第22話 俺は遂に真相にたどり着いた

 新しいループが始まり、隣に座るミキが言う。


「まさしくあれこそ最高にハッピーな一日だったね」


 廉太郎さんの狂気を見たことによる混乱はスローセックスによって落ち着いたらしい。

 今もスローセックスのことを思い出して法悦的な顔になっている。


「縁結びの神様とやらはあれだけ愛し合っても許してくれないらしい」

「神様のハードルが高すぎるよね」


 今さら俺たちも縁結びの神様なんて信じちゃいない。

 ただの冗談だ。


「それで今回はどうするの? 今の私はものすごく機嫌がいいから、サチくんの調査にも思う存分付き合ってあげる」

「桧山さんのことを調べよう」


 そうと決まれば最初に話すべき相手は決まっている。

 桧山さんの消息を探りにきた刑事の館山さんだ。

 喫茶店で館山さんと健ちゃんがコソコソと話しているところに無理やりお邪魔する。

 そして彼女についての情報を求めた。


 桧山由香里、25歳。職業は看護師。

 県の中核市に住んでおり、やくり町とはとくに縁が見つからない。

 理由は不明だが彼女は昨日一人でやくり町に来て、その後行方不明であるらしい。


 館山さんはここ数年の間に発生している行方不明のケースと関連づけて、桧山さんの行方が分からなくなった原因が楠井製薬にあると睨んでいるようだが、それはまさに大正解である。


「恋人はいないんですか?」

「今のところ掴めてはいません。ですが職場の同僚の話によると、半年前から付き合いが悪くなったので、その時期に男ができたのかもしれないとのことです。もしかしたら彼女の恋人がやくり町にいたのかもしれません」


 なるほど。

 その男を探し出すことができれば、桧山さんの足取りも分かるかもしれない。

 俺たちは館山さんたちと別れて聞き込みを開始した。




    ◆




「その人なら昨日ウチで飲んでました」


 手がかりは意外な人物が持っていた。

 俺たちが飲み会をした居酒屋で働いている松田先輩だ。


「綺麗な女の人だったからよく覚えています」

「詳しく聞かせてもらえますか?」

「他のお客様の情報を喋る訳にもいかないですし」


 職業意識がしっかりしているらしい。

 素晴らしいことだとは思うが、俺は何としてでも話を聞く必要がある。

 いざ彼女を説得しようとして――


「誰にも言わないでくださいね?」


 説得するまでもなかった。

 自分からペラペラと話し始める。


「この町の人ではなかったですし、妙に思いつめた様子だったので気になって事情を聞いてみました」

「何と言っていましたか?」

「どうやら恋人の浮気現場を目撃してしまったらしいのです。凄く明るくて綺麗な人と仲良くお洒落なお店に入って行ったのだとか」

「単なる友人だったとかじゃないんですか?」

「私もそう思ったので聞いてみました。女性が親密そうにボディタッチをして、男性側もそれを受け入れていたようです」

「なるほど……」

「婚約の約束までしていた彼女はそれはもうショックを受けたらしく、近くにあった居酒屋――つまりここに来てやけ酒をしていたという訳です」


 勘違いだったのか、本当のことだったのかは分からないが、いずれにせよ彼女が深く傷ついたのは事実だ。


「途方に暮れていた彼女に私はアドバイスをしました。近くの神社は縁結びの神社なんですよと」


 良いことをしてあげたと言わんばかりにドヤ顔だ。


「その後どうなったかは分かりませんが、きっとそこで復縁を願って神様が聞き届けてくれたに違いありません」


 間違いないと力強く頷いている。

 彼女は雑談していることがバレて店長に怒られて仕事へと戻った。


「今の話、何か引っかかるな」

「そう?」


 似たような話をこのやくり町に来てから聞いた気がする。

 数え切れないほどにループを繰り返して色んなことを体験したせいかすぐには思い出せない。

 無秩序に思い出そうとしても難しい。

 時系列にそって最初から思い返していく。

 答えが見つかるのは案外早かった。


「里村さんだ!!」


 思わず大きな声を出してしまう。

 俺の声に反応してミキが目を開く。


「里村さんがどうしたの?」


 里村さんは電車に飛び込み自殺をした男性の名前だ。突然フラれたと嘆いていた恋人のことを由香里と呼んでいたはずだ。


「あの人が桧山由香里さんの恋人だ!」




    ◆




 俺たちは急いでやくり駅へと向かう。

 今ならまだ里村さんは自殺せずにホームにいるはずだ。

 改札を通りホームに行けば、辛気臭い顔をした男が立っていた。


「里村さん!」

「えっと……?」


 突然声をかけられて困惑している。


「あなたは恋人の桧山由香里さんと連絡が取れずに落ち込んでいますね?」

「どうしてそれを……」


 彼は自殺しようとしていた。

 もうすぐ自殺するぞというときに、理由を把握している見知らぬ男が現れたのだ。不気味に思ってしまうだろう。


「どうして由香里さんの身に何かがあったと思わないんですか?」

「そんなことあり得ない。この前会ったときの彼女は凄く元気で、僕が渡した誕生日プレゼントも凄く喜んでくれたし……。だから僕が何か粗相をしてしまって見限られたんだ」

「あなたの愛した由香里さんという人は、相手が何かしでかしたぐらいで、無視を決め込む不誠実な人なんですか?」

「そんなはずはない! 由香里は誠実な女性だ」

「だったらどうして返事をしてくれないんですか?」


 里村さんはあまり自分に自信が持てないタイプなのだろう。

 相手に何かあればそれを自分のせいだと思い込んでしまう。

 だから由香里さんが返事をしてくれないことも、自分に原因があると考えてしまった。


「……由香里に何かあったのか?」


 俺とミキは頷いた。


「昨日あなたは女性と一緒にいましたね?」

「女性……? あぁ、妹のことかな? 由香里へのプレゼントのアドバイスをもらったから、そのお礼でジェラートを奢ってたんだ」

「その現場を由香里さんが目撃していたんです」

「えっ!?」


 どういう理由でやくり町に来たのかは分からない。

 サプライズだったのかもしれないし、あるいは彼の浮気を疑っていたのかもしれない。


「由香里さんは一緒にいる人物が妹だと知らないまま、浮気をされたと思いこんでしまった。親密なスキンシップをしていたと嘆いていたそうですが、兄妹なら何もおかしくはないことです」

「そういうこと……だったのか。僕は誤解を解かないと――」

「まだ話は終わっていません」


 ここまでならばちょっとした勘違いとして笑い話で終われた可能性もあった。でも現実はそうはならなかった。


「由香里さんはその後、一人で坂上神社に向かいました。そこで彼女はある人物によって攫われてしまったのです」

「そんな、由香里が……」


 里村さんは見るからに動揺していた。


「どうして君たちはそんなことまで知っているんだい?」

「とても信じられないと思いますが……夢を見たんです。その夢で、由香里さんが攫われて酷い仕打ちを受けながら亡くなったことを知りました」

「いや、信じるよ。君たちが僕を騙そうとしているようには見えない」


 里村さんは呆然としながら呟いた。


「もう由香里はこの世にいないのか」


 急行電車がまもなくやくり駅を通過するというアナウンスが聞こえる。

 里村さんはフラフラと、何かに吸い込まれるかのように前へ――線路に向かって歩き始めた。

 彼の腕を掴んで引き止める。


「もう生きている意味はない」

「あなたにはやるべきことがあります」

「由香里は死んだ」

「彼女の無念はまだ晴れていません。それを晴らすことができるのは、きっと恋人である里村さんだけです」

「由香里の無念……?」

「彼女は死してなお身体を冒涜されています。一緒に由香里さんを救いましょう」


 目の前を急行電車が猛スピードで通り過ぎる。

 今の里村さんの顔には生気が宿っていた。

 里村さんの自殺は食い止めた。


「そういえばプレゼントにはどんなものを渡したんですか?」

「香水だよ」

「へぇ、お洒落ですね」

「由香里ははちみつが大好物でね。妹がはちみつの香りがする香水があることを教えてくれて、絶対にそれを渡したいって思ったんだ」


 だから頭のない女が――幽霊となった由香里さんが現れるときにはちみつの匂いがしたのか。

 蜂に刺されて死んだのかもしれないとか色々考えていたけれど、全然違ったらしい。ようやく合点がいった。


 これで謎は全て繋がった。

 里村さんこそがループから抜け出す鍵だと確信も持てた。

 後は実際に行動に移るだけだ。

 そう思ったとき――背中に熱を感じた。


「えっ?」


 その熱が痛みなんだと自覚するのにいくばくかの時間を要した。

 背中の鋭い痛み。

 場所こそ違えどこの感覚には覚えがある。包丁で胸を刺されたときの感覚と同じだ。

 俺は刺されたのか?

 いったい誰に?

 いや、考えるまでもない。犯人は一人だ。


「ミキ、どうして……?」


 身体から力が抜けていく。

 立っていられなくなって膝をつき、そして倒れた。

 俺はもうすぐ死んでしまう。

 何があったのか。

 残ったわずかな力を振り絞り、せめてミキを見ようと身体をよじる。

 あと少しで彼女の顔が見える――


「またね、サチくん」

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