1-2 冬の花火はエモエモのエモらしい、寒いだけだと思うが
卯月の腹が鳴ったので、晩飯を買うために二人で徒歩五分ほどのコンビニへと向かった。
「大輔、私は別にコンビニじゃなくて、ちょっといい飯屋でも構いませんが?」
「うるせぇ。この田舎で、こんな時間までやってる飯屋があるか」
卯月さんからのありがたいご提案を一蹴した。
「ふぅん、ユーは何しにこのクソ田舎に?」
「ただの転勤だ」
「……何の仕事か聞いても?」
「携帯屋さん」
別に隠すことでもないので素直に情報開示すると、卯月は少しだけ驚いた顔をした。
「マジ? エリートじゃん」
「ただの代理店だ」
「代理店とは?」
「大手携帯会社様からお仕事もらって店を出してる会社。そのへんに建ってる携帯ショップなんて、ほとんど全部代理店だ」
「あー」
「おまえ、興味を失うと途端に雑なリアクションになるのな」
「バレました?」
「一応人を見る仕事だからな」
そんな他愛もない会話をしているうちにコンビニへと辿り着く。
「コンビニで弁当買うのって久しぶりでワクワクします」
「そりゃよかったな」
「はい」
自分で言った通り、卯月はウキウキした様子で弁当が陳列されている棚を物色し始めた。
妹がいたら、こんな感じだったのかもしれないなと思う。
「大輔、花火買っていいですか?」
卯月が牛カルビ弁当を選びレジに並んでいる最中、そんなことを言い出した。
「食うのか?」
「はっ倒すぞ」
この女は言葉遣いの落差がエグすぎる。
「食わないならダメだ。我が家にそんな無駄金を払う余裕はない」
「ねえ、大輔、大輔」
「何だよ」
「無駄なことなんて、この世に一つもないんですよ」
アホ
「お待ちのお客様どうぞー」
店員に呼び出されたので、卯月の背中を押して無理矢理レジ前に立たせる。
「あっ、あっ、花火っ!」
「買いません。お会計お願いします」
「あ、後でパンツあげるから買ってよ!」
瞬間、店内の空気が凍りつくのを感じた。
いきなり何を言い出しやがりますか、こいつは?
周囲の客と店員が、俺のことをまるで犯罪者かのように見ている。気がする。
「ハッハー、卯月ぃ、そういう冗談は時と場所を考えろヨ?」
卯月の頭を真上から鷲掴みにして、ギリギリと握りしめる。
「つっ、潰れるっ……潰れるっ……!」
「あ、あの、お会計をしても?」
男性店員の引きつった笑顔が心に痛い。
「お願いします。……ああ、あと、これも」
レジの正面にぶら下がっていた八百円の花火セットを一つ取り、レジに置いた。
「大輔っ……!」
卯月の瞳がキラキラと輝いた。
その顔を見ると、たかが八百円で同居人のご機嫌が取れるなら安いものかと思えた。
「そんなに私のパンツが欲しかったんですね!」
店員の男が吹き出した。
俺は卯月の後頭部をスパーンと引っ叩いた。
「いってぇぇぇ!? DV反対! DV反対!」
「おまえを叩いた俺の手と心の方が痛い」
「そういう台詞はもっと感情込めて言ってよ!?」
店員は終始笑いをこらえて、ぷるぷると震えながら会計処理をしていた。家から近くて重宝していたのに、もう二度とこのコンビニは使えないだろう。俺は心の中で涙を流した。
◇◆◇
何だかんだで花火を買ってもらって満足したのか、帰り道で卯月は上機嫌だった。
「何で花火が欲しかったんだよ」
「だって今日は記念日ですよ。ちょっと特別な何かが欲しいと思いまして」
「記念日? 何の」
「私と大輔が一緒に住むことになったっていう、記念すべき日です」
「……そんな祝うようなことか?」
ぶっきらぼうに答えながらも、心の中ではほんの少しだけ感動してしまっている自分がいた。不覚にも。ほんの少しだけ。
卯月がそんな風に考えてくれていたなんて、思いもしていなかった。
「ええ、それはもう。そういう設定なんです」
「設定?」
「私個人としては別にクソどうでもいいかなと思ってるんですけど」
俺の感動と八百円を返せ。
「でも、人間誰しも生きていく上で役割を演じていくじゃないですか? 今の私は、しおらしく控えめで愛らしい居候。なら、そういう一面をアピールしておくべきかと思いまして」
「殊勝な心がけだな。今それを言ったことで全部台無しになってるし、おまえはそもそも役割に徹しきれていないが」
「自分、不器用ですから」
卯月がテヘッと舌を出す。
なるほど、こいつはこいつで不器用なりに役割を演じようとしているわけだ。全くできていないが。
大人には大人の、子供には子供の、居候には居候の、各々それを意識するしないは別としても、誰しもが自分の役割をこなして生きているのかもしれない。社会で生きるということは多分そういうことだ。
俺の役割とは何だろう。
給料分の仕事をこなして、給料をもらうだけのしがないサラリーマン。今まではそれだけだった。
今はもう一つ。
保護者と言っていいのかは定かではないが、
「その花火は今日やるのか?」
「んー……感動のフィナーレに、とっておきます」
やっぱり返せよ俺の八百円。
「あ、そ」
卯月は感動のフィナーレとは何なのか聞いて欲しいオーラを全開で放っていたが、それはスルーした。
「物語において読者を感動させるためには、作中人物と読者が思い入れを共有できる特定のアイテムを用意すると良いらしく」
無視していたら何か勝手に喋り始めた。
「私はそれを花火にすることにしました」
「ふーん」
「ちょっとは興味持てよ! 一年半後、私が高校卒業と同時に家を出ていくときにこの花火をシリアスな感じに燃やしてゼッテー泣かしてやっかんな!」
「三月に花火はしたくねぇなぁ……」
「冬の花火、エモエモのエモじゃん」
「そうかぁ……?」
ただ寒いだけだと思うが。
あまりにも価値観が違いすぎて、今後の生活に一抹の不安を覚えた。
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