1-7 人生に彩りをⅡ

 車を出し、最寄りのスーパーへとやってきた。

 いつも大概のものはコンビニで済ませてしまうので、スーパーに来ること自体が久しぶりだった。


「大輔は何の味が好きですか?」


 卯月がジャムの棚を物色しながら聞いてきた。


「特にこれといっては」


「…………」


「…………」


 会話終了。


「俺はいいから、おまえの好きなもん選べよ」


「じゃあ、この棚の端から端まで」


「はっ倒すぞ」


「せっかくだからレインボーにしようかと思いまして」


「せめて消費できる量にしてくれ」


 悩んだ挙句、卯月はオーソドックスないちごジャムを選んだ。


「そうだ、今晩はカレーにしましょう」


 他に必要そうなものがないか店内を回っていると、卯月がジャガイモを手に持ちそんなことを言い出した。


「そうか。レトルトのコーナーはあっちだぞ」


「おい、私が手に持ってる物が見えてねぇのか、この野郎」


 見えていたが、あえて無視しただけだ。


「どうした、そんなものを持って。キャッチボールでもしたいのか?」


「ものすげぇ煽ってきますね、この人……。私が! 作るんですよ! カレーを!」


「今までカレーを作ったことは?」


「初体験です」


 米を研いだこともない女に聞いた俺がバカだった。


「つまり大輔が私の初めての相手になります」


「あえて誤解を招く表現をしようとするな」


「私のカレー処女を捧げます」


 よく分からないことを言いながら買い物カゴにジャガイモを放り込んできた。


「いらねぇ、殴るぞ」


 ジャガイモを棚に戻す。


「何でですか! 料理の練習しないと一生上達しないじゃないですか!」


「だっておまえが作った料理とか食ったら腹壊しそうだし」


「ひどくね!? やだやだカレー作る! 許可しないとこの場で寝転んで駄々こねてやるかんな!」


「他人のフリするから好きにしていいぞ」


「テメェの血は何色だぁ!?」


 まあ、せっかく練習したいって言うなら、やらせてやってもいいか。ジャガイモを再びカゴに戻した。


「大輔、好き、愛してる」


 卯月の愛の告白はスルーして、カレーの具材に必要そうなものをカゴに詰めていった。




◇◆◇




 買い物を終え、帰宅する。

 買ったものを冷蔵庫に入れて、これからどうしようかと考える。

 今日はいつもより早く起きたせいもあり眠い。昼寝でもするかと考えていると、卯月がジーッとこちらを見ていることに気がついた。


「どうした」


「行きたいところがあるんですけど」


 別にわざわざ俺の許可など取らなくてもいいのに、変なところで律儀な奴だった。


「そうか、行ってこい。あまり遅くなるなよ」


「ちょっと遠いので乗せてってください」


 ただ単に足が欲しいだけだったようだ。


「眠い。面倒くせぇ」


「おまえそれでええんか!? こんな美少女が一人で歩いて誘拐されたらどうする!?」


「それは大変だなぁ」


 適当に返事をしながらベッドに寝転んだ。


「リアクションうっす!? 泣くぞ!?」


「どこに行きたいってんだよ」


「……えと、友達のところに。数日前に家を出ることになったって伝えたきりなので、とりあえずの無事を報告しようかと思いまして」


 どうせまた下らないことだろうと思っていたので、予想外の真面目な返答に戸惑った。

 そうか、こいつは今手元にスマホもないわけで、友達と連絡の取りようもないわけだ。


「……そういう大事な用件なら先に言え、俺だって鬼じゃない」


「私が誘拐されたらって話にあのリアクションで返す奴は鬼だと思いますけど」


「じゃあ行くか」


「めっちゃスルーするじゃん。やっぱ鬼じゃん」




◇◆◇




 卯月に案内されて辿り着いた先は喫茶店だった。卯月が言うには、友達の家が経営しているらしい。

 その店の指定らしい狭い駐車場に車を止める。


「迎えにくるのは一時間後くらいでいいか?」


「え? 来ないんですか?」


 俺も来るのがさも当たり前かのように言う。


「おまえの友達に会ってどうしろってんだよ」


「別にどうもしなくてもいいですよ。諸々のお礼にコーヒーくらいおごらせてくださいよ。美味しいんですよ、ここのヒーコーは」


 そういえば今朝、本場のコーヒーをご馳走するとか何とか言ってた気がする。この店のことを言っていたのだろうか。

 コーヒーは普段から好んで飲んでいるし、そこまで言われると興味が湧いてくる。


「……分かった。じゃあ行くか」


「やったぜ」


 入店するとき、卯月は何故か俺の背後に隠れていた。


「何してんだ、おまえ」


「……実は最後に送ったメッセージの内容がアレで、ちょっと気まずいんですよ」


 昼時という時間帯もあるのか、店内はそれなりに賑わっていた。


「いらっしゃっせー、一名様ですか?」


 少し待っていると、気だるそうな赤い髪の女店員が奥からやってきた。接客業でこの髪色が許されるのかと軽く衝撃を受ける。チェーン店ではなく、個人経営の店だからこそだろうか。


「ああ、いや、二名です」


「や、やっほー、イコちゃん」


 俺が返事をすると、卯月がひょっこりと俺の背中から顔を出した。卯月にイコちゃんと呼ばれた赤髪が目を丸くする。


「卯月! あんた家から出たって! なんで!?」


「じ、実は住む家は変わったんだけど、住む町は変わらなかったと言いますか……今はこの人のところにお世話になってるんだよね……」


 卯月がしどろもどろに答える。


「お世話してます。従兄弟です」


 変に関係を勘繰られるのも面倒なので、一応の自己紹介を済ませておく。


「へぇ! お兄さんも大変だね、急にこんなのの面倒見ることになって」


 話の分かる子だった。人は見た目によらないものだ。


「イコちゃん、それひどくね!?」


 卯月が涙目になる。けど、それでもどこか嬉しそうだった。


「まあとりあえず二名様ね。どうぞ」


「あー、いや、俺は別でいい。友達同士で積もる話もあるだろ」


「あら、そうかい? じゃあこちらへどうぞ」


 俺は奥のテーブル席へと案内され、卯月は赤髪と一緒にカウンター席へ向かった。あそこがおそらく常連の席なのだろう。


 空き時間にスマホで仕事関係のメールをチェックしつつ待っていると、先ほどとは別の店員がメニューを持ってきた。卯月と同年代の女の子だった。


「いらっしゃいませ、こちらメニューでございます」


 メニューをテーブルへと置き、一礼する。


「ええと、卯月ちゃんの従兄弟さんと伺っています。秋月佳織あきづきかおりと申します。いつも卯月ちゃんにはお世話になってます」


 礼儀正しい子だった。是非うちの店に欲しい。

 ていうか、この子は卯月のことをお世話してる側だろ。絶対そうだ。


「こちらこそ、卯月がお世話になっています。どうぞ私のことは気になさらず、卯月と話しててください。色々と聞きたいこともあるでしょう」


「はい、ありがとうございます! ご注文がお決まりのころにまたお伺いしますね」


 またペコリと一礼をして、カウンターの方へと戻っていった。いい子だ。卯月と交換してほしい。


 三人が談笑している姿を遠目に見る。

 楽しそうで何よりだ。きっとこれが青春ってやつなんだろうなと、ジジイみたいなことを考える自分にげんなりとした。


 それから俺はマンデリンを注文し、やることもないのでまた仕事関係のメールや周知事項のチェックをしていた。休みでも暇さえあれば仕事のことを考えてしまう。我ながら仕事中毒だと思うし、良くないと頭では理解しつつも他にやりたいことも趣味もないので仕方がない。


 今月は店舗の目標予算の達成が厳しい。注力項目も落としている。また上にどやされるな、面倒くせぇ。


「どうしたんですか、そんなに眉間にシワをよせて」


 片手で頭を抱えていると、卯月が声をかけてきた。


「……何でもない、仕事のことだ」


「あまり抱え込むとハゲますよ」


「うるせぇ」


 顔を上げると隣にはまた知らない顔が並んでいて、いつの間にかもう一人友達が合流していたらしい。小柄で、初見だと小学生と勘違いしてしまいそうな子だった。

 私服だったので、彼女はここの店員ではないようだ。


「優ちゃん、優ちゃん」


 隣にいる子は優ちゃんというらしい。卯月が彼女の名前を二回呼んでいる。ということは、この後ろくでもないことを言う。


「紹介するね。これ私の彼氏」


「従兄弟です」


 にこやかに訂正する。


神谷優かみやゆうです。……従兄弟と先に聞いてましたので、ご心配なく」


 別に何の心配もしていないが、何故かお気遣いを頂いた。


「今晩、お邪魔することになりましたので、ご挨拶をと思いまして」


 優ちゃんがお辞儀をする。

 さて、何やら俺の知らないところで話が進んでいる。


「大輔! これは強力な助っ人ですよ! 優ちゃんが一緒にカレー作ってくれるって!」


「ああ、そうなのか?」


 それは非常に助かる。

 卯月だけだと本当にカレーが完成するのか怪しいと思っていたところだ。

 しかし油断ならない。なんと言っても彼女はこの卯月アホの友達である。助っ人と言いながら料理経験がないということも十分にあり得た。


「……失礼ですが、神谷さんは料理のご経験は?」


 本当に失礼な話だが、返答によっては今日の晩飯をコンビニで買って帰らなければならなくなるので念のための確認をしておく。


「毎日自炊していますので、それなりにはできます」


「……失礼しました。私も料理は不得手なので、ご教授いただけると助かります」


 相手が礼儀正しい子で、頭が半分仕事モードになってたのでついつい敬語を使ってしまったが、それがおかしかったのか彼女はくすりと笑った。


「そんなにかしこまられると困ります」


「……つい癖で。申し訳ない」


 かくして、強力な助っ人を得た俺たちはカレーを作ることになった。


 ちなみに俺にコーヒーをおごると言っていた卯月に持ち合わせがなく、結局は自腹だったが美味かったので良しとする。

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