2-5 ちんちんちんちんうんちちんちん

 喫茶店から家へと帰る道中、卯月が今度は一人でカレーを作りたいと言うのでスーパーへ寄って食材を買い足した。


 二日連続でカレーかよとも思ったが、それで卯月の料理スキルが向上するなら俺にとっても喜ばしいので良しとした。


 卯月が包丁でじゃがいもの皮を剥いているが、手つきが見るからに危なっかしい。百均に寄ってピーラーも買うべきだった。


「手、切るなよ」


「切ったら舐めてね」


 卯月がペロッと舌を出す。


「切るなっつってんだよ」


 あまり話しかけて邪魔するのも悪いと思い、俺は洗濯をすることにした。今朝するつもりでいたが、一連のごたごたですっかり忘れてしまっていた。

 今後は洗濯物も二人分になるわけで、以前よりもこまめに洗濯をしないと家の小さい洗濯機ではすぐにいっぱいになってしまう。


 洗濯機を回して、それからすぐに手持ちぶさたになる。


「何か手伝うか?」


「私が一人でやるって言ったじゃん。暇ならトイレでエロ動画でも見ながら待っててよ」


 何故俺の暇つぶしをエロ動画に限定するんだ……。こいつもしや、普段からそういうのばっかり見てるのか? 未成年なのにスマホにフィルタリング付いてなかったのか? 今度持たせるときはガチガチにフィルタリングを付けてやろう。

 ああ、そうだ、こいつのスマホを買う件で叔父さんに連絡しておかないとな。

 叔父さんの携帯番号宛てに当日必要な持参物と、日程の確認のメッセージを送る。


 叔父さんは仕事中なのか返信はなく、またすぐに暇になってしまう。テーブルに肘をつき、ぼんやりと卯月が料理をしている後ろ姿を眺めた。


 結婚したら、こういう風景が日常の一部になるんだろうか。


 無意識にそんなことを考えていた自分に気がつき、顔が熱くなるのを感じた。

 今のは卯月と結婚したらとかそういうアレじゃなくて、もしも仮に万が一、どこかの誰かと結婚したらという仮定の話だ。


 そもそも従姉妹だぞ。

 従姉妹と結婚なんて法的にできないはずだ。多分。……できないよな?


 いまいち確信が持てなかったためスマホで検索をしようかと思ったが、そもそもそれを調べようとすること自体があいつとの結婚を少なからず意識してるようで、我ながら気持ち悪すぎたのでやめることにした。


 従姉妹との結婚は不可。色々な意味で不可。

 以上、この話はおしまいとする。


 そんなくだらないことを考えているうちにカレーは完成し、洗濯も終わった。


 折り畳みの洗濯物干しを窓際に展開し、洗濯物を洗濯機から洗濯カゴに移動していると、掴んだものの中に見慣れない小さい布があった。ハンカチか何かかと思いくしゃくしゃになってた布を開く。卯月のパンツだった。


「って、オイイイイイ!?」


 卯月が慌てた様子で俺からパンツをひったくる。


「何まじまじと人のパンツ見てんの!? 変態!? おまえ変態か!?」


「あ、あー……悪い、まさかそんなもん入ってると思わなくって……」


「入ってるに決まってんだろ!? 私がここに来てからずっとノーパンで過ごしてたとでも!?」


 これは俺に落ち度があるので、何も言い返せない。


「私が干すから! ……待って、干したら私のパンツが衆目に晒される……ってコト!?」


「安心しろ、見るのは俺だけだ」


「それが問題だって言ってるんだけど!?」


「衆目って言うから訂正してやったのに」


「うるせぇー! 日本語のお勉強してる場合か!?」


 たしかに由々しき自体である。

 改めてよく考えてみると、目の前に女の下着がぶら下がっている状態というのは、その、なんていうか目の毒だ。


「でもこればっかりは仕方ないぞ……他に洗濯物を干すスペースがあるわけでもないし……」


「……とにかく、私が干すから。大輔は洗濯物見るの、一生禁止」


「俺もおまえに自分のパンツ干されるの恥ずかしいんだけど」


「乙女の恥じらいの方が優先に決まってんだろ、ああん!?」


 ガンギレされた。男女平等社会の実現はまだまだ遠いようだ。


「……私だって、恥ずかしいっての」


 卯月がぶつくさ言いながら洗濯物を干していく。

 洗濯物を見るのを一緒禁止された俺は背中を向けていた。


「大輔、大輔」


「何だよ」


「男のパンツって何で前に穴開いてんの?」


 めちゃくちゃまじまじと観察されていた!


「……おまえ、それ分かってて聞いてるのか、本当に分かんないのか、どっちだ?」


「あ、分かった! トイレのときにちんちん出す穴か!」


 自己解決していた。

 パンツを見られることは恥ずかしがるくせに、恥じらいもなくちんちんとか言うこいつの感覚が分からなかった。


 それから卯月は「ちんちんちんちんうんちちんちん」と鼻歌を歌いながら洗濯物を干していった。


「その鼻歌やめた方がいいぞ」


「なんで?」


「やばい奴にしか見えないから」


「私、独り言でうんちとかちんちんって言うの癖になってるんだよね……」


 ガチやばい奴だった。

 保護者代わりとして俺が矯正してやらなければ。


「次それ言ったら罰な」


「ば、罰!? 罰ゲームとかじゃなくて罰!? 重くない!?」


「言った回数掛ける千円、来月の小遣いから減らす」


「ま、待って!? たった五回のうんちちんちんで小遣い消滅するじゃん!?」


 こいつの小遣いがいくらなのかは知らなかったが、どうやら五千円だったらしい。


「今二回言ったから、二千円減な」


「お慈悲ぃ! 死ぬ死ぬ! 死んじゃうぅ!」


 卯月が俺の背中に泣きついてきた。


「来月は三千円で頑張れ」


「なんで!? おまえ、うんちって言う女は嫌いなんか!?」


 そんな女を好きな奴はいないと思うが。


「また言ったから来月は二千円な」


「たんま! それずるいって! 回復制度もないとずるい! じゃあ何か良いことしたら小遣い増やしてよ!」


「良いことって何だよ」


「シャッチョサン、キモチイイコトスル?」


「誰だてめぇ。マイナス千円」


「ちょ待てよ! 違うんだって! キモチイイことってあれだよ!? 肩たたきとか!」


 卯月が俺の肩をトントンと叩く。


「良い心がけだな。百円プラスしてやる」


「安くねぇ!? 分かった、それとなくおっぱい当ててあげるから!」


「マイナス五千円」


「私の小遣い逝ったァァァ!?」


 こうして卯月の来月の小遣いは消滅した。というのはあまりに可哀想なので、この罰は明日からのルールとして適用することにした。

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