第12話 町中の逃亡

「――ハッ!?」


 寒いと感じて目が覚めた。

 恐る恐るスマートフォンを確認する。

 頼む。12日であってくれ。

 だがそこに表示されていた日付は無情にも11月11日だった。


「どうしろって言うんだ」


 24時になったら顔のない女が現れて俺を殺してしまう。

 途方にくれながら駅を出る。

 駅員カカシの姿が目に入った。


「お前もあと何時間かすれば顔が取れちまうんだぜ?」


 人形であるカカシには未来を防ぐ術がない。

 人間である俺であっても、この理不尽なループから抜け出す術はない。

 行き先もなくフラフラと歩く。


「俺に明日はこない」


 このループにはいくつかのルールがある。それがもう一つ判明した。

 ・境界には俺だけが通れない見えない壁があってやくり町から出られない

 ・俺が死ねばループする

 ・ミキとセックスすると幽霊が現れて殺されてループする

 ・24時になると幽霊が現れて殺されてループする

 こうして列挙すると糞みたいな条件だと思う。


「最悪だ」


 逃げ続ければ明日が来るかもしれないと思っていた。

 でも明日は来なかった。

 俺は今日という牢獄に囚われている。

 このままでは永遠に今日を繰り返すことになるかもしれない。

 ゾッとする。

 人は未来に向かって生きる。でも俺にはその未来が存在しないのだ。


「このままじゃダメだ」


 平凡な大学生として怠惰な毎日を過ごしていた。

 俺の明日に大した価値はないかもしれない。

 それでも俺は明日を迎えたい。


「やっぱりミキだよなぁ」


 この町に来てから一番不可解な動きをしているのはミキだ。

 そして健ちゃんたちが言う楠井製薬の闇。

 きっとミキが何らかの鍵を握っている。


「どうしてミキは俺の居場所が分かったんだ?」


 図書館にいたときも、武夫叔父さんの家にいたときも、健ちゃんの家にいたときも居場所を突き止められた。自殺男を止めようとして電車に轢かれたときも俺の居場所が分かっていたようだ。

 考え事をしながら歩いていると半身の潰れたカラスが目に入った。


「お前と会うのは何度目だろうな」


 車に轢かれたカラス。

 カラスは頭がいいし警戒心も強い。他の野生動物に比べても車に轢かれる割合はそう高くない。

 でもこのカラスはどんくさかったようで哀れにも轢かれてしまった。


「俺もこのカラスのことを笑えないな」


 俺は軽トラに轢かれた。

 この狂った状況に巻き込まれたせいで轢かれることになったのだが、一方でこの狂った状況にいるからこそ、車に轢かれてもまた元の時点に戻ることができている。

 複雑な気持ちだ。


 カラスの死体はジッと俺を見ている。

 一つになった目玉は何を訴えたいのだろうか。


「見られている……か」


 ハッとした。単純なことだ。

 居場所を突き止めるのに特殊な力は必要ない。

 俺のことを尾行すればいいだけだ。

 もしかして今も彼女は俺をつけているのか?

 立ち止まり、深く深呼吸をして振り返った。


「いないな」


 通行人はいるもののミキの姿はなかった。

 考えすぎか?

 頭をひねりながら再び歩き始めた。

 交差点にたどり着いたとき、左の道を少し進んだところに女性が立っているのが見えた。

 一瞬ドキッとしたがすぐに様子がおかしいことに気がつく。

 近づいて見ればその理由がハッキリした。


「またカカシかよ……」


 人気アニメのキャラクターを模したカカシだ。

 当然許可はとっていないだろうし、クオリティはあまり高くない。

 服の色合いでなんとかそのキャラだと分かる程度だ。


「もうカカシは勘弁してほしい」


 だが今日はカカシ祭りの期間だ。

 今日から抜け出さない限り、俺はずっとカカシを見続けなければならない。

 命のない人形だ。

 明日の来ない俺もこのカカシと同じようなものかもしれない。

 生きていると言える状態ではない。


「このカカシ可愛いと思うけどなぁ」

「どこがだよ」


 かなりデフォルメされていて間抜け顔だ。

 目なんて黒い糸をぐちゃっと丸くしただけのものをくっつけている。

 その間抜けさが逆に可愛いく感じるのだろうか。


「――えっ?」


 隣にミキがいた。

 自然に話しかけてきたから自然に返事をしてしまった。

 どうして。いつの間に。

 そんな疑問が脳内にぐるぐると浮かんでは消えた。


「うわああああ!?」


 俺は全速力で走った。とにかく逃げ出したかった。

 町中をあっちやこっちに走る。

 土地勘がないから今どこにいるのかすら分からない。

 でもそのお陰でミキを撒けたはずだ。


「はぁ、はぁ……」


 どれだけ走っただろうか。

 息が苦しい。足も震えて悲鳴をあげている。

 もう限界だ。

 立ち止まって壁に手をついて呼吸を整えた。

 これからどうしようか。

 思わずミキから逃げ出したはいいものの、これからの展望がまるでない。


「いきなり走ってどうしたの?」

「なっ!?」


 あれだけ走ったのにどうして?

 いや、違う。久しぶりに戻ってきて土地勘のない俺と違って、ミキはどの道がどこに通じているかを分かっている。だから先回りできたのだ。

 無駄に何度も曲がったりするよりも、むしろ真っすぐ走る方が正解だったかもしれない。


「くそっ!」


 単純な走るスピードなら俺の方が上だ。

 限界間近の肺を酷使しながら再び走り出す。


「あっ、サチくん」


 彼女の声を無視して逃げて――俺は横から飛び出てきた車に轢かれた。

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