4-2 じゃあ俺はこのうんこにする

 二人で水族館を見て回る。

 横長の大きな水槽を泳ぐ魚群を見て皐月ちゃんが目を輝かせる。


「お兄さん、あの魚が何か知ってますか?」


「いや、知らないな」


「サバです!」


「魚、詳しいのか?」


「いえ、でもこの日のために予習してきたんです! どこにどんな魚が展示されてるのかって!」


「へぇ。魚が好きなのか?」


「皐月はお肉の方が好きですね」


 そういう意味で聞いたわけじゃない。


「あ、ほら見て見て! ウミガメ!」


 無邪気にはしゃいでいる。

 こんなに喜んでくれるなら、遠出をした甲斐もあったというものだ。


 ここに卯月がいたら、どんな反応をするだろうか。

 食えない魚を見て何が楽しいんだよとか言って容赦なく水を差しそうだ。

 そういう意味では、今日あいつが来れなくて良かったのかもしれない。


「お兄さんお兄さん、タコですよ!」


「ああ、美味そうだな」


「お兄さんお兄さん、ホッケ!」


「こっちも美味そうだな」


「お兄さんお兄さん、チンアナゴですよ!」


「これは食えるのかな」


「……お兄さん、モテないでしょ」


 唐突に猛烈にディスられたが、否定できないのが悲しいところだ。


「……どうしてそう思う?」


「返しが絶望的に下手くそだからですよ! 自覚なかったんですか!?」


「……え、俺の返し、そんな絶望的に下手くそだったか?」


「なんか、おネエと話してる気分になりました」


「おい、それはちょっと聞き捨てならないぞ。俺はあいつほどヤバい人間じゃない」


「あっ……自覚、ないんですね」


 可哀想なものを見る目で見られた。

 マジか。そんなバカな。俺は自分のことを良識のある一般人だと思っていたが、実はヤバい部類の人だったのか……?


「お兄さん、いつか好きな子とデートすることになったときにそんなんじゃ愛想尽かされますよ」


「別にその予定はないから構わないけどな」


「いつかはあるかもしれないじゃないですか! じゃあじゃあ、皐月のことを彼女だと思ってエスコートしてみてくださいよ!」


「どうして」


「練習ですよ!」


「何のために」


「いつか彼女ができたときのためです!」


「別に彼女が欲しいとは思ってないんだけど」


「えっ……あっ……もしかして彼氏の方が欲しいんですか? お兄さん、バイですもんね」


「何でそうなるんだよ!」


「初対面のときにそう聞いてましたし」


 しまった、誤解を解くのが面倒だからその疑惑をそのままにしておいたのを忘れていた。


「皐月はそういうのに偏見ないから安心してください」


 いつだかと同じことを言って皐月ちゃんは微笑んだ。

 この子に誤解されたままでも特に問題はないだろうし、引き続きスルーしておくことにする。


「それよりもお兄さん、あっちでイルカショーがあるんですよ! 見に行きましょう!」


 皐月ちゃんが俺の手を引いて進んでいく。

 傍から見たら、仲の良い兄妹のように見えてるんだろうか。




◇◆◇




 一通り見るものを見終えて、そろそろ帰ろうかと話をしていると、皐月ちゃんが何かを思い出したかのように手を叩いた。


「おネエにお土産買って帰りましょうよ!」


「ああ、そうするか」


 入口横のショップへと移動する。

 ペンギンやらイルカやら可愛いぬいぐるみの群れの中に、そいつはいた。

 某国民的RPGのスライムのようなフォルムをしている茶色いぬいぐるみに、栗じゃないよと吹き出しのポップが添えられている。確かに栗には見えない。これはどう見てもうんこだ。


「お兄さん、どっちがおネエの喜ぶプレゼントを選べるか勝負しませんか?」


「じゃあ俺はこのうんこにする」


「決断はやっ!? てか、それうんこじゃないですから!? フウセンウオって書いてるじゃないですか!」


「うんこじゃなかったのか……」


「いや、本当にうんこだと思って選んだんなら、そっちの方が問題ですけど……女の子へのプレゼントにうんこを選ぶってヤバすぎでしょ……」


 キ●ガイを見る目で見られた。

 そんな目で見られても、キチ●イのような女へのプレゼントを選んでいるのだから、仕方ないじゃないか。うんこのぬいぐるみとか絶対あいつ喜ぶし。


「本当にそれでいいんですか!? ほら、このタコのぬいぐるみとか可愛くないですか!?」


「そうだな。でも俺はこのうんこを選ぶ」


「だからそれうんこじゃないし!? いい加減お店の人に怒られますよ!?」


 即決した俺とは対照的に、皐月ちゃんはじっくりとお土産を吟味していた。


 無駄な足掻きを。うんこ以上にあいつを喜ばせるお土産など存在するはずもないのに。


「確かに……おネエはこういう可愛いものにあまり興味がないです……。ぬいぐるみの中では、そのフウセンウオがおネエの感性に一番ヒットするのは間違いないです」


「ああ」


「だけど、おネエはそもそもぬいぐるみに興味がないから……皐月が選ぶのはこれ!」


 皐月ちゃんが天高く掲げたのは、胸元にホッケのイラストがプリントされているTシャツだった。背面には調理されたホッケの開きまで描かれている。


 俺が言うのも何だが、女子高生から女子高生へとプレゼントするチョイスではないと思う。


 ぬいぐるみにばかり目が行ってしまっていたが、確かにそのアホみたいなTシャツもあのアホが喜びそうである。


「なかなかやるな……皐月ちゃん……」


「おネエのことなら、皐月の方が理解してるんですから」


 フンと鼻を鳴らして、既に勝ったかのような表情になる。


「あいつへのお土産はこんなもんでいいか……あとはどうする?」


「あと?」


「皐月ちゃんは何か欲しいのないのか?」


「あ、や、でも、皐月、おネエのプレゼント買うと、もうお金ないから……」


「いや、卯月のプレゼント代も俺が出すけど」


「それは嫌ですー! おネエへのプレゼントは自分のお金で買いたいですもん!」


 そういうもんか。


「じゃあ皐月ちゃんへのプレゼント代は俺が出すから選びなよ」


「い、いいんですか!?」


「ああ」


「じゃあ、このタコのぬいぐるみが欲しいです!」


 お目目キラキラだった。

 うんこや変なTシャツで喜ぶ(だろうと思われる)卯月とは違い、女の子らしい趣味を持っているらしい。


「ありがとうございます! 大切にしますね!」


 皐月ちゃんが幸せそうにタコを抱きしめる。

 千円もしないぬいぐるみでそんなに喜ばれると、何だか逆に申し訳ない気持ちになってくるのは何故だろうか。

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