✤ 2 ✤ 好きな人は、銀髪の王子様


 さかのぼること、数時間前。その日の朝も、いつも通りだった。


 あ、いつも通りではないかな。

 だって、お父さん、寝坊してたし!


「お父さん! いつまで寝てるのー!」


 朝、なかなか起きてこないお父さんの部屋にかけこめば、私のお父さん──恋ヶ崎 文哉ふみやは、ベッドじゃなく、机の上につっぷしたままだった。


 白衣を着て、だらしなく頬を机に押しつけてる。

 どうやら、またに没頭したまま、眠ちゃったみたい。


「もう、お父さん! 寝るならベッドで寝てって、前にも言ったじゃん! それと、私、学校いくよ!」


「んあ……え!? 今日、学校か!?」


「今日は、土曜授業の日」


「あーー、そうだった! すまん、アリサ! 今から飯を」


「いいよ、パン焼いて食べたから。じゃぁ、私、もう行くからね! それと、寝坊して、お店開けるの忘れないようにね!」


 寝ぼけまなこのお父さんに手を振れば、お父さんは、ふにゃりと笑って『いってらっしゃい、アリサ』と、手を振り返してくれた。これは、いつも通りかな?


 そして、家を出た私は、自転車に乗って、中学校に向かった。


 7月の清々しい風を感じながら、夏のセーラー服を着た私は、ゆるやかな坂道を、スイーッと下っていく。


 春に中学生になったばかりの私──恋ヶ崎こいがさき アリサは、二歳の時にお母さんを亡くして、今は、お父さんと二人だけで暮らしてるの。


 小高い丘の上にある一軒家が、私たちが住んでる家で、あの家はね、お父さんが、お母さんのために建てた家なんだって。

 というのも、私のお母さんは、カフェを経営するのが夢だったみたいで、お父さんは、お母さんと結婚した時に、お店と併設した、あの一軒家を建てた。


 一階部分がカフェで、二階部分が、私たちの住居。


 そして、私の子守りをしながら、お父さんとお母さんは、二人でカフェを経営していたみたい。

 だけど、カフェは順調だったのに、ある日、お母さんが事故で亡くなって、それからは、お父さんが一人で私を育てながら、お母さんが大好きだったカフェを守り続けてる。


 でも、そんなお父さんは、ちょっとだけ変わり者。

 だって、表向きは、カフェのマスターをやってるんだけど、その裏では、なんと発明家でもあるの!


 まぁ、発明家といっても、ノーベル賞とか、そんな凄い発明とか研究をしているわけじゃなく(本人は目指してるらしいけど)チョー地味で、なんの役に立つのか分からない小さな発明を繰り返してるだけ。


 オマケに、見た目だって冴えない。

 いつも分厚いメガネをかけていて、髪の毛は、天パっていうのかな?

 ちょっともっさりした感じ。


 しかも、その天パが私にも遺伝しちゃって、毎朝、髪の毛整えるのが大変なんだから!


 これが、お母さん似だったら、サラツヤのストレートヘアだったかもしれないのに、そればっかりは、ほんとに残念!


 だけど、ちょっと頼りないし、変わり者ではあるけど、別に嫌いではないの。


 むしろ、守りたいものとか、熱中できるものがあるって、それに向かって一生懸命なお父さんは、ちょっとカッコイイなって思うから。


 私には、特に褒められるような特技もないし、まだ将来の夢だって決まってない。

 だから、やりたいことや夢があって、しっかりと自分を持ってる人には、すごく憧れちゃう。

 そして、それは、お父さんだけじゃなく、私のも──


「あ……!」


 通学路をすすんでいると、ちょうど西洋風の大きな屋敷の中から男子生徒がでてきた。

 私は、自転車を止めて、その男子に目を向ける。


 夏の制服を着た、同じ中学の男子生徒。


 小柄だけど、スラリと足が長くて、整った顔立ち。そして、日本人離れした銀色の髪と、宝石みたいに綺麗なアメジスト色の瞳は、きっと誰の目も釘付けにしちゃうと思う。


 だって、その男子は、私の同級生で、学校一の『王子様』って言われるほどの美少年だったから。


「おはよう、恋ヶ崎さん」

「お、おはよう。アラン君!」


 アイドル顔負けの爽やかな笑顔を浮かべて、その男子──アラン・ヴィクトール君が挨拶をする。


 私は緊張しながらも、それを悟られないように、普通に返した。

 だけど、内心は、全く普通じゃなかった。


(ど、どうしよう。心臓、飛び出しそう……!)


 ドキドキと高鳴る心臓が、早鐘のように動く。体は火を吹くように熱くなって。


 でも、そうなっちゃうのは仕方ない。


 だって、目の前にいるアラン君は、私が、初めて好きになった──初恋の人なんだもの。


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