第13話 理不尽への怒り
「――ハッ!?」
寒いと感じて目が覚めた。
「……くそっ!」
何をやってるんだ俺は。
幼馴染の女の子を恐れて無我夢中で逃げ出した結果、周囲に意識を向けられずに車に轢かれてしまった。
車に轢かれるのはこれでもう2回目だ。
ループしていなければとっくに俺の人生は終わっている。
「ミキはどの時点で俺を尾行しているのだろうか」
気づけなかっただけでミキは俺を尾行している。
電車からホームに降りながら考える。
乗ってきた電車を見回しても車両の中に彼女はいない。
ホームや構内にもその姿は見えない。
駅から出た後、俺のことをつけているのだろう。
「くそッ!」
ループという檻に閉じ込められ、ミキというセックスを気持ちいいけど恐るべき女に監視され、挙句の果てには気持ち悪い幽霊に襲われて、俺は散々な目にあっている。
「ムカついてきた」
どうして俺ばかり苦しい目に合わなければならない。
こんなの理不尽だ。
俺は何も悪いことはしていない。
5年ぶりにこの町にやってきただけだ。
なんでこんなことになっているんだ!
「ミキは何かを知っているはずだ」
駅から出て真っすぐ、ある自転車の元に向かった。
隣町に行こうとしたときに使ったママチャリだ。
再び鍵がかかったままの自転車を拝借する。
自転車ならミキも撒けるはずだ。
行き先ははっきりしている。
土地勘はなくしてしまったけれど、今から行く目的地にたどり着くためのルートだけは覚えている。
幼い頃に何度も訪れた場所。それは――楠井ミキの家だ。
真っすぐ行けばバレてしまうかもしれない。
少しだけ迂回しつつ坂道をのぼる。
彼女の家は坂の上にあり、町の中でも一番大きい家だ。ちょっとした屋敷のようになっている。
「この坂きついな」
昔は簡単に自転車で登っていた気がする。
筋力はむしろ増えているはずなのだが、気力の問題なのかもしれない。
坂を登りきると視界にミキの家が見える。
がっちりした塀で囲まれているし真正面にはどでかい門が侵入者を防がんと閉じている。
子どもの頃は無邪気に遊びに行っていたが成長した今となってはかなり入りづらい。心理的な壁があるように感じた。
「あの頃のままなら確かあっちの方に回れば……」
ぐるっと回り込めば裏門が見えてくる。
この裏門はかんぬきをさしているだけで鍵がかかっていなかった。
田舎特有の無防備さだ。
楠井家のような一番大きな家であっても裏門には鍵がかかっていなかったりする。
「今も同じみたいだ」
少し錆びている裏門を静かに開けながら懐かしい気持ちになる。
よくこの裏門から忍び込んで半ば強引にミキを外に連れまわしていたものだ。
大人たちからすればきっと俺はクソガキだっただろう。でもあのときの俺はきっと無敵だった。
「お邪魔しまーす」
誰にも聞こえないように静かに呟きながら侵入する。
ある意味、今の俺も無敵なのかもしれないと思った。
何をしようがどうなろうが死ぬか24時になれば俺はまたループする。不法侵入で捕まったとて、俺には何のリスクもない。せいぜい数時間大人しくしていればまた元通りだ。
家の中に入る。
記憶との多少の違いはあるものの、大体の作りは変わっていないと思う。
誰にもバレないようにミキの部屋へ行こう。
スニーキングミッションだ。
楠井の家は大きい。とてもじゃないがミキと彼女の父親2人だけでは管理しきれない。
だからお手伝いさんが雇われている。
当時も2人の家政婦がいたが、今も同じ程度の人数がいると考えるべきだ。
「やべっ」
人の気配を感じて隠れてやり過ごす。
バレないようにその人物の姿を覗いたら懐かしい人物がいた。
田中さんだ。
当時からここで働いていた家政婦である。悪戯ばかりしていた俺はよく彼女に怒られていたものだ。
田中さんが奥へと歩いていく。
向こうにいたもう一人の家政婦と何やら話し込んでいる。
どうやら廉太郎さんは昨日遅くまで仕事をしていたらしく、今は彼の部屋で眠っているらしい。
家政婦は世間話に夢中だ。廉太郎さんは眠っている。ミキは外にいる。
今がチャンスだ。
静かに急ぎながらミキの部屋へと向かう。
誰にも見つからずに目的地にたどり着き、静かに部屋の中に入った。
「ふぅ」
この中にいれば家政婦が勝手に入ってくる確率はかなり下がる。
不審な物音さえ立てなければバレずに探索できるはずだ。
俺は久しぶりに入るミキの部屋を見回した。
「あんまり変わってない気がするな」
部屋の雰囲気はかつてと変わっていない。
大人っぽくなってはいるけれど、全体的に可愛らしいインテリアで統一されていた。
ベッドの枕元に一体の人形がいる。
その人形は少し黒ずんでいた。
「懐かしいな」
ベッドの上に座って人形を手に取りながら昔のことを思い出す。
今は潰れてしまったらしいが自転車で50分ほど走った場所にあったゲームセンターのUFOキャッチャーで獲得した人形だ。ミキが好きなキャラの人形で、とってあげたら物凄く喜んでくれたことを覚えている。
こうして大事にしてくれているなら頑張った甲斐があるというものだ。
木製のベッドの上には花柄の布団がのっている。
ベッドは四本足になっていて、台の下には収納スペースがあるが特に物は入っていない。部屋が広いからわざわざ収納スペースを使う必要もないのだろう。
本来なら机の引き出しの中といった場所を優先的に調べるべきなのだろうが、フラフラと引き寄せられるように布団を持ち上げてベッドに横になった。
「あぁ~」
気持ちいい。
きっと高級なマットレスを使っているのだろう。柔らかさと弾力のバランスがよくて寝心地が抜群に良い。
俺が使っている安物のマットレスとは大違いだ。
うつ伏せになって枕に顔を押し当てた。
「ミキの匂いがする」
シャンプーやリンスの石鹸のような匂いと彼女自身の匂いが混ざっている。それを嗅いでいると気持ちが高ぶってしまう。
興奮してくる。
自分でも俺の心はどうかしていると思う。
ミキに怯えているのにミキを抱きたいという気持ちも同じくらい溢れていた。恐怖と性欲の二律背反だ。
「ミキ……」
布団を被っているとまるで彼女に包まれているような気分になる。
大きな胸に顔を挟んで抱きしめてもらったときの温かさを思い出した。
「――ハッ!?」
危ない。寝てしまうところだった。
仮に寝てしまったところで次のループでまた調べればいいのだけれど、それはそれとして調べて回ろう。
机のまわりに何か重要な記録はないだろうか。
「これは……日記か?」
DIARYと書かれた可愛らしい日記帳がある。
読んでもいいのだろうか。
日記帳はプライベートそのものだ。
面倒くさがりだから日記は続かなかったけれど、俺も一時期は日記を書いていた。思うがままに好き勝手書いていたから、親しい友人や家族にすら見せたくはない。
でも逆に言えば日記帳を見れば、その人の考えが分かるということだ。
ごくりと唾をのみ込んだ。
後ろめたい気持ちがして周囲をきょろきょろと見回す。
誰もいないことを確認してから恐る恐る日記帳に手を伸ばした。
彼女が今年感じたことや思ったことが日付ごとに記載されている。
色んなペンを使ってカラフルに、ちょっとした絵も交えながら彼女の想いが書かれている。
結構真面目なことも考えているんだなとか、意外と悪口も言ったりするんだなとか、そんなことを思った。
ミキの知らない一面を垣間見ることができて嬉しい。
「でも、それだけだな」
彼女が凶行に及んだ理由を日記から読み取ることはできない。
日記にあるのは一人の女性の可愛らしい人生だ。
包丁で人を突き刺す要素など何一つ存在しない。
日記を読み進めていくと、あるときから俺に対する言及が増えている。
健ちゃんが俺たち3人でミキの誕生日に飲み会をしようと発案した日からだ。
ページをめくればめくるほどミキの真剣で甘酸っぱい想いが伝わってくる。
俺はミキに2度も殺された。
彼女のことを恐ろしいと思う。
でも同時に愛おしいという気持ちもある。
その愛おしさは日記を読むほど強まっていった。
やがて11月10日のページにまでたどり着く。
そこにはこう書かれていた。
『明日が最高にハッピーな一日になりますように』
今の俺にとっては地獄のような一日も、彼女にとっては希望の一日なのだと知った。
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