第18話 罰当たりなえっちも悪くない
それだけの容量がどこに入ったのかは分からないが、ミキはぺろっとスイーツを完食した。
ループを調べると言っても何を調べればいいのか。
彼女に良い考えがないかを尋ねたところ、「参考になるかは分からないけど」と言いながら一つの提案があった。
「私のループが始まる場所に行こう」
そう言って案内されたのは坂上神社だ。
文字通り坂の上にある。最近では地元の人が利用するぐらいで、ひっそりと存在している神社だ。
同じく坂の上にあるミキの家からは歩いてすぐの場所にある。
「神社でループか。電車でループする俺よりもよほどそれっぽいな」
「多分このループの原因というか切っ掛けは私なんだよね」
「どういうことだ?」
俺の問いには答えず、彼女は賽銭箱に小銭を入れて参拝する。
何を祈っているのだろうか。
「この神社って昔は縁結びの神社としてそこそこ有名だったんだって」
「へぇ、知らなかったな」
俺が物心ついたときには既に寂れた神社だったような気がする。
「だからあのときもお祈りした」
――今日が最高にハッピーな一日になりますようにって。
「でも結局上手くいかなくて落ち込んでたら、24時になって幽霊が現れて、気づけばまたここに……お祈りしているときに戻っちゃった」
「それはもしかして、最高にハッピーな一日にしたらループが終わるってことじゃないのか?」
ループの原因を突き止めるのは大変だと覚悟していた。
でも案外早く分かったかもしれない。
「実は私も最初はそう思ったから試してみたんだ」
「一応ミキも調べることは調べてるんだな」
「私だっていっつもえっちなこと考えてる訳じゃないよ」
「それは知らなかった」
「もう、サチくん!」
怒ったように肩を軽く叩いてくる。
「最初は何度も失敗しちゃったけど、ちょっとずつ修正を繰り返してようやく私はサチくんと初めてのえっちをしたんだ」
ミキは初恋の相手だ。でもその恋は既に吹っ切っていて、彼女に恋愛感情は抱いていなかった。
性欲をがっしり掴まれた今ならともかく、俺がミキを抱かないまま終わってしまうことも多かっただろう。
「最高にハッピーな一日が条件ならとっくに終わってるよ」
ミキは断言した。
その条件が本当だとすれば俺とえっちをしたときに絶対にループが終わったはずだと主張している。
きっと初めてのセックスは幸せなものだったのだろう。
相手は同じ俺ではあったが、そのときの記憶は俺にはない。
本当の彼女の初めてを奪った俺に嫉妬してしまう。
「だから私は、意地悪な神様が私の願いをおかしな形で叶えたのかもしれないって思ってる」
「どういうことだ?」
「何度も今日を繰り返してハッピーを重ねていく。そうすれば今日に体験したハッピーはどんどん増えていく。だからループするたびに新しいハッピーが追加されて最高にハッピーな一日になるの」
「それは……」
もしも彼女の説が正しいのだとすれば、俺たちにはループを抜け出す術がなくなってしまう。
永遠にハッピーを積み重ねるだけの今日を繰り返すことになる。
「あくまで私がそう思ってるだけってこと。そもそももっと別の理由でループしているのかもしれないし」
そこで思考停止してしまえば、本当にループの地獄に囚われてしまう。
原因が他にあると考えて動くしかない。
俺よりも先にループしていたミキのスタート地点だ。何かがある可能性は高い。
罰当たりではあったが神社の中に入って手がかりを探した。
「それっぽいのは何もなかったな」
神社の裏には谷がある。
柵を乗り越えて、崖の淵に座りながらため息をついた。
「そう簡単にはいかないよ」
「嬉しそうだな」
今回のループでの調査はもう諦めたと思ったのだろう。
セックスができると思っているのか随分と嬉しそうだ。
「はぁ」
ため息をつく。
崖の下を見れば、底には川が流れている。
ここから落ちたら即死だろう。
普通ならこんな危険な場所には座れない。何かあればお終いだからだ。
でも俺たちは死んでもやり直せる。
既に心のタガが外れてしまっているのかもしれないと思った。
「ここから飛び降りてみたら何か分かったりして」
「私が出した条件は忘れちゃったの?」
セックスがしたいと胸を腕に当ててアピールしてくる。
俺だってしたい。
「私たちにはまだまだ時間がある。次のループで調べればいい」
「確かになぁ」
急ぐ必要はどこにもない。
「だから……ね?」
「分かった。俺の負けだ」
「じゃあちょっと遠いけどホテルに――」
立ち上がろうとするミキの腕を引っ張り、その場で押し倒しながらキスをした。
「ちょ、ちょっとサチくん!?」
「ここでしよう」
「危ないよ?」
「俺たちには関係ない」
いやいやと俺の胸を押し返して拒否を示す。
でもそんなことは関係ないと唇を奪った。
「ダメだよ……」
既に押し返す腕に力は入っておらず、ミキは弱弱しく首を振って否定した。
「縁結びの神様の傍でセックスすれば、もしかしたら認めてくれるかもしれない」
「逆効果じゃない?」
「神様に俺たちの愛を見せつけてやろうぜ」
俺の発言が彼女の琴線に触れたようだ。
「折角ループしているんだから、普段ならできないセックスをしないと損じゃないか?」
「それはそうだけど」
「約束では場所を指定してなかっただろ?」
「むー」
ミキは反論できずにムッとした顔になる。
だが彼女が反論できないのは俺の意見が正しいからではない。
彼女も俺と同じく高ぶっているからだ。
「でも外の頻度が高くない?」
「案外俺にはそっちの気があるのかもな」
声を我慢しているミキの姿は色っぽいし、俺自身も声を我慢する必要があって、そのスリルで快楽が増す。
「えぇー、サチくんの変態」
ミキの罵声が気持ちいい。
「もう我慢できない」
ミキと身体を重ねようとして、中断した。
「どうしたの? えっちしないの?」
「人の気配がする。誰かそこにいるんだろ?」
神社の陰から2人の人物が現れる。
「あー、邪魔してごめんな」
健ちゃんと刑事の館山さんだ。
俺たちがセックスを始めようとしていたところを見てしまったのだろう。気まずそうな顔を浮かべている。
「こんなところに何の用?」
ミキが訪ねる。
セックスを邪魔されてご機嫌斜めのようだ。
彼らは返答に窮している。
目的は楠井製薬の闇を暴くことだ。それを社長の娘であるミキや、ぽっと出の男である俺に話すはずもない。
ミキを呼び寄せて、健ちゃんたちには聞こえない声でお願いする。
「今回のループではセックスを諦めて別々に行動させてくれないか?」
「嫌だよ」
「頼む! 次のループではすぐホテルに行ってセックスするって約束するから」
「……その次も」
「えっ?」
「その次もループしてすぐホテルに行くなら我慢する」
強欲な女だ。
でも納得してもらうためには仕方がない。
俺はミキと新しい約束を交わした。
2回分のセックスが確約されたことで上機嫌になったミキはスキップしながら自分の家に帰っていく。
さて、ここからが本番だ。
「健ちゃんたちは楠井製薬の闇を暴きに来たんだろ?」
「どうしてそれを――」
「昨日、この町にやってきて消息不明になった桧山さんさんという女性が関わっている。違うか?」
知るはずのないことを俺が知っている。
彼らは絶句していた。
◆
無事に彼らに同行することに成功した。
無理やりついていったとも言う。
「桧山さんの死体は楠井製薬の敷地の中にある……か」
神社から歩いて少ししたところに楠井製薬の建物がある。
薬の製造は別の工場で行われているのだが、ここは本社としての機能と研究所としての機能を備えている。
楠井製薬の中核を担う場所に、人間の死体が眠っていることなどあり得るのだろうか。
「ここ数年、やくり町に来て行方不明になった女性が何人もいます」
館山さんが楠井製薬の会社を睨むように見ながら説明する。
「初めは偶然だと思われていました。でもこうも続けて起きれば怪しいと言わざるを得ません。しかも、そのどれもが同じ時期に行われています」
「それが今の時期ということですか。でもどうしてこの時期に?」
「カカシ祭りがあるためだと私は推測しています。カカシ祭りを目的に観光しにくる女性が増えますし、死体を運んでもバレにくいからではないでしょうか」
夜中に人の死体を運んでいたとしても遠目に見ればカカシとの区別はつかない。
「でもだからって何のために死体を?」
「それはまだ分かりません。人体実験にでも使っているのでしょうか」
やくり町に来た桧山さんは、楠井製薬に捕まって、危ない薬の実験をされて死んでしまった。
その恨みで幽霊となってしまったということだろうか。
「来ました」
建物の裏から3人の男性が出てくる。
目出し帽を被っていて顔は見えない。
いかにも怪しい風貌の彼らは一人の人間が入りそうな黒い袋を抱えていた。
こそこそと傍にある森の中へと入っていく。
「尾行します」
バレないように静かに後をつければ、しばらくして男たちが止まる。
乱暴に黒い袋を地面に落とした。
彼らは大型のスコップを持って地面を掘り始める。
「いつもこんなことさせられてたまったもんじゃねえよ」
「そう言うなって。社長に逆らう訳にもいかないだろ?」
「死体を埋めるのは俺たちの仕事じゃないはずなんだけどなぁ」
桧山さんの死体を埋めるための穴を掘っているらしい。
もしかしたら他の消息不明の女性の死体も近くに眠っているかもしれない。
それを見つけることができれば、決定的な証拠になるだろう。
横にいる館山さんもついに見つけたと目を輝かせて、彼らを見ている。
――ガンッ。
後頭部に強い衝撃。
後ろには目出し帽を被った男たちがいた。
大きなスコップでぶん殴られたようだ。
どうやら警戒すべきは3人だけじゃなかったらしい。
「が、ぁ」
健ちゃんがしくじったと言っていたのはこれのことだったのか。
そして俺は意識を失った。
◆
「約束、守ってね」
電車で隣に座るミキが嬉しそうに言う。
「あ、はい」
彼女の圧に負けて、俺は頷くしかなかった。
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