3-4 とある休日の過ごし方

 休日の昼間、俺は暇だった。

 仕事柄、平日が休みなので今は卯月も学校に行っていて不在だ。静かで大変よろしい。よろしいのだが、退屈でもある。


「…………」


 寝転がりながら、ぼんやりとテレビを眺める。

 ただ眺めているだけなので、内容は頭に入ってこない。

 何の生産性もない無駄な時間だった。

 ただ、この無駄な時間こそが日々の疲れを癒してくれるのだ。


 俺には趣味と呼べるものがない。学生時代にはテレビゲームなどもそれなりに嗜んだものだが、社会人になってからはさっぱりだ。

 だから休日はこうやって何もしないか、家でもできる事務仕事をしていることが多い。

 今はやれる仕事もないので、ぐうたらしている。


 とはいえ、暇だ。何かやることが欲しい。

 以前はそんな風に考えなかったが、卯月と過ごす日々が賑やかすぎるからだろうか、俺の内面にも少し変化が起きているのかもしれない。


「……気晴らしに散歩でもするか。ああ、それにスーツもクリーニングに出さないと」


 わざわざ声に出して、これからやることを明確化する。

 そうでもしないとずっとベッドから動けそうになかったからだ。




◇◆◇




 クリーニング屋にスーツを出して、当てもなくのんびりと町を歩いた。この町に来てもうすぐ一年が経つが、散歩なんてしたのは初めてだ。


 こんなところに公園があったのかとか、やってるか分からないような飯屋を見つけたりと、色々と発見があるものだった。


「……そうだ、あそこに行かないと」


 ふと、この町に来てから伊月さんの墓参りをしていないことに気がついた。

 だが、どこに伊月さんのお墓があるのかを俺は知らない。ネットで検索するが、この町の墓地は三つ出てきた。


 母親にその件でメッセージを送ると、すぐに返信があった。レスポンスが早くて助かる。流石はスマホ依存症。


 ここから七キロほど離れていて少し距離があったが、日頃の運動不足解消には丁度いいと考え徒歩で向かうことにした。




◇◆◇




 七キロという距離を、あるいは自分の運動不足を俺は甘く見ていた。墓地にたどり着くころにはもうヘトヘトだった。


 ふらふらとした足取りでなか家の墓を探す。

 叔父さんの名字はなかで、俺は卯月の名前を知ったときに将来「なか卯」と呼ばれてイジメられるんじゃないかと危惧したものだった。それを聞いた伊月さんは「名付け親にセンスがなかったのねー」などと言って笑っていた。名付け親はあんたじゃないのかと突っ込んだことを覚えている。


 盆もとっくに過ぎた時期、誰もいないだろうと思っていたが前方から歩いてくる人影が見えた。その姿に我が目を疑う。あれは卯月の今の母親だ。彼女もこちらに気がついたようで、目を丸くしていた。おそらく俺も同じ顔をしていただろう。


「あら、こんなところで……奇遇ですね。お墓参り?」


「はい。……その、ええ、昔世話になった人がいて」


 叔父さんの前妻である伊月さんの名前を出していいものかと判断に迷い、ぼかすような言い方になってしまった。


「伊月でしょう? お墓の場所は分かる?」


「……あ、はい、いえ、分からず探していました」


 彼女の口からその名前が出るとは思わず、一瞬固まってしまった。


「あなたが伊月と仲が良かったのは、夫から聞いているわ」


「……そうでしたか」


 自分の旦那の前妻を、よく知った風に名前で呼ぶのってどういう関係だ? もともと友達だったとか、だろうか。


 案内されて辿り着いたなか家の墓には、まだ目新しい花が供えられていた。おそらく案内してくれた彼女によるものだろう。


 疑問は尽きないが、墓の前で手を合わせて、胸中で伊月さんに最近の出来事を報告する。


 伊月さん。卯月はちょっとアホだけど、元気に育っていますし、いい友達にも恵まれています。家では色々あったみたいだけど、あいつが高校を卒業するまでは俺が守るから安心してください。


 それから、それから――――。


 今まで、あなたのことを忘れて生きてきて、すみませんでした。

 あのとき、あなたのことを守れず、すみませんでした。


 本当なら、あのときに俺が死ねばよかった。

 だけど、今更それを言っても、どうしようもないから。


 あなたの分まで、あなたの娘を守っていきます。



 伊月さんへの報告を終えて立ち上がる。

 卯月の母親は俺を待っていてくれたらしい。


「大輔さん、今日は仕事はお休みかしら?」


「……ええ、仕事柄平日が休みなので」


「そう。じゃあ、これからうちに来てお茶でもいかが? 色々聞きたいこともあるでしょう?」


「……聞いてもいいのなら」


「良くなかったら、お誘いしません。……私も、誰かに聞いてほしいしね。ここには車で来た? 家の場所は分かるわよね?」


「あ、いや、ここまでは徒歩で来ました」


「……なかなかガッツがあるわね。じゃあ、乗ってくといいわ」


「ありがとうございます。……ええと」


 彼女の名前を呼ぼうとして、自分がそれを知らないことに気がついた。


「すみません、お名前を伺ってもよろしいでしょうか?」


「伊織よ。そんな畏まらなくてもいいわよ」


 笑う彼女に、伊月さんの面影を見た。

 ……どことなく似ている気がする。何となく、彼女と伊月さんの関係性が見えた気がした。

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