不思議な狸

@kajiahra_3141

第1話

ある時のことだった。男が、山で木を伐採して帰ろうとした時だ。目の前に、苔だらけのたぬきが現れた。そのたぬきのあまりに貧相な姿に、男は思わず吹き出してしまった。

「くそ、また失敗か」

そんな声が聞こえる。誰だ?と思い男は辺りを見回すが、誰もいない。まさか、このたぬきだろうか。

「お前、人の言葉が喋れるのか?」

「え?あんた、僕の言葉がわかるのかい?」

お互いに驚いた様子だった。このたぬきは、人間の言葉を喋れるわけじゃないのか。

「別に、人の言葉がわかるわけじゃないのか?」

「言っていることは理解できるけど、言葉が通じたのはあんたが初めてだ。いや、驚いた」

不思議なこともあるものだが、男は言葉が通じるなら話してみようと思った。

「こんなところで、何をしていたんだ?」

「それはこっちの台詞だよ。山って言うのは僕たちみたいな生き物の住処だろう?」

そう言われればそうだ。

「そりゃそうだな。俺は家で使う木を集めていたところだったんだよ」

「そうなんだな。僕は・・・」

たぬきがばつが悪いような顔をしている。

「どうしたんだ?」

「たぬきが人間の前に出て来てやることなんて一つだろう?あんたを驚かせようとしたのさ。失敗に終わったけどね」

先ほどたぬきが言っていたように、山にたぬきがいることは珍しいわけではないので、驚くはずがなかった。

「山にたぬきがいることは珍しいことじゃないだろう。それなら、たぬきらしく何かに変身する、とかしたら驚いたかもしれないのに」

男がそう言うとたぬきはしょげたような雰囲気を出した。そして小さい声で一言ぽつりと喋った。

「僕、たぬきなのに変身ができないんだ」

そもそも、たぬきとは変身ができることが当然なのだろうか。確かに色々な話を聞く限りではたぬきは変身ができるとされているが、それは本当なのだろうか。男がそう考えていると、たぬきが続けて喋り出した。

「他のたぬきはみんな、色々なものに変身ができるんだ。龍だったり、猪だったりする。だからそれで色々な人を驚かせて楽しんでいるんだけど、僕は変身ができないんだ。だからこうして、、苔を体中につけて少し変わったたぬきを演じてみたんだ」

なるほど、そういうことだったのか。だがこれではあまりにもインパクトがない。今の状態ではただ単に苔のついたたぬきになってしまっている。これでは人が驚くわけがない。

「変身ができなくても、他に何かできることはないのか?」

男がそう聞いてみると、たぬきは悩んだような顔をした。

「いやぁ、他にできることなんてないですよ。そもそもこうやって人間と喋ることができることだって不思議なことだって言うのに」

それはそうだ。そこで一つ思いついたことがあるので、聞いてみることにした。

「そうだ、俺と一緒に芸をやってみるってのはどうだ?俺が言ったことに従って色んなことをするんだ。例えば、俺がジャンプしろと言ったのに合わせてジャンプをするだけで人間にはウケると思うぞ」

「なるほど。それはすごく面白そうなのですが、僕が求めていることとは違うんです。僕は人間の注目を浴びたいのではなく、人間に驚いてもらいたいんです。そりゃあ、色んな芸を覚えれば人間は驚いてくれるでしょうけど、そういうことじゃ

ないんですよ。わかってくれますかね」

言わんとしていることはなんとなくだがわかった。つまりはどこかの舞台に立って芸をします、で驚いてほしいわけではなく、不意に不思議なことをやって驚かせたい、ということなのだろう。そうなってくるとやはり何か不思議なことができれば

良いのだろう。そんなことを考えていると、ちょうど男のお腹が鳴った。

「あら、お腹が空いたんですか?」

「ああ、ご飯を食べてから随分立つからな」

「じゃあちょっと待っててくださいね。そばでも作りますよ」

たぬきが何を言っているのか、男には理解ができなかった。わけもわからずに男がぼーっとしていると、たぬきがどこから取り出したかわからないような食材たちで料理を始めた。そしてしばらくすると、目の前には一杯のそばが出てきた。

「どうぞ、召し上がってください」

「え?これはどうしたんだ?」

「どうしたも何も、そばですよ。そばを知らない人間がいるんですか?僕、そばを作るのは得意なんです。どうぞ」

まさか、ここで変な味で驚かせようとしているのだろうか。そう考えながら、男は恐る恐るつゆを飲んでみた。うまい。

しっかりと箸まで用意されていたので、男は貪るようにそばをすすった。実にうまい。あっという間に男は食べ終わり、たぬきに聞いた。

「たぬきはみんなそばを作れるのか?」

「いえ、僕だけですよ。でもそばなんて人間だって作れるんですから、驚くようなことじゃないでしょう?」

男は、その考えに驚いた。人間ができることをたぬきがやるから凄いのではないか、とも思った。

「やっぱり、俺と一緒に芸をしないか?そこで、色んな人を驚かせるんだ」

「だから、僕が求めているのとはちょっと違いますよ」

「それはわかってるけど、俺からのお願いだよ、な?」

「そこまで言うなら・・・わかりました、じゃあ明日の朝またここに来てください。一緒に村まで行きましょう」

そんな話をして、男とたぬきは別れた。男は次の日が来るまで手に何もつかないといった様子だった。そして翌日になった。

男とたぬきが待ち合わせをして、村へと向かった。そして村に着くなり、男が大きな声で喋り出した。

「さあみなさんご注目!ここにいるのは、世にも珍しい人間の言葉がわかるたぬきですよ!見ていってください!」

珍しいもの見たさで、あっという間に村人が集まった。

「じゃあまずは俺の指示にたぬきが従う所を見てもらいましょう!」

そう言って、男がたぬきに様々な指示を出した。それら全てに答えるたぬき。もちろん、観客は驚いた様子だった。そして一息がついたところで男が喋り出した。

「でも、これくらいはできて当然だろうなんて思ってる人、いませんかね?」

そう言うと、村人の中から「そうだそうだ」と言うような声が聞こえてきた。

「そうですよね。ところでみなさん、お腹は空きませんか?ここでもしもたぬきがそばを作れる、なんて言ったらどうでしょうか?食べてみませんか?」

男がそう言うと、村人たちは騒然とした。「そんなわけがない」と言ったような声まで聞こえてきた。

「じゃあ、作ってもらいましょう。たぬきよ、そばを作ってくれ」

言われたたぬきはまたどこからか食材を取り出して、あっという間にそばを作った。

「さあ、食べたい方はぜひどうぞ!毒が入ってそうだ、体に悪そうだ、なんて言う人は俺を見てください。たぬきのそばを食べてこんなに健康ですよ!」

そう言うと村人が群がってきた。そしてみんなが食べて、うまいうまいと言いだした。

「こんなに驚くことはないでしょう。このたぬきが作ったそば、その名も『緑のたぬき』は今度この村で売りますのでぜひ!」

「うまいのは間違いないし、すっごく驚いた。でも、なんでそんな名前なんだ?」

「いや、俺がこのたぬきに初めて会った時にね、苔まみれだったです。そんな緑色のたぬきが作ってるんだから、緑のたぬきでしょう?」

村人たちが大笑いした。それを見て、たぬきは満足そうだった。

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