恩返し狐

@kajiahra_3141

第1話

ああ、お腹が空いた。歩きながらも、どこかで何か食べられないかと考えていた。俺は、今歩きである村を目指している。元々はとある農家で普通に暮らしていたのだが、ある時家に盗賊が入って、家族が殺されてしまった。家に一人でいてもどうしようもないし、誰か知り合いが近くに住んでいるわけでもない。それならと思い、近くにある村へと旅に出ることにしたのだ。村まで行けば誰か頼れる人はいるかもしれない。だが、近くとは言ってもそれなりに時間はかかって、もう3日ほども歩いている。

家にあった食事は全て盗賊に取られてしまったので、村に向かうまでの食事はほとんど何も食べていない。たまに、食べられそうな野草を見つけてはかじったりもしたが、そんなもので満腹になるわけがない。これでは村に着く前に死んでしまう。そんなことを思って歩いていると、一匹の狐がいた。狐か。これが他の動物なら捉えてなんとか食べてやろうと思えるのだが、狐を食べるなんて話はあんまり聞いたことがない。俺が無視して行こうとすると、狐がコンコンと鳴き出した。一体なんだろうか。すると狐は俺の足元にやってきて、俺の足を引っ張ってきた。ついてこいというのだろうか。どうせ村まではまだ着きそうにもないし、少しくらい狐の相手をしてやってもいいだろう、と思った。それに、狐が何か食べ物を持っているかもしれないし。そんなことを考えながら狐について歩いて行くと、一件の家があった。道端にぽつんと家があるので不思議には思ったが、流石に、食事を恵んでくれと頼むわけにはいかない。そんなことを思っていると、狐がその家の前でくるくると回り出した。その家に入れと言うことだろうか。

家の玄関をノックしてみたが、反応がない。大丈夫か?と思って狐を見ると、狐が首を縦に動かしている。入れと言うことだろうか。

「ごめんください」

そう言って玄関を開けてみたが、誰もいないようだった。なんだ、留守にしているなら何もできないじゃないかと思っていると、狐が俺の足を家の中へと引っ張った。おいおいと思いながらも中へ入っていくと、そこには一杯のうどんが置いてあった。

何日もご飯を食べていない俺からするとぜいたく品すぎる。とはいえ見知らぬ家にあるうどんを勝手に食べるわけにはいかない。

そう思っていると、不意に目の前に狐の耳のついた女性が現れた。

「どうぞ、お食べ下さい」

俺は、目を疑った。これは一体どういうことだろうか。つい先ほどまで、目の前には狐がいた。だが、今は狐の耳のついた女性がいる。そしてその女性が置いてあるうどんを食べろと言ってきた。何かおかしなことでもあるのではないだろうか。そんな考えが頭をよぎったが、今の俺に何か悪いことをするようなこともあり得ないと思った。そもそも、家もなく金もなく、住むところもないような状態なのだ。そんな俺から何かをむしり取ろうだなんて考えるはずがない。そう考えて、空腹も限界だったので俺は目の前にあるうどんを食べることにした。うどんは、実にうまい。この何日間かの疲れを一気に取ってくれるかのような温かみがある。もう何も考えることはできずに俺は夢中で食べた。そして、めんつゆを一滴残さず飲み終えると、目の前にいた女性がにこりと笑った。

「うどん、ごちそうさまでした。ところで、君は?」

「あれ?気づいていなかったんですか?もう十年前にもなるでしょうか。ここから少し離れたところにある村で、私がいじめられていたところをあなたが助けてくれたのです」

そんな話をされたので、思い返してみた。十年前か。確かに、そんなようなことがあったような気がする。そのお礼はありがたい話ではあるが、なぜ狐だったのだろうか。そもそも、狐に化けることなんてできるのだろうか。

「そんなことがあったような気はするが、なぜ狐なんだ?そもそも、そんなことができるのか?」

「それは、元の姿でお会いするのが恥ずかしかったからです。それに、狐は神の使いであると言われています。心優しいあなたなら、そんな狐を無下にはしないだろうと考えました。そして、この変身ができる能力こそ私がいじめられていた原因です」

そう言われて、全てを思い出した。確かに、十年ほど前にそんな不思議な少女がいじめられているところを助けた。あの子だったのか。こんなところで恩返しをしてくれるだなんて思いもよらなかった。不思議なこともあるものだ。だが、もう一つ

気になったことがあったので聞いてみることにした。

「でも、今は元の姿を見せてくれたね?それはなんで?」

「これは単純に私の能力の問題です。5分しか変身していられないんですよ」

それならわざわざ変身しなければ良かったのに、なんて思った。だがこれ以上は言わなくていいだろう。目の前にいる女性は、恥ずかしそうに顔を真っ赤にしている。

「それにしても、このうどんはおいしかったな。ありがとうね」

「お口にあったなら何よりです。私は今うどん屋をやっていまして」

「そうなんだ。このうどん、お揚げが入っていたけど、なんてうどんなのかな?」

「特には決まっておりません。食べてくださった皆様はお揚げうどん、などと呼んでいます」

「そうか、じゃあ俺が決めていいかな?このうどんは、『赤いきつね』ってのはどうかな?」

「不思議な名前ですね。それは、なんででしょうか?」

「いや、これを食べさせてくれた人が顔を赤くした狐さんだったもので、ね」

そう言うと、女性はさらに顔を赤くした。

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