1-5 人肌恋しいからと言って尻を触ろうとしてくるな

 風呂から出て、部屋着のスウェットに着替えて部屋へと戻る。

 脱いだ衣服を洗濯機へと入れたところで視線を感じた。


「どうした」


「パンツ何色なのかなって」


 変態かこいつは。


「……んなことより、さっさと風呂入ってこい。俺は早く寝たい」


「先に寝ててもいいですよ?」


「お前より先に寝ると何されるか分からんから嫌だ」


 それよりも何よりも、寝る場所をどうするかを考えなければならない。部屋にはソファも何もなく、シングルベッドが一つだけ。硬い床で寝るのは勘弁願いたいが、やはりそうせざるを得ないだろうか。


「じゃあ入ってきますね」


「ああ」


 卯月が着替えを取り出すためにリュックを漁り始めたので、背中を向ける。ドアが閉まる音がして、ややしばらく間を置いてからシャワーの音が聞こえてきた。


 いきなり一緒に住むだなんて、まったくおかしなことになった。ため息を一つ吐いてからベッドに横になった。


 卯月は小柄だし、詰めればまあ二人寝れないこともないだろうと考える。しかしそれは倫理的にいかがなものか。


 五日間の連勤に加えて、卯月とのドタバタで疲労はピークだった。頭が回らない。




◇◆◇




 目が覚めた。


 まず眼前に飛び込んできたのは卯月の顔だった。

 ベッドに両肘を乗せ、両手の上に自分の顎を乗せてこちらを見ていた。俺が寝ている間に着替えも済ませたようで、薄いピンクのパジャマを着ていた。


「おはようございます」


「……俺どれくらい寝てた?」


 寝起きだが、意識はクリアだった。


「ちょうど一時間くらいですね」


「……別に起こしてもよかったぞ。おまえだって寝たいだろ」


「あんまり気持ち良さそうに寝てたので、起こすのはちょっと気が引けました」


 恥ずい。人に寝顔を見られるのなんていつ以来だ。


「……先に寝てて悪かった。おまえももう寝ていいぞ」


 体を起こして、ベッドを空けた。


「あれ? どっか行くんですか?」


「こんな時間にどこ行くってんだよ」


 適当にスペースを確保して、卯月に背を向けて床に寝転がった。


「まさかそこで寝るつもりですか?」


「ああ」


「ダメです。体壊しますよ」


 こんな奴でも、一応は俺の心配をしてくれるらしい。それが少しだけ嬉しく思えた。


「大輔が体壊して働けなくなったら、私が路頭に迷うじゃないですか」


 前言は撤回する。


「じゃあおまえが床で寝るか?」


「女子高生虐待」


 それは字面がやばすぎる。


「じゃあ一緒に寝るしかなくなるぞ」


「ば、ばっちこい」


 意外と抵抗がないらしい。実は男慣れしているのだろうか。あるいは俺の方が意識しすぎてただけか。

 頭を悩ませて損をした。そう考えながら体を起こして卯月の方を見ると、死にそうなくらい赤面していた。


「……やっぱここで寝る」


 もう一度床に寝直した。


「うおぉい! だから体壊すってば! わ、私は気にしないから! 子供のころは一緒に寝たりしたじゃん!?」


「それはおまえが五歳とか四歳のころだろ」


「ほーん、つまり、やはり、私のことを女として意識しちゃってるから、それで一緒には寝られないと?」


 煽ってきた。だが、そんな安い挑発に乗る俺でない。


「タコみたいに赤くなって、意識しまくってんのはおまえの方だろ」


「タ、タコォ!? おい、例えるにしてもタコはないだろ!? もっとこう、ほら、可愛いもんあるじゃん!?」


 こいつ普段は丁寧語で喋るくせに、キレると簡単に素が出てくるな。ちょっと面白い。


「俺はもう寝るから、おまえも早く寝ろ」


「嫌です。居候の身分で家主を床に寝かせるとか、申し訳なさすぎて夜しか眠れません」


「じゃあ今は夜だからそのまま寝ろ」


「違うの! たんま! 今のなし! ネットでよく見るネタ構文がつい口から出ただけだから!」


 何がしたいんだ、こいつは。


「別に一緒に寝るくらい何てことないダルルォ!? やらしいことをするわけでもなし! それとも私にやらしいことをするつもりなんか!?」


 今度はキレてきた。面倒くせぇ。


「俺の方がおまえにやらしいことをされそうだ」


「後学のためにちんちんはちょっと触ってみたいけど」


 何の後学だよ。身の危険を感じるので、やはり別々に寝ることにしよう。


「だ、だから違うんだって! 今のはうっかり思考が漏れただけでやらしい意味はないから! 現役女子高生の九割はやらしい意味なくちんちんを触ってみたいって思ってるから!」


 それが本当だとしたらこの国は終わりである。


「ちなみに残りの一割はやらしい意味でちんちんを触りたいと思ってるから! だから私は清楚な方だから! な!?」


 何のフォローにもなっていなかった。


「ねぇ無視すんのやめよう!? 泣いちゃうぞ!? 女子高生泣いちゃうぞ!? ええんか!? 泣かせてもええんか!?」


 本当に泣かれたらそれはそれで面倒だと思い、再び体を起こした。見ると、卯月は自分の言う通り半泣きになっていた。


 俺はさっき、こんなのを相手にドギマギしてたのか……。自己嫌悪に陥る。


「……分かった。そこまで言うなら一緒に寝るか」


「やったぜ」


 何もやっていない。



 狭いベッドに二人で横になる。多少窮屈ではあるが、どうにかなりそうだ。


「電気消すぞ」


「優しくしてくださいね……初めてなので……」


 卯月が布団の中でもじもじとする。


「蹴落とすぞ」


「ノリ悪いですね」


「おまえのノリが異常なだけだ」


 電気を消して、ベッドの中で卯月に背を向けた。


「照れ屋さんですね」


 違うわバカと言い返すのも面倒なので、放置して眠ることに専念する。


「大輔、大輔」


「……何だよ」


「どうしましょう、目が冴えて眠れそうにありません」


 俺の方はもう眠気が限界だ。


「羊を数えてくれませんか?」


「……面倒くせぇ、嫌だ」


「じゃあ大輔のお尻触ってもいいですか?」


「何がじゃあなのか分からんがダメだ」


「人肌に触れると落ち着くかなって思いまして」


 生で触る気だったのかよ。おそろしい奴だった。


「……せめて尻以外にしてくれ」


「……じゃあ、手」


「……ほら、これでいいか」


 仰向けになおり、片手を卯月の方へと伸ばすと両手で握りしめてきた。


「ありがとうございます。……なんだかんだ優しいですよね、大輔は」


「…………」


「花火も買ってくれましたし」


 もう返事をする気力もなく、意識が落ちていく。

 そういえば誰かの温もりに触れるなんて、いつ以来だったろうか。


「本当は不安でした。家を追い出されて、新しく一緒に住む人が怖い人だったらどうしようって」


 それは、そうだろう。

 ……こいつが多少変なことをしても、保護者代わりとして優しくしてやるべきなのかもしれない。今までたくさん辛いこともあったはずだから。


「……んー、この手を、こう」


 卯月が俺の手を自身の頭へと誘導する。

 サラサラとした髪の手触りを感じた。

 朦朧としながらも、そのまま頭を撫でてやった。そういえば昔も、こいつのことをこうやって寝かしつけてやったことがあったような気がする。


 それで落ち着いたのか、俺が眠るよりも早く卯月は寝息をたて始めた。

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