2-3 二十六歳、女子高生に大人を説かれる
「……私は、卯月のことをあまりよく知りません」
「けど、今何に傷ついてるのかは分かります」
優ちゃんがぽつぽつと話をし始める。
俺は黙ってコーヒーを飲みながら彼女の言葉を聴いていた。
「自分のことを見てほしいと、卯月はそう思っていて……」
それはさっきも聞いた気がする。
「すみません、私はあまり話すのが得意な方ではないので、分かりにくいかもしれませんが……」
「ゆっくりでいいよ。分からなかったらその都度質問するから。敬語もなくていい。余計に話しにくいだろ」
「……分かりました、ありがとうございます」
優ちゃんがコーヒーを一口飲む。
それから思考の整理をしているのか目線を落とし、こめかみを人差し指でとんとんと叩いた。
「結論から話すといい。それからその理由と、他の事例との比較、最後にもう一回結論」
優ちゃんが何から話そうかと悩んでいる様子だったため、つい余計な口出しをしてしまった。
「結論、理由、比較、結論……」
優ちゃんが復唱する。
「……ごめん、これは俺の仕事での話し方だった、参考にしなくていい」
「いえ、参考になりました。……卯月は、自分という人間のことをあなたに見てほしかった」
結論。
「……あまり、愛されずに育ってきたから。自分は誰からも気にかけられずに生きてきたと、そう思っているから。だからこそ、誰かに自分のことを見てほしいっていう気持ちが人一倍強い」
理由。
「だけどあなたは、卯月を卯月としてではなく、伊月さんの子供としてしか見なかった。……比較、ええと、そうですね……」
優ちゃんが口元に指を当てて考え込む。
「……大輔さん、お仕事されてますよね」
「ああ」
「役職は?」
「店長」
最近なったばかりで、名ばかりではあるが。
「店長……それでは、例えば部下の人に……」
「あなたが店長だから、お店で一番偉い人だから慕っていますと言われるのと……大輔さんだから、あなただからこそ人として慕っていますと言われるのだと、どっちが嬉しいですか?」
比較。
前者の例は極端すぎるが、相手に物事を分かりやすく伝えるためには実はこれくらいが丁度いい。頭のいい子だ。
優ちゃんの言いたいこと、卯月が何に傷ついたのかが見えてきた。
「……それだと、後者になるかな」
「お世話になった人の、伊月さんの娘だから卯月が心配なんだって言うのと、卯月が他でもない卯月だから心配なんだって言うのとでは、随分と意味が違う」
「……そうだな」
理屈の上では理解した。
でも感情が追いつかない。卯月が伊月さんの子供だからこそ大切だっていうのは、紛れもない事実だから。
「……伊月さんの子供だからっていう、あなたの気持ちも間違いじゃない」
俺の心を見透かしているような目だった。
……敵に回すと怖いな、この子は。
「あなたにとって卯月とのことはあまりに急で戸惑いや迷いもあると思うし、まだ一緒に過ごしてから日も浅い」
「……ああ」
「でも、今だけは卯月の前では演じてください。卯月が卯月だから大切なんだっていうあなたを。……あの子は気丈に振る舞ってるけど、突然家から追い出されることになって……それで心が平気なわけがありません。……だから、お願いします」
優ちゃんが深々と頭を下げてくる。
ここまで言われ、そこまでされて断れるはずもない。
「……分かった、約束する」
「ありがとうございます」
「今は俺の気持ちよりも、あいつの気持ちの方が大切だもんな……」
「……しんどいですか?」
「ちょっとだけな」
うっかり素直に心情を吐露してしまった。また怒らせるかもと思ったが、予想に反して彼女は笑った。
「けれど、それが大人というものでしょう?」
そう言って微笑む彼女は、俺よりも大人びて見えた。
一体どういう環境で育てばこうなるのか。きっと彼女も彼女で壮絶な人生を歩んできたに違いない。
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