Be with me forever. -1
冷たい風の中、まだ秋から離れたがらない木漏れ日が時折り肌に触れてくる。そんな季節の中だった。
「おい! 小麦粉の在庫が少ないぞ」
「デュークってさ、主婦みたいだよね。だんだん所帯じみてきてるよ」
そう言うジョシュに、デュークが複雑な表情を見せる。
「俺、変に見えるか?」
「そうじゃなくってさ、最初の頃は結構尖った顔する時があったから時々不安になってたんだ。 また……どっかに消えちゃわないかって」
「そんなわけないだろ! 俺はやっと居場所を見つけたんだから。お前のそばから離れるわけが無い。……不安か? 今でも」
「ううん。デュークの主婦ぶりを見てたらそんなもん、もう感じないよ。いっそさ、エプロン買ってきたらどう? フリフリの付いたヤツ」
「そうだな……って、誰がやるか!」
相変わらずのデュークのお茶らけっぶりのお陰でジョシュは楽しい日々を送っていた。
あれからもう半年。帰ってくるのをただ待っていたあの時。あの車のエンジン音がジョシュにデュークの帰りを告げてくれた。傷む手を掴んだジョシュを、デュークは笑って抱きしめた。もうどこにも行かないと。一緒に爺いになるんだと。ジョシュはただ嬉しかった。だからこんな日がずっと爺ぃになるまで続けばいいと心底願った。
その女が現れたのは、デュークが出かけている時だった。
「2泊。ねぇ、デューク、いる?」
またデューク目当てのリピーターか。ジョシュはそう思った。
「もうすぐ戻ると思い今はちょっと外しているんですよ」
「そう。悪いけど、帰ったら私の部屋に来るように伝えてちょうだい」
まるで自分を伝言板のように扱う彼女にジョシュはちょっと腹が立った。
「何か用なら俺が伺いますが」
ジョシュをじっと見つめた彼女は ふっ と笑って小さく呟いた。
「いいの。 用があるのはデュークなんだから」
その時、デュークが後ろから現れた。
「ジョシュ。悪いけどこれを運んでおいてくれないか」
荷物を渡されたジョシュはデュークをじっと見つめた。微かに頷くデューク。ジョシュはフロントの奥に引っ込んだ。
「何の用だ、アマンダ」
デュークの声は冷え切っていた。狩りをやっていた時に一時期組んでいた女だった。
「あら、つれないじゃないの、デューク」
「お前とはとっくに終わってる。お互い本気じゃなかったのは承知だろう」
恋愛とは違っていた。狩りの興奮を抑えるために抱き合った体。
「まあね。でも別れてから自分がバカだったと思ったのよ。あんたほどの男はいないもの」
「俺はあれで良かったと思っている。お前は俺を囮にしようとしたのを忘れたのか?」
「悪かったわ。でも狩りの中では常套手段でしょ? あの時は打ち合わせる暇も無かったんだから」
見え透いた嘘がちらつく言葉。
「終わったことはもういい。何しにきた?」
「あんたの噂を聞かなくなったけど、まさかハンターをやめる気じゃないでしょうね?」
「そのまさかだ」
アマンダはわざとらしい驚いた顔を見せた。
「この世界からは抜け出せない。誰もが知ってることよ。例外は無いの。それにあんたは根っからのハンターだわ」
「俺は足を洗った。もう武器も始末した」
「それは嘘ね。あの世界を知っている以上、武器は手放せないはずよ。だってあの子が」
アマンダ特有の毒気のある笑いが浮かんだ。
「大事なんでしょ? なら余計に武器を手放すはずがないわ。どこがいいの? あんな子の。ねえ、また手を組みましょうよ」
「帰れ」
「私は客。もう前金は払ってるし」
「金なら返す。ここに二度と来るな」
この生活を壊されたくない。デュークはもう、ここを終着点にしたかった。なのにどっぷり嵌っていたハンターの過去が追いかけてくる。
アマンダと組んだのは失敗だった。目的のためなら手段を選ばない。双子の姉がラプスに殺されてからそういう女になってしまったのだ。
だがデュークはそんなことに同情なんかしない。誰もが何かしらの事情を抱えてハンター暮らしに飛び込んでいる。そして、デュークにはもうその世界は過去のものになっていた。
「ね。ここを追い出したからって意味はないわよ。あんたはその手を血に染めずにはいられない男。私がよく知ってるわ。今にこの生活もあの子も血みどろにするのよ」
「黙れ。出て行け。俺たちに構うな。二度と狩りはしない」
気になってジョシュは外からそっと立ち聞きしていた。デュークの声はいつもの陽気な声じゃない。まるで知らない声。
(ハンター? 狩り? 血みどろ? 何の話だ? そしてあの武器の話……)
一つだけ分かっていることは、デュークがジョシュとの生活を手放すつもりが無いこと。それで充分なのに、ジョシュにはこの先に悪いことが待っているような気がしてならなかった。
窓から見えた女は、くすりと笑うとデュークの差し出す金を受け取った。「また来るわ」そう言って。
(俺はまた失うのか?)
ジョシュをこんなことに巻き込みたくないとデュークは思っていた。アマンダがここを知った以上、なにもせずに消えるとは思えない。
ハンターは同族が足を洗うことを嫌う。
(ジョシュに何か起こる前に……ジョシュに知られる前に俺は消えるべきなのか?)
そんな迷いが生まれ始める。
「デューク」
その声に驚いた。いつの間にかジョシュが後ろにいた。こんなことに気がつかないなんて。勘が鈍っていることにデュークは愕然とした。取り繕うように言う。
「どうした? 今から空き室の掃除をやってくるよ。3号室の客は夕べ盛大に酔っぱらってたよな。きっと部屋も盛大に汚しちまってるだろう。俺がやっとくからお前は晩飯の支度でもしてろよ」
「デューク。 さっきの人の話を聞きたい」
デュークははどきりとした。 何を、どの部分を聞かれたのか。
「たいしたことじゃねぇよ。昔ちょっと付き合った女だ。ひでえ性格の悪い女でさ、もうよりを戻す気なんざねぇんだ」
「なんかこう、殺気立った人だったね」
「ああ。それが刺激的だと思ったんだけどな。それより美味い飯、作っておいてくれ。俺はお前の料理が好きなんだ」
ジョシュはデュークが一生懸命に話を逸らすのを感じていた。
「……分かったよ。作ったら3号室に手伝いに行くよ」
「俺はそんなちんたらした仕事はしねぇよ」
ジョシュのむくれる顔にデュークは笑った。
(ジョシュの生活を乱してなるもんか)
デュークの目は笑ってなかった。辛そうだった。これ以上問いだたしたらきっとデュークを失ってしまう。そうジョシュは思った。
トランクから武器が消えたのは知っていた。あれきりジョシュはナイフの1本も見かけていない。それでもデュークのことをまだ何も知らないままだ。穏やかな自分たちの暮らしにはそんな過去の話は要らないから。自分はジョシュで、彼はデューク。それだけでいい。ウマが合ってて、ささいなケンカをしたり、過保護なデュークを笑ったり。そんな毎日で良かった。
デュークの『神さま』はもう消えた。そう思っていた。アマンダと言うあの女がデュークの心に染みを作るまでは。
その日からデュークの目がまた尖り始めた。ジョシュに向ける目と、客に向ける目が変わった。ジョシュや常連さんにはいつもの陽気なデューク。けど初めての客には恐ろしく神経質になっているデュークがそこにいた。きっとアマンダがはどんな手を使ってでも俺を狩りに引き戻そうとするだろう。
武器のことについてはアマンダの言う通りだった。壊れた左手でもうあんな狩りは出来ないだろうが、一度あの世界を知った以上日々の中に暗闇が潜んでいることがデュークには分かっている。その闇がジョシュに近づくことを防ぐには武器を手放す事なんか出来ない。けれど相手が人間じゃモンスターよりタチが悪い。ジョシュがここにいる。
だからここに踏みとどまってジョシュを守っていかなくては。それが出来なければ……
(俺が消えるしかない……)
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