第19話 お墓でえっちは禁止だよ
今回の俺たちの調査対象は坂上神社の傍にある霊園だ。
やくり町は薬の町だったから、その影響で恨みをもった霊が眠っているのかもしれないと以前にミキが言っていた。
俺としてはそこそこ怪しいと睨んでいるのだが、ミキ的には気が進まないらしい。
「気味が悪いし止めようよ」
既に幽霊と縁がある俺たちだったが、それはそれとして夜のお墓には不気味な怖さがある。
でもここで立ち止っていても何も始まらない。調べられることは調べるべきだ。
「先に言っておくけど、今回は絶対ホテルでえっちするからね!」
「それはもしかしてフリか?」
「違う!」
そんなやり取りをしつつ目的の場所に辿りつく。
無縁仏だ。
墓石が小さい山のような形に積まれている。
「何回か前のループでサチくんにほのめかすようなこと言っちゃったけど、たぶん関係ないと思うなぁ」
「どうしてそう思うんだ?」
「なんとなく」
根拠のない発言ではあったが俺も同じ意見だった。
いざ目の前でこうして見てみると、この無縁仏にそれだけの怨念があるとは思えない。
「そもそもここに眠る人たちが関係するなら、どうしてこのタイミングでって感じだし。あの神社にお祈りしたのは私だけじゃないから」
確かに。
俺が知らないだけで過去にもループしていた人がいるのだろうか。
いや、そんなはずはない。
もっと本格的に調べるなら、墓を掘り起こす必要がある。
でもそこまでする必要があるとも思えないし、ループするとはいえさすがにそんな勇気は持てなかった。
「ちょっと疲れたし、あそこのベンチで休憩しないか?」
「ねぇサチくん」
ジト目で見てくる。
「お墓でえっちは禁止だよ?」
「まだ何もしてないぞ」
ギクッとしながら弁明する。
「そもそもセックス禁止なんて書いてないだろ?」
近くにある看板を示す。
犬の散歩やボール遊びは禁じられているが、セックスについては触れられていない。
「そんなのわざわざ書くまでもないから」
ミキがため息をついている。
「無理やりキスすればなし崩しでえっちできると思ってるでしょ?」
図星だった。
「ループの原因を調べたいはずなのに、私のえっちな気持ちを押しつけてごめんねって思ってたけど……サチくんも結構浮かれてるよね」
そうかもしれないと思った。
ループすればリセットされるし、傍にはミキが一緒にいる。
だから気が大きくなっていた。
「ごめん」
「分かればよろしい」
どうやら許してくれたらしい。
ホッと安心しているとミキがカバンから包丁を取り出した。
「もしもまたお墓でえっちなことしようとしたら刺すからね」
その目はガチだった。
俺の記憶しているだけでも既に2回刺し殺されている。
もう1回増えることぐらいで彼女は躊躇わないだろう。
「は、はは……」
「本気だから」
お墓では大人しくしていよう。
心に固く誓った。
その後、念のための霊園一帯をぐるっと探索したけれど特に何も発見できなかった。
俺たちは諦めて霊園を後にする。
霊園から出ると、ミキがようやく包丁をカバンに戻した。
ラブホテルに向かっている最中に、ふと疑問が生じる。
「そういえば」
「なに? ここではえっちしないからね」
再び包丁を取り出そうとしている。
「違う違う。落ち着いた場所でセックスしたいってのは俺も分かる」
一番深く快楽を感じられるのはそういう場所だ。
「じゃあどうしてミキの家は駄目なんだ?」
ミキの家は豪邸だ。
お手伝いさんも晩ごはんの片づけが終わったらいなくなる。
夜になればあの広い家には廉太郎さんとミキの2人だけしかいない。
昔の記憶と同じであれば、ミキの部屋と廉太郎さんの部屋はある程度離れている。
ミキの部屋でセックスをしてもバレるリスクは低い。
「言いたくない」
冷たい声でそう言った。
お墓でセックスをしたくないと怒るときでさえも、仕方のない男だなぁと呆れるフシもあったし、俺がセックスしたいと思っていることを喜んでいるフシもあった。
でも今の彼女の顔からは何も読み取れない。
「廉太郎さんのことか?」
ミキは返事をしない。
父親の廉太郎さんは鬼門なのだろう。
「ごめん、もう聞かないから」
「私の方こそごめんね」
気まずい雰囲気になりながらも俺たちは歩く。
目的地は当然ラブホテルだ。
普通のカップルなら、今日は気分じゃなくなったと解散する状況かもしれない。
でも俺たちは迷うことなくラブホテルへと向かう。
俺たちには『互いに互いがセックスをしたいと心の底から思っている』という奇妙な信頼感があった。
現にしばらくすればすっかり燃え上がってしまい、今回は絶対ホテルでするんだと決意していたミキがまた包丁を取り出すことになるのであった。
◆
セックスを終えて幽霊が出るまでのわずかな時間。
ミキが俺の手を握って告白する。
「お父さんといると嫌なこと思い出しちゃうから」
「花子さんのことか?」
ミキが頷いた。
母親である花子さんの死を彼女はずっと引きずっている。
「サチくんといるときとか、サチくんのことを考えているときには忘れられるんだ」
「そう言ってもらえると嬉しい」
落ち込んでいるミキを元気づけたくて、昔の俺はいつもミキをあちこちに連れまわしていた。
ガキの頃の俺の行動は無駄ではなかったということだ。
「サチくん……」
悲しそうに目を伏せる。
俺は彼女を己の胸板に抱き寄せた。
花子さんのことを思い出しているのか、俺の胸の中でシクシクと泣き始めた。
周囲に意識を向けると頭のない女が立っていた。
邪魔をするなよ。
そんな俺の想いは当然通じることはなく、また次のループに移行した。
「えっと……おはよう」
泣いたことを思い出しているのか、気まずそうに挨拶している。
俺は両腕を広げた。
「さっきの続きだ」
「……えっちするつもりでしょ?」
「違う」
真剣にミキに答えた。
煩悩まみれの俺でも我慢することはある。
俺たちは電車のソファーに座りながら抱き合った。
「ありがとう、サチくん」
電車の中で抱きしめあっていた結果、降りることを忘れて電車が発車してしまう。
見えない壁に潰されてループしてしまい、ミキに「さっきのループでえっちしてない」と怒られるのだった。
理不尽だ。
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