4-4 うそつき
「遅い」
部屋に入るなり、不機嫌そうな声に出迎えられる。
卯月はベッドに寝転んだままでこちらをジト目で睨みつけていた。
「悪い。もう飯食ったか?」
「腹痛くて動くのだるいから何も食ってないよ」
そうか、そういやその週だった。
「じゃあ何か買ってきてやる。何がいい?」
「んー、何か軽めのものがいいかな」
「おネエ、これお土産だよ」
皐月ちゃんが寝転んだままの卯月の眼前にお土産を置く。
「うんこじゃねぇーか!? 水族館のお土産がうんこって何!?」
大喜びの卯月の声を背に俺は買い出しに出た。
「おい、これ選んだ奴! 頭おかしいって! おまえのことだよ! 何そそくさと出ていこうとしてんだよ!?」
喜んでくれたようで何よりだ。
◇◆◇
コンビニで卯月が食えそうなものを適当に選んで部屋に戻ると、卯月は皐月ちゃんのお土産のホッケTシャツに着替えていた。
「ホッケ、似合ってるな」
「でしょ」
クソTが似合うぞという俺の皮肉に気づいてか気づかないでか、卯月は満足そうだった。
「コンビニでレンチンするだけのホッケの塩焼きを買ってきてやったぞ。水族館でホッケを見てたら美味そうだなって思ってさ」
「……水族館で魚を見ての感想がそれはヤバすぎでしょ」
卯月がドン引きした目で俺を見てくる。
え、やっぱりそれってヤバいのか?
「そうなんだよ、おネエ。お兄さん、何を見ても美味そうとか食えるのかなとかしか言わないんだよ?」
「うわー、引くわー」
「うるせぇ。おまえだって実物見たら、絶対そう言うからな」
「言わないよ。それより、さっさとレンチンしてよ」
クソ、こいつなら絶対言うのに。
「それくらい自分でやれ。俺はこれから皐月ちゃんを家まで送らないとなんだよ」
「……お兄さん、皐月、今夜は帰りたくないです。お兄さんとの熱いデートが忘れられなくって」
皐月ちゃんがもじもじと恥じらいながら思わせぶりなことを言い出す。
「皐月ちゃんは卯月と一緒にいたいだけだろ。俺が伊織さんに怒られるからダメ」
「……やっぱバレました? 残念です」
てへぺろする皐月ちゃんの隣で、卯月が眉間にしわを寄せてこちらを睨んでいることに気がついた。
「……どうした」
「……
卯月の怪訝そうな声と表情に、しまったと焦る。それを表に出さないよう努めた。
「何かおかしかったか?」
「大輔、今までうちのママンのことを名前で呼んだことなかったでしょ。どこで誰から名前を聞いたの?」
「……仮にもおまえを預かっている身だからな。伊織さんと話をすることくらいある」
「はぐらかさないでよ。どこで、誰から聞いたかって質問してるんだけど」
やはり卯月は伊織さんを憎んでいるようで、それは今までに聞いたことのない怒気を帯びた声だった。
……それ自体は、隠すようなことでもないか。下手に嘘をついて、ボロを出す方がまずい。
「伊月さんの墓参りに行った日に、ばったり伊織さんに会ってな。そのときに聞いた」
「……は? お母さんのお墓で、何であの女と会うの?」
速攻でボロが出た。
卯月の怒りに気圧されて、判断を誤った。
伊織さんと伊月さんが姉妹であることは、卯月も皐月ちゃんもまだ知らないことだ。まだ知っちゃいけないことだと思う。少なくとも今はまだ時期ではない。
あの出生の真実は、子供が受け止めるには重すぎる。
「たまたま別の人の墓参りに来てたんだよ。墓地には伊月さんの墓だけあるわけじゃないだろ」
「……本当?」
「ああ」
「嘘だったら許さないから」
「……何で、そんなことで嘘をつく必要があるんだよ」
「そりゃそうだよねー」
刺すような目つきから一転して、卯月の表情が和らいだ。
罪悪感で胸が痛んだ。
でも、これでいい。この選択が正解のはずだ。
そう思って、いや、そう思い込んで罪悪感を紛らわそうとしていただけなのだ、俺は。
◇◆◇
次の日、仕事を終えて帰宅すると、部屋に卯月はいなかった。
テーブルの上にたった四文字の書き置きを残してあいつは消えた。
『うそつき』
血の気が引いた。
バレた。どうして?
いや、そんなことよりどうすればいい?
もう夜九時を過ぎている。
あいつはどこに行った?
実家……は絶対にないだろう。
こんなときにあいつが頼るとしたら優ちゃんか?
……ダメだ、連絡先を知らない。優ちゃんを送ったことはあるから家は知っているが、こんな時間にいきなり訪ねるのはあまりにも常識が……いや、そんなことを言ってる場合か。
部屋を飛び出しながらダメ元でと卯月に電話をかけるが、当然繋がらなかった。電源が切れているか電波の届かないところにいると、お決まりのガイダンスだけが流れた。
あいつは優ちゃんの家にいる。きっとそうだ。会ったらとりあえず卯月にも優ちゃんにも謝って、それから、それから……それから、どうする? いや、それからのことは、そのときに考えればいい。
まずはあいつを見つけないと。話はそれからだ。
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