I'll stay with you. -2

 そんなことを思い出しながら俺はベッドで喋っていた。なんだか、とろとろと言葉が滑り出ちまってな。本当は、今、お前の傍にいて幸せだと告げたかった。何もかも放り出してお前の全てを守っていきたい。

 ベッドに転がって喋っていた俺の横に並んだお前。ビルが死んで取り乱していた時のあの儚い顔が浮かんだ。

――今はお前には俺しかいないんだ

――今は俺にはお前しかいないんだ

――守りたい  守られたい   触れたい  触れられない

 この生活を失くすのが怖くなった。俺の欲のせいでお前がまた何かを失うんじゃないかと怖かった。

 きっとまた、神さまは俺に罰を与えるに違いない。それならどうか、俺だけに罰を下してくれ……


 お袋とお前を失ってからあちこち施設を回ってるうちに、俺は変わりもんになっていった。

 もう施設にいる年齢じゃなくなった時、俺はある酒場でバーテンダーをやっていた。いろんな経験をしたよ。

 そこには変わった連中がよく集まって来た。どう見ても普通の生き方をしているようには見えない逞しい男たち。時々ひそりとした会話が聞こえる。

 その中で一際耳についた言葉。『ラプス』。その日から俺の全神経はその言葉に集中していった。

 ロブ。 仲間内からそう呼ばれていた男は40ちょっとか。その男はどうやら『ラプス』専門だったらしい。

 俺はその男が店から出た後をつけた。店の角を曲がると、そいつロブは俺の首を絞め上げた。

「俺になんか用か」

冷たい、切り離すような声だった。けれど俺はこれが最後の希望かもしれないと思った。俺が変わるための。

 何度も繰り返される押し問答。結局、ロブは俺を受け入れてくれた。『二度と引き返せない世界だぞ』そう言って。『俺には帰るとこなんかない』それが俺の答え。

 訓練が始まって、俺は恐ろしくこの世界が性に合っているのを感じた。ロブに無茶だと言われるほど、俺は戦いに身を投じていった。初めて身を置ける世界が出来た。

 けれどロブと組んで3年近く経った頃、俺はドジを踏んだ。背後にラプスに回られ、俺は一瞬銃を抜くのが遅れた。俺の致命的なミスは、ロブに致命的な傷を負わせた。

(あんたらしくもない! なんで俺とそいつの間に立ったんだ!)

 そのお蔭で銃を掴んだ俺はヤツを仕留めた。だがそばに行った時には、ロブはもうこと切れていた。手を握ってやることも出来なかった。最期の言葉を聞いてやることも。


 俺はそれから、一人でラプスを追い続けた。人に関わるのはもうイヤだった。俺は疫病神なんだ。先々で人が死んでいく。そして、俺はいつも間に合わない。


 単独の狩り生活に馴染み始め、心の闇の中にちょっとずつ空間が出来た。夢の中でその空間に小さな光が差してくる。光の先に小さな手が見えた。何度もその手を掴もうとした。そこで目が覚める。

 ある日気がついた。それは、あの時必死に俺に縋りつこうとしたジョシュの手だった。生まれてくる後悔。なぜ、俺はあの手を握らなかったんだろう……血は繋がっていなくても二人きりの兄弟なのに。

 今は幸せなんだろうか。特別じゃなくていい、せめて人並みに過ごしているだろうか。


 そして俺は、お袋を殺ったラプスを狩る傍ら、ジョシュを見つけた。里親はもう亡くなってたが、あいつは独りじゃなかった。叔父だという、ビル・カーソンはすごくいい人だった。そうか。この人にお前は面倒を見てもらってるんだな。

 俺はそのモーテルに何度も通うようになった。ほんのたまに見かけるお前。ビルと笑い合うその様子をわずかに垣間見る、その瞬間が俺の全てを癒してくれた。

 ビルは結構早い段階で俺がただの客じゃないことに気がついたようだった。まぁ、商売柄ってやつなんだろうな。たまに傷を負って泊まりに来る俺にも、何も言わずに部屋を貸してくれた。

「お客さん。悪いがちょっと手伝ってもらってもいいかな」

腰が痛いから というビルの言葉に、俺はパン焼きやらなにやら手伝った。

「お前さん。どうしてここに来る?」

突然の質問に俺の動きは止まったままだった。

「何かあるのは、見てて分かるよ。それは……ジョシュのことか?」

「そんなに……分かりやすいか? 俺」

「私には分かるさ。あんたがたまに見せるジョシュを追っかける目はすごく優しいもんな。なんかいきさつがあるのかい?」

 俺はその夜、ビルに全てを打ち明けていた。どこかにいるだろう弟を、どんなにどんなに探したか。一目見たかった。幸せかどうか知りたかった。

 ビルは言ってくれた。俺に兄だと名乗れと 今のうちに、俺がいるうちに名乗れと。俺はジョシュを見捨てたんだと言った。あの手を握らなかったんだと。

「でも、こうしてあんた、ジョシュを見に来てるじゃないか。それで充分なんだよ。俺が仲立ちをしてやるから」

 これは巡りあわせなんだ。教会をおん出た、そしてお袋を抱きしめもせずジョシュも見捨てた俺に、それでも神さまは憐れみをかけてくれたんだろう……


 次の朝、なかなか出て来ないビル。チェック・アウトで困ってるお客さん。俺はまるで従業員かのように素早く対応した。

 そして部屋に飛び込んでった。あの生真面目なビルがこんな風にするわけがない。ビルは……倒れていた…… 俺は駆け寄って手を握った。弱々しく握り返す、手。

「……ジョシュ……を」

「分かった。俺に任せてくれ。分かったよ、ビル」

 そして手から力が抜けていった。俺が間に合うことの出来た、初めての手だった。


 ジョシュ。俺は一度はお前を見捨てた。けどお前が俺の全てになっていたんだ。今度は俺が何を捨ててもいいんだ。ビルはお前と俺のことを分かってくれていた。それだけでも充分だったのに、俺にお前を託してくれた。俺には生きる目標が出来たんだ。

 幸せだったよ、あの夜からの2ヶ月。俺の心配をよそに、お前は俺に笑い続けてくれた。俺は許されたんだな、そう思った。兄とは名乗れない。けれど、お前の必要なものにはなれたんだと。やっと、神さまは許してくれたんだと。

 それもその日の新聞を見るまでだった。


「行け」と言う。そう命じられている。そう感じた。そのために生きて来たんだろう と。まるで糾弾されているように。

 お袋の仇を討ちたかった。ジョシュからお袋を取り上げたんだ、こいつは。許すわけには行かない。

 必死に俺を止めるお前の声が遠かった。

『行っちゃいけない!』

そういう声が、遠くから聞こえた。

『神なんかいないんだ!』

 そんなわけには行かないんだよ。お前のお袋を、俺のお袋をこいつは殺したんだ。俺は行かなくちゃならない。


 そいつは長年人間生活に溶け込んでいて、安心していた。昔と違い、そいつに辿り着くのは容易かった。見つけた。見つけた。俺たちのお袋を真っ赤に染めたヤツ。ジョシュ。見つけた。

 俺は電話をかけた。声が聞きたかったんだ、ジョシュ。

『帰って来い』そう言われた。

『帰るよ、ジョシュ』そう答えた。


 俺は目を閉じていた。そして俺は背後に気配を感じた。追い続けるハンターを感じたんだろう。あいつは俺の先手を取って来たんだ。携帯を持ったまま、俺は銃をぶっ放した。それは当たらずに、俺はビルの壁に叩き付けられた。左腕が動かなかった。その腕を掴まれた。俺の右手は落とした銃を探していた。

 気が遠くなりそうな痛みのお蔭で、俺は気を失わずに済んだ。右手は銃を掴み、そしてヤツの心臓の真下から俺は引鉄を引いた。

 腕が動かないせいで死体を始末することが出来なかった。警察はただの殺人事件だと思い、俺を追った。俺は左手を庇いながら、ただ姿を消した。その後のことも俺にはどうでもいいことに思えた。すべてが終わったんだ……

(ジョシュ。やったぞ。 母さん。やったぞ)

それだけで思考が止まっていた。


 それでも、徐々に左腕が動き始め、俺の頭も動き始めた。

――ジョシュ。 お前に会いたい。

――お前に会いたい。お前に会いたい。

 俺は何を迷っていたんだろう。何を怖がっていたんだろう。ジョシュを失うことが、もう会えなくなることが、それこそが一番怖いことじゃないのか?


 気がつけば俺は車を走らせていた。モーテルのそばに近づいた時、飛び出してくるお前が見えた。俺には帰る場所があったんだな。お前がそれなんだ。俺の居場所なんだ。

 痛む左腕を掴むお前。けれど、この痛みはなんて心地いいんだろう……悪徳経営者? ああ! なってくれよ! 一生、俺をこき使ってくれ。

 俺は初めて心から笑えたよ。もう、離れない。お前が俺の太陽だ。離れるもんか。もう、俺に神さまは要らなくなったよ。お前がそう俺に教えてくれたんだ。

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