最後の事件

第29話 クラスのボス

郷田武大は名前通り腕力に自信のある、クラスのボスだった。体が大きく中学生には見えない恐ろしい顔。誰も逆らえはしないが、花咲には惚れた弱みかめちゃくちゃ弱い。


「おい柏木、ちょっとツラ貸せや」


六月。衣替えして間もない放課後。二の腕がたくましすぎる郷田は『柏木』と呼び止める。

なので桂木樹は自分が声をかけられていることになかなか気づけなかった。すぐに『桂木です』なんていう訂正すらできない。

これから帰るというときにクラスのボスからそんな事を言われては、よからぬことに巻き込まれたとしか考えられない。とくに目立つわけにはいかない桂木にとっては、かなりの窮地に陥ったと言える。


「ちょ、ちょっと! 郷田! なにしてんのあんた!」


この郷田の行動はすでにクラス中の注目を浴びている。なので桂木の事情を知っている花咲華は慌てて止めに入った。その止め方がクラスのいじめを止めるようで、今ばかりは桂木も花咲に感謝する。


「何って、友達を遊びに誘ってんだよ」

「友達なら名前覚えなよ、桂木君だよ。柏木君じゃなくて」

「お、悪い悪い」


まったく悪いとは思わず郷田は桂木の背をばしばしと叩いた。

もちろん桂木と郷田に友情なんてものはない。今まで話したことさえなかったはずだ。本当に友情があるかは花咲からしてみても疑わしいが、こうと決めた郷田は止められない。なにより桂木とはあまり接点のないはずの花咲がそこまで介入するわけにもいかなかった。


「郷田はそんなだからいつも誤解されるんだよ。カツアゲでもするのかと思ったし」

「いつも言ってんだろ、俺は弱いものいじめだけはしないぜ」

「それは知ってるけど全然そうには見えないの」


どうやら花咲は郷田の事はある程度信用しているが、郷田の振る舞いは誤解されるような乱暴さがあり不安がある。

とにかく花咲は郷田を安全な奴だと保証する。桂木に視線を送り、『とりあえずカツアゲするつもりはないようだから行ってみたら?』という顔を作った。

桂木もここで逃げて目立つ事だけは避けたい。


「わ、わかった。どこに行くの?」

「おー。ダチの家だよ。見舞いってやつ」

「……今日は誰も、クラスに欠席した人はいなかったよね?」

「よそのクラスなんだよ」


桂木にはよくわからない。クラスメイトの見舞いに付き合えというのならまだわかる。あの豪快な彼であっても人様の家に訪問するには緊張するのかもしれない。しかしよそのクラス。さらには転校したばかりの桂木を連れて行く理由がわからない。


そして道中、郷田は誰の見舞いかを語ることはなく、桂木に『やはりカツアゲか』と思わせるのだった。


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