアを閉めて俺の車の助手席へと勝手に乗り込んだ。行動が早い、早すぎる。


 それを追うように俺も自分の車へと乗り込んだ。


「……ええと」


「とりあえず出してくれ。優に見られたくない」


「あ、ええ、分かりました」


 男に言われるがままに車を出す。


「卯月はうちには来ていない」


 先ほどのやり取りだけで、俺が卯月を探しに来たことを察してくれたらしい。


「……そう、ですか」


「ちなみにガリ●リ君が当たったのはマジだ」


 それはどうでもいい。


「ええと、優ちゃんのお兄さん、ですか?」


「ああ。神谷新一だ。あんたは?」


「甲賀大輔です。一応、卯月の保護者です」


「そのへんの話は優からそれとなく聞いている。……卯月がいなくなったか?」


「……はい」


 察しが良すぎる。さすが優ちゃんのお兄さんとでも言うべきか。


「すまないな。そのことを優が知ったらきっと動揺する。このことは、あいつには黙っててやってくれないか」


「……分かりました。こんな遅くに突然訪ねてしまい、申し訳ありませんでした」


「いいさ。あんたもそれだけ必死だったんだろ。あと、敬語じゃなくてもいいからな。見たところ俺の方が年下だろう」


 逆に何でこの人は初対面の年上相手にこんな堂々としていられるのだろう。


「さて、卯月の行きそうな場所に心当たりは?」


「……分からない。友達のところかなと思ってここに来たけど、当てが外れた」


「じゃあ後は藍子と佳織のところか……あいつらにも心配はかけたくないな……俺がそれとなく探ってこよう」


「どうやって?」


「秘策がある。コンビニに寄ってくれ」


 そう言って新一は不敵に笑った。




◇◆◇




 コンビニから出てレジ袋を片手に新一が車に戻ってくる。見ると、袋はパンパンだった。


「何をそんなに買ってきたんだ?」


「ガ●ガリ君さ。とりあえず全部買い占めてきた」


「何でだよ!」


「藍子と佳織の家を自然に訪ねるためさ」


「そ、それとガリ●リ君にどういう関係が?」


「ふっ……名付けてガ●ガリ君が当たりすぎて困っちゃったからお裾分け作戦だ! どうだ、これなら突然訪ねてきても不自然じゃないだろう?」


 こいつ大丈夫かな。主に頭とか。


「おっと大輔さん、早く車を出してくれ。もたもたしてるとガリ●リ君が溶けちまう」


「あ、ああ、分かった」


 だけど、こんな急に訪ねてきた俺にこんな協力をしてくれるのだから、いい奴なのは疑いようもなかった。


 その後、残り二人の卯月の友達の家を新一に探ってもらったが、卯月はどちらにも来ていないようだった。


「さて、どうしたもんかな」


 新一が助手席でガ●ガリ君を頬張る。


「クソ、あいつ……どこ行ったんだよ……」


「……経緯を聞かせてくれないか。どうして卯月は家を出た?」


「……俺があいつについた嘘がバレた。それできっと、俺のことを信じられなくなったんだと思う」


「嘘、か。……そうか、だが、それは卯月を守るための嘘だったんだろう?」


「……どうして」


 今の言葉だけで、どうしてそんなことが分かる?


「あんた、いい奴そうだからな。それくらい分かるさ」


「俺がいい奴……? だったら、こんなことになってない……」


「卯月は家を出る前に、何か残して行かなかったか?」


「……うそつきってだけ書いた、書き置きだけ」


「そうか。それなら大丈夫だろう」


 無神経にも聞こえるその物言いに腹が立った。


「……どうしてそんなことが言える」


「卯月は、あんたに自分を見つけて欲しいと思ってる。そうじゃなけりゃ、わざわざそんな書き置きを残したりはせずに黙って消えるだろう」


 そういうものだろうか。

 分からない、単に消える前に恨み言を言いたかっただけかもしれないじゃないか。


「自分を探して欲しい人間は、そう遠くには行かない。一度あんたの家に戻ろうか。何か手がかりが残されているかもしれない」


 藁にもすがりたい気持ちのせいか、新一の言葉に奇妙な説得力を感じた。




◇◆◇




 俺の部屋に入るなり、新一が辺りを見回す。


「ちょっと色々見てみてもいいか」


「あ、ああ」


 新一がクローゼットを開ける。


「学校の制服は掛けたままだな。それと……何だろうな、これは」


 何かを見つけたらしい。新一の背中越しに覗き込むと、玄関には無かったあいつの外履きが置かれていた。


 思考を整理する。

 外履きがここにある。つまり、あいつは外には出ていない?


「あ、あいつ……!」


 まんまとハメられた。


「灯台下暗しってやつだな。……じゃあ、あとは二人でじっくり話すといいさ。ガ●ガリ君は置いていくぜ」


「……ああ、本当に、なんて礼を言えばいいか」


「俺は大したことはしてないさ。卯月を見つけることができたのは……そう、あんたの愛ってやつさ」


 新一は謎のクサい台詞を吐きながら、まだ大量に残るガリ●リ君が入った袋をテーブルの上に置きニヒルに笑った。それから俺に背を向け、そのまま振り返らずに手をひらひらと振りながら部屋を出て行く。


 間違いなくアホなのに間違いなく格好いい。何だったんだ、あの男は……。


「……で、おまえはいつまで隠れてんだ」


 この狭い部屋で隠れられる場所といったら、あとはもう風呂場かベッドの下しかない。ベッドの下を覗き込むと、涙目の卯月と目が合った。目が合ったというか、思いっきり睨まれている。……気まずい、気まずすぎる。


「……ガリ●リ君、食うか?」


「……食う」

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