第16話 隣には愛おしい人がいる
体感的には長い長い時間をかけて、俺たちはようやくラブホテルにたどり着いた。
早くヤりたいとそわそわしながらフロントにあるパネルで部屋を選ぶ。
空いている部屋はいくつもあったから、とくに深く考えずに303号室を選ぼうとした。
「301号室にしようよ」
「えっ? まぁ別にいいけど」
このラブホテルには何室かカラオケができる部屋があって301号室はその一つだ。
中に入るとミキは部屋の様子を見渡していた。
「301号室ってこんな風になってるんだね」
初めてラブホテルに来た……というよりは、かつて来た他の部屋と比較するかのようだ。バスルームの仕様が違うらしく驚いている。
ミキは特に緊張した様子もなく、コートを脱いで備え付けのハンガーにかけた。
さて、早速セックスをしよう――
「カラオケしよう!」
「えぇ……」
カラオケはカラオケで楽しいのかもしれないが、そんなことよりセックスがしたい。
とにかくミキとヤりたい。
「この部屋に来るのは本当の意味で初めてだから……ね?」
可愛くおねだりしてくる。
そう言われたら俺としても妥協せざるを得ない。
「少しだけだぞ」
「やったー!」
カラオケのモニターを見ながら、ソファーに座って歌う。俺は彼女の隣に座って合いの手係だ。
彼女が選曲したのは俺でも知っているポップで明るい恋愛ソングだ。
サビで『あなた』と『あたし』という表現がある部分で、歌詞にあわせながら俺とミキを交互に指差ししている。可愛い。
歌い終わって採点結果が表示されると94点だった。
「凄いな」
「そうかな? えへへ。サチくんも歌う?」
「俺はいいよ。ミキの歌を聞いていたい」
気分をよくしたのかすぐさま次の曲を歌い始める。
さて、と。
1曲目は普通に歌うことを良しとしたが2曲目は違う。
気持ちよさそうに歌う彼女の胸に手を伸ばした。
「えっ?」
動揺しつつもモニターを見て歌い続けている。俺に揉まれても続行することを選んだらしい。
そっちがその気なら俺だって遠慮はしない。
身体のあちこちにキスしたり、それ以外にも色々した。
どれだけ邪魔をされようとも、ミキはなんとか最後まで歌いきったが、その採点結果はなんと70点だ。
90点超えを出せる彼女にとってはあり得ない数字だろう。
「酷いよもう」
荒くなった息を整えながら文句を言っている。
でも言葉とは裏腹に嫌がる様子はない。
そもそも本気で嫌なら押しのければいい話だ。
俺が悪戯していたときも手で庇うような動きはしていたけれど、それはあくまでポーズでしかなかった。
性懲りもなく次の曲を選ぶミキに呼びかける。
「なぁミキ」
「なに?」
言いたいことが分かっているのだろう。
俺に身体を寄せながら上目遣いで見つめてくる。
「もう我慢できない」
「うん」
ソファーの上でミキを押し倒した。
ミキが選んだ3曲目のイントロが流れている。
その曲はAKB48の『ヘビーローテーション』だ。
可愛らしいアイドルソングをバックに俺たちは熱いキスを交わした。
「まさにヘビーローテーションだな」
ヘビーローテーションという単語は、同じことを何度も繰り返したりするときに使われるものだ。
好きな曲をヘビロテするとかそんな感じに使われる。
俺たちがこれからどうなるかは分からない。
ループから抜け出す条件も未だ不明だ。
でもしばらくは、ミキとのセックスをヘビロテしたいと思った。
紆余曲折あってのセックスだ。
たくさん愛し合いたい。時間をかけて、よりよいセックスにしたい。
だから実際に本番行為に移る前にもしっかりと時間をかけたいと思っていた。
でもどうやら、燃え上がっている俺にはわずか一曲程度の忍耐力しか残されていなかったらしい。
カラオケの曲が終わると同時に立ち上がる。
ベッドの傍に置いていたカバンの元まで移動した。
リップクリームを取り出そうとして、今回のループでは購入していないことに気づく。
リップクリームを塗ることは諦めて、カバンのポケットからコンドームを取り出しそうとしていたとき、ミキにベッドに押し倒される。
俺はベッドで仰向けになり、その上には四つん這いのミキが乗っている。
この体勢だと余計に胸が強調されてセクシーだ。
下から見える乳を揉みしだきたい欲求にかられながらも、今はまずはコンドームだと右腕をカバンへと伸ばす。
その右手をミキが左手で握った。
「まだ焦らすのか?」
「違うよ」
「だったら――」
早くヤリたい。今すぐにでもヤリたい。
だからコンドームをつける必要あがる。
「つけなくていいよ」
「いやそれは――」
「だって、する必要ないでしょ?」
確かにそうだと思った。
俺はまだ大学生だ。もしも子どもができてしまえば色んな人に迷惑をかけてしまう。
だからセックスをする際にはコンドームをつけなければならないと思い込んでいた。どれだけ避妊に気をつけたところで100%にはならないかもしれないが、それでも可能な限り注意することは男としてのマナーだ。
だからコンドームをつけることに何の疑問も抱かなかった。
一種の固定観念かもしれない。
普通であればその固定観念は必要なものだろう。でも今の俺は普通ではない。
俺は何度も今日をループしている。
ミキを抱けば幽霊が現れて、またスタート地点に戻る。
だからゴム無しでヤッたところで、それは全てなかったことになる。避妊を気にする必要は全くないのだ。
「早くしようよ」
「ひゃっ」
耳元で囁かれて変な声が出てしまう。
「ほんとサチくんは耳が弱いよねー」
彼女の言う通り、俺は耳が弱い。
こそばゆい感覚が俺の中のスイッチを押す。
ついに我慢できなくなって、ミキと身体を重ねた。
◆
裸の俺たちはベッドで向き合うように横になりながら手を繋いでいた。
「今ね、すごく嬉しいんだ」
ミキは笑いながら涙した。
悲し涙ではなく、嬉しさが溢れたものだ。
「私はサチくんがどうなれば気持ちよくなれるかをよーく知ってる」
俺がミキとのセックスを最高に気持ちいいと感じたのは、単なる相性だけでなく別に理由があった。
処女だから経験はないと思っていた。でも違った。
彼女は処女でありながら経験豊富だったのだ。
「それでいいと思ってた」
最高の快楽が彼女の経験によるものだと知って、俺はむしろ嬉しいと思った。
ミキは天然の運命の相手ではなかったのかもしれない。
でも努力と積み重ねによって、彼女は俺が運命の相手だと思ってしまうほどの存在になったのだ。
「それだけで私は幸せだった」
悲しそうに微笑んでいる。
俺は身体を寄せてミキに近づき、抱きしめた。
互いに何も着ていないから肌と肌が密着している。触れた部分から伝わってくる熱が心地よい。
そして俺はミキにキスをした。
濃厚なキスをして唇を離す。近距離で見つめ合った。
「私がどんなキスが好きかをサチくんが覚えてくれている。そのことがたまらなく嬉しい」
彼女はもう隠すつもりもないらしい。
でも今回のループでは何も問うまいと思った。
ミキは真相を話すことよりも先に俺と繋がることを選んだ。だから俺もそれに応える必要がある。
はちみつの匂いがした。
どうやらあの幽霊が現れたらしい。ミキもそれに気がついたようだ。
でも今は幽霊なんてどうでもよかった。
もう俺の視界にはミキしかいない。
2人だけの世界で、再び口づけを交わした。
◆
「――ハッ!?」
寒いと感じて目が覚めた。
「おはよう、サチくん」
訳の分からないループだ。
いつも電車で目を覚ます度に、心細くて頭がおかしくなってしまいそうだった。
でも今は違う。
隣には愛おしいパートナーがいる。
「おはよう、ミキ」
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