第25話 溺れた先に……

 俺たちは数えきれないほどのループを、セックスを繰り返した。

 色んな場所で色んな方法でセックスをした。

 そのどれもが気持ちよくて、より一層彼女にからめとられてしまう。

 ループを抜け出して明日を迎えたいはずなのに、今のままでもいいかもしれないと思ってしまう。


「今回も最高に気持ちよかったね」


 俺たちの快楽には限界が存在しない。

 どれだけセックスを繰り返しても飽きることはなく、更なる快楽を求めてしまう。


「昔のミキは外でやるのを嫌がってたのにな」

「楽しまないと損だもの」


 俺たちは坂上神社でセックスをした。

 罰当たりなセックスではあるが、そんなことを気にする倫理観は既に消えていた。罰が当たったところでループしてやり直せばいい。


「縁結びの神様も楽しんでくれただろうな」


 俺たちの結びつきは強固になっている。

 物理的な手錠で結ばれているだけでなく、セックスを通じて心が強く結びついていた。縁結びの極みと言える状態だ。




    ◆




 セックスをした。




    ◆




 セックスをした。




    ◆




 セックスをした。




    ◆



 今回の俺たちは武夫叔父さんの家に来ていた。

 俺の親戚である武夫叔父さんに交際の報告をしてみたいというミキの要望を叶えるためだ。


「いやー、2人がもう付き合っていたとはねぇ」


 武夫叔父さんがビールを飲みながら嬉しそうに言う。

 俺たちも彼に勧められるまま、グビグビとビールを飲んだ。

 俺たちはループする。

 だから二日酔いも存在しない。翌日のことは気にせずに好きなだけ飲むことができる。


「おじさんは昔からミキさんが幸男くんのことを好きだと思っていたんだ」


 こどもの頃も、何かと俺とミキをくっつけようとしていた気がする。

 親戚の叔父さんのいらぬお節介というやつだ。


「本当におめでたいことだなぁ」


 俺とミキは歪な関係になっている。

 そんなことを知らない叔父さんは素直に心から祝福してくれている。

 申し訳ないという気持ちと、嬉しいという気持ちが複雑に絡み合っていた。




    ◆




 俺たちは酔っぱらって足元をフラつかせながらラブホテルへと向かう。

 国道沿いを歩き、ラブホテルの手前にある橋を渡る。

 この橋の両側には赤く塗られた鋼材がアーチ状で形成されている。横から見れば巨大な赤い弓が橋の上に乗っているように見えるだろう。


「この橋をのぼってみないか?」


 俺たちは死んでも最初に戻るだけだ。

 だから普通ならできない危険なことにも自由に挑戦できる。


「嫌だよそんなの」

「でもこの橋の上でセックスしたら気持ちいいんじゃないか?」

「……」


 ミキは返事をしなかった。

 それが意味するのは否定ではなく無言の肯定だ。

 実際にのぼってみると、


「サチくん危ないよ!」

「俺もこれ以上余裕ないって」

「落ちそう」

「いや待て待て、焦るな落ち着けミキ」

「サチくんの方が焦ってるし」


 深く考えずにのぼってみたいと思って挑戦したはいいものの、俺たちの手は手錠で繋がれている。そんな状態で手すりも命綱もない鋼材のアーチを登るのは難易度マックスだ。


「あっ」


 案の定俺たちは足を滑らせて、そのまま川へと落下した。




    ◆




 息をしようとして口を開ければ冷たい水が勢いよく入ってきた。

 ごぼごぼとむせてしまい肺の空気は急激に失われていく。

 苦しい。

 川の中でもがきながら、このまま溺れてしまうかもしれないと恐怖した。


 ――諦めるな!


 僕は自分に言い聞かせた。

 ここで諦めたら、溺れるのは僕一人じゃない。


 ――ミキも死んでしまう!


 無我夢中で動いた。

 川に溺れた……川に身をなげたミキを抱えて、彼女を川原に引きずり上げた。


「ほっといてよ!」


 ミキは砂利の上にへたり込みながら、僕に向かって怒りをぶつけてくる。


「私は死んだ方がいいの」


 少し前、ミキのお母さんが死んだ。

 車道に飛び出してしまったミキを庇って車に撥ねられて死んだ。

 ミキは自分を責めている。

 お母さんを死なせてしまった自分なんか死んだ方がいいと思っている。


「そんなこと知るもんか」

「知らないなら黙ってて」

「僕はミキに死んでほしくない」

「サチくん……でも私は――」

「僕はミキがいない今日よりも、ミキがいる今日の方が幸せだ」

「幸せ……?」

「うん、幸せだ。ハッピーだ」


 今のミキはお母さんを失った悲しみや自責の念にかられて、幸せなことを忘れてしまっている。

 でもそれじゃダメだ。

 ミキは生きている。お母さんが命を懸けて助けてくれた。

 だから彼女は生きなきゃならない。


「ミキのお母さんがいなくなって、きっと今の気持ちはどん底だと思う」


 僕が同じ立場でも、今のミキみたいに川に飛び込んで死のうとしたかもしれない。

 でも僕は彼女に生きていてほしい。前を向いて笑ってほしい。


「そんなどん底の今日でも、ほんの一かけらでもいい。ハッピーなことを見つけてほしい」

「一かけらのハッピー……」

「それが見つかれば今日はほんの少しだけ幸せな一日になる。同じように明日も一かけらのハッピーを見つければ、明日は今日と明日の二かけら分のハッピーな一日になる。それを繰り返して積み重ねていけば、未来の『明日』はきっと最高にハッピーな一日だ」

「お母さんがいないならハッピーなんて見つからないよ」

「お母さんとの日々はとても大きな幸せだったんだと思う。でも、今ミキが見つけるべきなのは小さなハッピーでいい」


 ほんのこれくらい、と親指と人差し指でわずかな隙間を作って示す。


「僕はミキが傍にいれば、それだけでハッピーになれるよ」

「サチくん……」

「ミキはどう?」

「えっ?」

「僕が傍にいることは、ほんの少しでもミキのハッピーにはならない?」


 しばらく考えた後、彼女は恥ずかしそうにこくりと頷いた。


「ハッピーになってる」


 投げやりな彼女の姿はもうなかった。

 僕はミキに手を差し伸べる。


「私も最高にハッピーな一日を過ごしてみたい」


 彼女は僕の手をとって立ち上がった。


「あらあらまぁまぁ」


 ミキのことを探しにきたお手伝いさんが、僕たちのことを見つけて驚いている。

 でもその顔は嬉しそうだった。

 きっとミキの目に生きる意志が宿っていることに気がついたのだろう。


「2人ともびしょ濡れになって困ったものです。おイタをした証に写真でも撮っておきましょう」


 後にそのびしょ濡れ写真が僕のお母さんに見つかって、何やってるのとしこたま怒られて外出禁止令が出されるのであった。




    ◆




 ――ごぼぉッ!


 橋の上から転落して俺とミキはその下に流れる川にたたきつけられた。

 普段は柔らかなはずの水面は身体が潰れるような衝撃をもたらす。

 俺の足はもうダメになったかもしれないと他人事のように思った。

 ミキと手錠で繋がっていてうまく動けない。


 隣にいるミキには動きだす気配がなかった。

 飛び降りた衝撃で気を失ったのか、あるいは死んでしまったのかもしれない。


 水の中でもがいていると、目の前に由香里さんの霊が現れた。

 その長い黒髪が水の浮力によってブワっと広がっている。

 彼女はミキが死んだことを確認しようとしていた。


「ッ!?」


 俺は反射的に腕を払って幽霊を追い払うとした。

 でも俺の右手は幽霊の身体をすり抜ける。

 手が何かを掴んだ気がした瞬間、次のループへと移行した。




    ◆




「――ハッ!?」


 寒いと感じて目が覚めた。

 隣にはミキがいる。

 左手首は手錠が繋がれている。

 そして――右手で何かを握りしめていた。


「こうなると思ったよ!」


 怒るミキの言葉も耳には入ってこない。

 俺は右手に持っていた物の正体を確かめていた。


 ――リップクリームだった。


 行方の分からなくなっていた使い古しのリップクリームだ。

 このリップクリームがあの幽霊の身体の中にあった。

 俺が覚えている最初のループで、これを手に持ったまま霊を殴ろうとして失敗した。俺の手がリップクリームごと幽霊の身体の中に入った状態で、俺は頭を潰され殺された。


 突然、俺のループが始まった理由はこのリップクリームにあったらしい。

 偶然にも俺の所有物が霊の身体の中に残ったから記憶を引き継げるようになったのだ。

 同じことをもう一度再現するのは難しい。

 一回こっきりのチャンスで、狙った通りに霊の身体にリップクリームを埋め込める自信がない。

 だから今回のループが俺にとって最後のループになる。


「行こう」

「ちょ、ちょっとサチくん!?」


 行くべき場所がある。

 やるべきことがある。

 ミキの手を引っ張るように電車を降りる。

 使い古したリップクリームを唇に塗りながら走った。

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