第23話 目を覚ませ、俺!

「――ハッ!?」


 寒いと感じて目が覚めた。

 隣にはミキがいる。

 俺は彼女に刺されて殺された。

 過去のループでミキに殺されたことはあるが、そのどれもが死にかけた俺を次のループに移すためだった。

 でもさっきのは違う。俺は無傷だった。

 俺を救うためではなく、もっと別の意図がある。


 またミキのことが分からなくなってしまった。

 何度も何度も身体を重ねて、お互いに分からないことなんてないと思っていた。

 彼女の身体のことなら何でも分かる。どこをどうすれば気持ちよくなるか手に取るように分かる。

 でも彼女の心が分からない。

 あれだけ愛し合ったのに、それは全てまやかしだったのだろうか。


 彼女の口からちゃんと理由を聞く必要がある。

 話し合うために正面から横に向こうとした。実際には2人とも電車のソファーに座っているから斜め横だが。

 身体の向きを変えようとしたとき、左手が何かに引っかかる。

 左手首に冷たい感触があった。冷えた金属があたっているようだ。

 こんなことは今までのループではなかったと不思議に思いながら、左手を見て唖然とした。


「手錠……?」


 俺の左手首とミキの右手首が手錠で繋がれている。

 しかもおもちゃの手錠ではなく、ちょっとやそっとじゃビクともしないガチの手錠だ。


「これでどこに行くにも一緒だね」


 ミキは彼女の右手を顔の前に持ち上げながら言う。

 手錠で繋がれた俺の左手も一緒に持ち上がった。


 ――ゾッとした。

 ミキは嬉しそうに笑っている。

 何を考えているのか全く分からない。


「何がしたいんだ?」

「良いでしょ? 手錠プレイ」


 何が手錠プレイだ。

 こんなの最悪のプレイだ。

 きっと普段なら犬のようにワンワンと喜んだだろう。

 マゾなプレイもサドなプレイも大歓迎だ。

 でも今の彼女は常軌を逸している。とてもじゃないが喜ぶことはできない。


「俺たちは遂に里村さんという鍵を見つけた」

「里村さんを由香里さんの元に連れていけばループは解けるかもしれない。ううん、間違いなくループから抜け出せる」

「だったら――」

「私はループから抜け出したくない」

「ミキが嫌なら俺は一人で解決して……いや、だから手錠か」


 左手首につけられた手錠を見る。

 ミキと繋がっているから、俺がどこかに行こうとすれば必然的にミキも一緒になる。

 逆に言えば、ミキが行きたくない場所には行けないというこだ。


「仕方ないな」


 ミキが嫌がっている以上、無理やり行くことはできない。

 とはいえ彼女のことだ。セックスの一つでもすれば心が変わるかもしれない。

 今回は諦めて次のループで――。


「無駄だよ」


 心を読んだかのように否定する。


「もうサチくんに自由なループは来ない」

「なに……?」

「前にも言ったでしょ? サチくんのループが始まるよりも私の方が早く始まるって」


 最近のループではいつも起きたときには隣にミキがいる。


「サチくんのループが始まるよりも先に手錠をかけることができる。ループして違う行動をしても、サチくんには手錠を回避する方法がない。これから先どれだけループしてもサチくんは私と手錠でつながったままだよ」


 彼女が本気になれば俺にはどうすることもできない。


「なんでそこまでするんだ」


 ミキは返事をしない。


「俺たちの手の届くところに明日がある。どうして手を伸ばすことを拒む?」


 こんな狂った現象から抜け出せるなら、それを喜びこそすれ妨害するような理由は何一つとしてないはずだ。

 『今日』に停滞していた俺たちは、ようやく明日に向かって進むことができるのだ。


「私はね」


 ミキはぽつりぽつりと小さな声で心境を語り始めた。


「今日が最高にハッピーな一日なんだ」


 俺だって同じだ。

 ミキと再会して、セックスをして、彼女を好きになった。

 愛を紡いだ今日は最高にハッピーだ。


「明日よりも今日の方がずっとハッピーだから、明日なんて必要ない」

「ミキ……」


 ミキはループの原因を調査することには消極的だった。

 それは目先の快楽を優先したからだと思っていた。

 ループの原因を調査することにはとてつもない苦労が伴うから、それよりも楽しむことを優先しているだけで、答えが判明すれば一緒にループを抜け出してくれると思い込んでいた。


「これからもずっと、私たちは今日を繰り返す。永遠に。終わることなく」


 彼女の望みは永遠に繰り返す今日だったのだ。


「ただひたすらにサチくんとえっちをする」


 ミキが手錠に繋がってない方の手で俺の身体を撫でる。

 彼女の告白に対して、俺はどうするべきか分からなくなっていた。


「そんな低俗な欲求が、私の本心だよ」


 俺とミキは手錠で繋がっている。逃げることはできない。

 いや、手錠がなくても動けなかったかもしれない。

 ミキの左手が俺の顎に添えられる。

 そして彼女は、俺にキスをした。


「ミキ……」


 惚けた顔で彼女は俺を見つめる。

 快楽に溺れた彼女の目が俺の心を鷲掴みにしてしまう。

 物理的にだけでなく心理的にも、俺は彼女に囚われていた。


 どうするべきか分からず途方に暮れて、2人で電車のソファーに座り続けた。

 彼女も自分の言っていることが俺にとって受け入れがたいことであると理解しているのか、急かすようなことはせず、隣で待つことを選んだらしい。

 やがて信号トラブルが復旧して電車が発進する。


「今回はえっちできないね」


 電車が動き始め、景色が変わっていく窓を見ながら彼女は言う。


「でも次がある。その次もある。その先もずっとずっとずーーーーっとえっちできるから、一回ぐらいなら大目に見なきゃね」


 ミキは本気だ。

 本気でずっとこのループを繰り返すつもりだ。


 ――頼む。目を覚ませ、俺!


 次のループの自分に向かって祈りを込めた。

 ミキから逃れるためには手錠をかけられる前に目を覚ます必要がある。

 一つ前の駅で乗り込んでくるよりも先に起きられたなら、明日に向かって行動できる。

 

 俺たちの身体は見えない壁に潰された。


「――ハッ!?」


 寒いと感じて目が覚めた。

 いつもの電車だ。隣にはミキが座っている。

 そして――俺の左手首は手錠で繋がれていた。

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