第21話 絶対にスローセックスするから!
図書館での調査をいったんストップして、俺たちが次に行ったのは聞き込みだ。
町の人たちに心当たりがないかを聞いてまわった。
だがあまり効果があるようには思えなかった。
そもそも聞き込むと言ったところで、何をどう聞くべきかも分からないからだ。
仮に何か事情を知っている人がいたとしても、正しい質問をしなければ求める答えは返ってこない。
そしてもう一つ、むしろこっちの方が大きい要因かもしれない。
ミキの誘惑だ。
図書館で何度もセックスしたことで、彼女のタガが外れてしまったらしい。
野外でのセックスすらためらわないようになり、隙があればいつでもどこでも俺を誘惑してくる。
しかも厄介なのが、彼女は自分が気持ちよくなることよりも、俺を堕落させることを最優先に行動するようになった。
俺のツボを完全に理解した上での誘惑だ。抗うのは用意ではない。
頼りになる味方だったはずの彼女こそが一番厄介な敵なのかもしれないと思う。
結局聞き込み調査も不発に終わり、次はループ現象そのものについて研究をすすめることにした。
出現した幽霊から逃げられないか。
見えない壁のどこかに抜け穴はないか。
様々なことを調べた。
その中でも一番苦しかったのは24時になったときの幽霊の出現の仕方を詳しく調べたときだ。
それを調べるということはつまり、そのループではセックスができないことになる。
当然ミキは大反対した。
あの手この手でセックスをしようとしてくる。全身全霊で俺を誘惑してくる彼女に抗う必要があった。
なんとか鋼の意志で耐えきって24時になったときには、もう俺の心は限界を向かえていた。
無論その次のループではそのまま電車でセックスして見えない壁に潰された。
さまざまな情報を集めてループの現象も調査した。
それでも何も解決できない。
取れる選択肢は徐々に少なくなっていく。
「今日も最高にハッピーな一日だね」
ラブホテルのベッドで、俺の横に寝転がる彼女は満足そうにしている。
「これからもずっと同じことを繰り替えすかもしれないことに恐怖はないのか?」
「サチくんとえっちできればそれで幸せだもん」
強がっている様子はない。ミキは本当に時間の牢獄を恐れていない。
俺もセックスのことばかり考えている。ミキに誘惑されたらホイホイとその誘いにのってしまう。
でも俺は彼女ほど単純にはなれない。
ループを抜け出したい。正常な時の流れの中で生きたい。
「次のループで行きたいところがあるんだがついてきてくれるか?」
「サチくんが行きたい場所ならどこにでもついていくよ」
俺の目的地がどこかも分からぬまま了承している。
また新しい場所ででセックスができるとでも思っているのだろう。
◆
ミキが『今日が最高にハッピーな一日になるように』と神社に願った時点からループが始まっている。
その願いが俺たちの状況となんらかの形で関わっていると考えるのは自然なことだ。
ミキ自身は俺とセックスをすることで最高にハッピーなっているから、最高にハッピーになることがループの解放条件ではないと主張している。
その主張も確かに正しいのだろう。
俺だってミキとセックスすることで最高にハッピーになれる。
でも俺たちがセックスをしてもループから抜け出さないことは嫌と言うほど証明されている。
となれば別の何かがあるかもしれない。
そう考えたとき、思い当たることはただ一つだ。
「……どういうこと?」
不満そうに尋ねてくる。
ご機嫌斜めなミキの視線の先にあるのは楠井製薬の本社だ。
「ミキのお父さんがこのループから抜け出す鍵になる。そんな気がするんだ」
「嫌だと言ったら?」
「一人で調べるだけだな」
「サチくんが調べるなら勝手にすればいい。でも私は協力しないから」
後ろを向いて反対側に歩いていく。
「そうなると当然、しばらくセックスはなしだな」
「……」
その足がピタっと止まる。
「協力してくれたら、次のループが始まってから終わるまでの間、丸々セックスに費やしてもいい」
「24時になるまで……じっくり?」
「あぁ、じっくりだ」
食いついた。
ここは更に畳みかけよう。
「いわゆるスローセックスってやつをしよう」
「スローセックス……くッ!」
悔しそうな顔を浮かべながら振り返る。
「私の負けだよ、サチくん」
両手をあげてギブアップのポーズをしている。
見事なまでの完全勝利だった。
◆
楠井製薬の本社に入るのは簡単だった。
俺たちはコソコソ忍び込むのではなく真正面から堂々と入った。
それなりにセキュリティはあるけれど、そんなセキュリティは全て顔パスでオッケーだった。
「凄いでしょ」
ふふんとドヤ顔をしている姿からは想像もできないが、ミキは間違いなく社長令嬢なのだ。
すれ違う社員たちに会釈しながら、悪びれもせずに歩いて社長室へと入った。
「誰もいないね」
「この時間の廉太郎さんは家にいるからな」
思う存分に調べることができる。
「こんな感じなんだね」
ミキが社長室の中を興味深そうに見ている。
反応からするに初めて入ったらしい。
「役立ちそうなものはないな」
部屋の中は実用的なものばかりだ。
本棚に入っている本も、楠井製薬の社長として必要だと思われるものがぎっしりと並んでいる。
「つまらない人間だね」
辛辣に言う。
その極端なまでに父親を嫌う様子に苦笑していると、ふと本棚の後ろにある壁を少し不自然に感じた。
「ここだけ白くないか?」
ちょうど本棚と壁の境目部分だけ際立って白い。その部分だけ陽の光に当たっていなければ、丁度こんな風になるかもしれない。
「まさか隠し扉!?」
嫌いな人の部屋に入ってテンションが下がっていたはずが、一転して目をキラキラと輝かせている。
「ほらはやく押そうよ、サチくん!」
腕まくりをしてやる気満々だ。
息を合わせて本棚を押した。
スライドすれば本棚があった場所には扉があった。
「まじか……」
どうやら本当に隠し扉だったらしい。
しかもご丁寧にロックしているようだ。扉の横には数字を入力するパネルがあった。
間違いなくこの扉の奥には何かがある。
「パスワードかぁ……」
「誕生日とかじゃないか?」
ミキがパスワードを2回入力する。
「違うみたい。お母さんの誕生日も外れだった」
「ミキの誕生日はどうだ?」
「あの人が私の誕生日を使うはずないよ」
「前に廉太郎さんの前でミキが自殺したとき、廉太郎さんは本気で取り乱していた。ミキの誕生日が設定されている可能性は十分にあると思う」
「うーん……そんなことないと思うけどなぁ」
言葉では否定しつつも何かを期待するように、恐る恐るパスワードを入力した。
扉は全く反応を見せない。
「そりゃそうだよね」
悲しんでいるようでもあり、安心しているようでもあった。
「そもそも誕生日をパスワードにするっていう発想が間違っているんだろうな」
「あっ! 分かったかも」
そう言ってミキが入力した数字は1130だ。
日付だとすれば11月30日になる。
「確か花子さんの……」
ミキが頷いた。
11月の最後の日という分かりやすい日だったから覚えている。
ミキの母親の花子さんが亡くなった日だ。
「やっぱり」
扉のロックが解除されたことを確認して、ミキがため息をつく。
呆れているようだ。
「鬼が出るか蛇が出るか」
扉の奥には一体何があるのだろうか。
全く予想できない。
そして扉を開いたその先に待っていたのは、地下へと続く階段だった。
「怪しさマックスだな」
「いかにも何か怪しいことしてますって感じだね」
階段の先は真っ暗だ。
降りることに躊躇はあったが、背に腹は代えられない。
「その辺に照明のスイッチはないか?」
地下の部屋に入って照明スイッチを探す。
暗すぎて何も見えない。
「あったよ」
ミキが灯りをつける。
眩しい。
徐々に目が光りに慣れてきて、部屋の中が見えてくる。
「うわぁ……」
俺たちは言葉を失った。
壁一面に写真が貼られている。
色んな場所で撮られた写真だ。1人しか写っていない写真もあれば、複数人が写っている者もある。だがその全てに共通するのは、ミキの母親である花子さんが写っているということだ。
数枚程度であれば何もおかしくはなかった。故人のことを偲んでいるのだと思えたはずだ。
壁を埋め尽くすほどに貼られた百枚近くある写真は異様と言うしかなかった。
「気持ち悪い」
ミキが吐き捨てるように言う。
本棚に並んでいるは英語で書かれた書籍ばかりで読めない。
机の上には何かの研究について書きなぐった紙が散らばっている。
文系の俺には解読不能だ。
ミキが写真だらけの壁から目を逸らして、あるものを発見した。
「なにこれ」
ガラス製の小瓶に黒くて細い糸が入っている。
「もしかしてお母さんの髪の毛……?」
遺髪だ。
それ単体であれば、珍しいことをするとは思うけれどそこまで不自然ではない。
だが妄執を感じる壁一面の写真が加われば話が変わってくる。
「本当に最悪だよあの人」
「まだ最悪には早いぞ」
「えっ?」
俺が指さした先にあるのは頑丈そうなゴツい扉だ。
表面は銀色のステンレスで、食品の倉庫にでも使われていそうな形状だった。
「開けてみるか」
「……うん」
緊張しながら重い扉を二人がかりで開ける。
中から冷気が零れてくる。
凍えるほどではなかったが、11月の服装でも寒いと感じるほどには温度が低いようだ。
俺たちは中へと足を踏み入れて、その光景に息をのんだ。
異様と言うしかない。
まず目に入ってくるのは透明な筒状の水槽のようなものに入った脳みそだ。
ケースの中は黄色くくすんだ液体で満たされており、その中心部に脳みそが浮かんでいる。
「なんだよあれ、本物か?」
「多分……」
近づいて確認しようと思えば他のものも目に入ってくる。
机の上に、もう一つ脳みそが置いてあった。
こっちは水槽の脳とは違ってむき出しのまま無造作に置かれている。
近くにある台の上には女性が横たわっていた。
一目見ただけで既に死亡していると分かる。
なぜならその頭頂部が切り取られているからだ。
「この人ってもしかして……」
「桧山さんだな。彼女が頭のない女になったのは、ここで脳みそを抜き取られたからだったのか」
机の上でむき出しになっている脳みそはまだ新しいように思える。
机には無数のガラス瓶や試験管があり、そこには様々な色の液体が入っている。状況を考えれば、このどれもが真っ当ではない薬なのだろう。
「多分こっちのむき出しの方が桧山さんの脳みそだろうな」
強引に脳みそを抜き取られて、しかもこうして雑に扱われている。
彼女にとっては最悪だ。
幽霊になってしまうのも当然かもしれない。
「じゃああっちの脳みそは……」
ミキが水槽の脳に近づく。
恐る恐る透明なケースに手を触れた。
「やっぱり……そうなのかな?」
この脳みそは誰のものなのか。
確証は持てないが、俺たちには一人の人物の名前が頭に浮かんでいる。
「状況から考えれば花子さんだろうな」
ミキの隣に立って水槽に触れる。
材質はガラスだった。
不愉快な光景を叩き割ってやりたい気分になる。
「お母さん……」
どう感じればいいのか分からない。そんな困惑した様子で脳みそを見つめている。
再会を喜ぶべきか。無残な姿になっていることを悲しむべきか。
「お父さんは何がしたいの?」
ミキが泣き始める。
その衝撃はどれほど大きいだろう。俺には分からない。
彼女は廉太郎さんとの間に壁を作っている。
でも無関心という訳ではないらしい。父親の凶行を知って泣いているのだから。
何て声をかけるべきか分からずに彼女の肩を抱きよせた。
脳みそのあった部屋を出て手前の部屋に移る。
手前の部屋は手前の部屋で一面に花子さんの写真が貼ってあって気持ちが悪いけど、脳みそ部屋よりはまだマシだ。
「ぐすっ」
少しでも心が安らかになればいいと鼻をすすりながら泣くミキの頭を撫でる。
しばらくしてようやく落ち着いた頃、階段を上がった先にある扉が、社長室にあった隠し扉が開いた。
まずい。
この部屋の特殊性を考えればここに入ってくる可能性がある人物はただ一人。楠井製薬の社長であり、ミキの父親である廉太郎さんだ。
「何をしている!」
異様な部屋の主である彼の顔は憤怒に燃えていた。
実の娘に対してさせ、犯罪者を見るような目で睨んでいる。
そして、彼の手には拳銃が握られていた。
「これには事情が――」
俺たちの言い訳を聞こうともせずに銃を撃ってくる。
脳天をぶち抜かれたらしい。
頭に衝撃がきたと思った瞬間、俺は意識を失った。
◆
「――ハッ!?」
寒いと感じて目が覚めた。
思わず額を触る。
何も傷がないことを確認して安心した。
「大丈夫か?」
隣にいるミキに元気がない。
仕方のないことだ。
「あの人にとってやっぱり私は憎むべき相手なんだね」
「そんなことはないと思う」
ミキが自殺したとき、廉太郎さんは本気で取り乱していた。
「あの人、私のことも躊躇なく撃ったよ」
「そうだったのか」
俺だけが撃たれたと思っていた。
「頭にパーンと一発撃たれて即死だった」
「俺も頭に撃たれたけど、廉太郎さんは射撃が得意なのか?」
「昔、海外で練習したって言ってた気がする」
廉太郎さんは何でもできる優秀な人で、非常に厄介な相手だ。
銃を撃ち慣れていて、しかも必要とあれば人を殺すことに躊躇いがない。
俺たちがループしていることに彼が深く関係していることは間違いないけれど、廉太郎さんと対峙するのは大変そうだ。
「今回は止めとこうか」
「何を?」
「スローセックス」
前回のループで楠井製薬を調査するかわりに、今回のループではスローセックスをすることになっていた。
でも最後にあんなことになってしまった。ミキもそういう気分にはなれないだろう。
だから善意で止めとこうと提案したのだが、
「は?」
ガチギレだった。
彼女と一緒に何度もループを繰り返してきたが、その中でも今最大級にキレている。
廉太郎さんのイカれた犯罪行為を見たときよりも怒っている。
「絶対にスローセックスするから!」
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