2-2 欲しいもの全部を拾うことはできない

「こりゃまた、変わった組み合わせだね」


 喫茶店に入ると、前回同様に赤髪の女店員に出迎えられた。興味深そうに俺と優ちゃんを見てくる。


「お兄さん、優に手を出すと、後でこいつの彼氏とかお兄ちゃんとかが怖いぞー」


 赤髪が悪戯っぽく笑う。

 そんなつもりは毛頭ない。


藍子あいこ、私がその手の冗談は好かないって知ってるでしょ」


 優ちゃんが不機嫌そうな声で返す。

 赤髪の名前は藍子というらしい。昨日卯月にはイコちゃんと呼ばれていたが、それはあだ名だったようだ。


「おっと、一番怖いのは本人だったね。そんじゃ二名様どうぞお好きなとこへー」


 藍子が踵を返し、ひらひらと軽薄そうに片手を振りながらカウンターへと戻っていった。

 店内には俺たちの他には一組しか客がおらず、先日よりも暇そうだった。


 優ちゃんの後についていき、一番奥の目立たないテーブル席へと移動した。


「さっきの子とは付き合い長いのか?」


「どうでしょう。三年くらいです。それを長いと言っていいのかは、分からないですけど」


「じゃあ卯月ともそれくらいから?」


「卯月とは、まだ一年とちょっとですね」


「へぇ……ちょっと意外だな。もっと付き合いが長いのかと思ってた」


「何故ですか?」


「卯月のことなら何でも知ってる風だったから」


「何でもは知りません」


 そう言う彼女は無表情で、感情が読みにくい。よほどのことがない限り、表情には出さないタイプなのかもしれない。

 卯月とはあらゆる意味で対照的に思えた。

 そんな彼女が、これまで俺に対して明確に感情らしきを示したことが二回あった。卯月のことを頼まれたときと、卯月のことを何故探しに行ってないのかと言われたときだ。


 どちらも卯月のことだった。


「……君は何故、そんなに卯月のことを大事に思ってる?」


 純粋な疑問だった。

 ほんの僅かだが、優ちゃんの眉間にしわが寄ったように見えた。……やべぇ、地雷踏んだかも。


「友達を大事にするのに理由が必要ですか?」


「……卯月よりも付き合いの長い、さっきの赤髪の子よりも大事にしてるようには見える」


「私たちのことを何も知らないあなたに、何が分かるんですか」


 表情は変わらないままだが、声色からは静かな怒気を感じた。

 それはその通りだ。何も知らないくせに踏み込んだことを言いすぎたと反省する。


「……失言だった、申し訳ない」


「……友達に優劣をつける気はありません」


 申し訳ない気持ちになる一方で、理想論だなとも思う。

 人間である以上、そんなことは不可能だ。

 物事には優先順位がある。欲しいもの全部を拾うことはできない。何かを得るために、何かを捨てなければならない。

 ほとんどの人間が仕事などしたくないのに、生活の糧を得るために働くのと同じように。


 不毛な議論だ。

 こんなことを話すためにここに来たわけではない。


「悪かった。本題に入ろう」


「はい」


 タイミング良く、藍子が三人分のコーヒーを持って俺たちの席へとやってくる。


「お待たせしやしたー、こちらマンデリン、キリマンジャロ、ブルーマウンテンになりやーす」


「……まだ注文してないし、何か一個多いんだけど」


「優はマンデリンだろ。お兄さん、キリマンジャロとブルーマウンテンどっちがいい?」


 藍子は俺の言葉を無視してカウンターに三人分のコーヒーを置くと、優ちゃんの隣にどかっと座り、足を組んでくつろぎ始めた。


「えーと、藍子ちゃん?」


「ちゃん付けはガラじゃないな。あたしのことは呼び捨てでいいよ」


 そういう話をしたいわけではない。


「俺たち、これからちょっと真面目な話をするんだけど」


「暇だからあたしも聞くよ」


 暇だからて。仕事中なのでは?

 つくづく自由すぎる店だ。


「仕事に戻って、藍子」


 優ちゃんが藍子を追い払おうとする。


「休憩時間なんだよ。それに卯月のことだろ。あたしも聞く」


 彼女は彼女で、卯月のことを気にかけているようだ。


「卯月の家庭の事情の話もする。だからダメ」


「ふぅん。優、あんたは良くて、あたしはダメ? そこにどんな道理があるわけ?」


 二人の間に火花が散る。

 この二人、実はメチャクチャ仲が悪いのでは?

 見るからに相性の悪そうな二人ではある。


「私は事前に卯月から了承を得てる。それが道理よ」


「あんただけが卯月のことを大事にしてるわけじゃない」


「知っているわ。でも、それとこれとは別。藍子だって自分の知らないところで、勝手に自分の家の事情を話されてたら気分が良くないでしょう?」


「……そりゃそうだ。ちぇ、ガラにもなく熱くなっちまったよ。はい退散退散ー」


 藍子が面白くなさそうに言って、席を立つ。


「……邪魔して悪かったね。何があったかは聞いちゃいないけどさ、あたしの友達のこと頼んだよ、お二人さん」


 去り際、そんな言葉を置いていった。

 ああ見えて意外に素直な子なのかもしれない。


 テーブルには三人分のコーヒーだけが残された。


「あいつ、これ持ってかないのか……」


「二人分、どうぞ」


「……二人分、どうも」


 何故か二人分のコーヒーをいただくハメになってしまった。

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