第9話 懐かしい部屋
図書館でミキに殺された。
いつもの時点に再び戻った俺は、ただただ楠井ミキという幼馴染に怯えるしかなかった。
童顔で巨乳の女の子だ。
少し控え目ではあるが笑った顔が可愛い女の子だ。
セックスの相性は抜群によくて、処女なのにめちゃくちゃ気持ちいい。
理想的な女の子だったはずだ。俺の運命の相手だったはずだ。
だが――彼女は俺を2度も殺した。
その笑顔の裏で一体何を考えているのか。
もしかしたらあの最高のセックスの裏で俺を殺す算段をつけていたのかもしれない。現にセックスをした後すぐに頭のない女が現れて俺は殺されたのだ。
「楠井ミキが恐ろしい」
俺はあの女に呪われているのかもしれない。
なぜこうしてループしているのかは分からないが、俺はミキに命を狙われているのだ。
夜の図書館は本来、ミキに見つかるはずのない場所だった。だが彼女は俺を探し当てた。
考え方を変えるべきだ。
彼女に見つからない場所に隠れても意味がない。見つかっても問題のない場所に隠れるべきだ。
だとすれば頼れるのは武夫叔父さんだ。
「お願いします! 俺をこの家に匿ってください!」
「別に構わないけど、いったい何があったんだい?」
「それは……まだ言えません」
到底信じられない内容だから、事情を話すことはできない。
しかも武夫叔父さんは楠井製薬に勤めていて、ミキのことを社長の娘として可愛がっている。彼女がサイコパスな殺人鬼の可能性がありますだなんて言えるはずがない。
「幸男くんの部屋があった場所を片づけてきてくれるか?」
叔父さんが聡子さんに部屋の片づけを頼んだ。
それはつまり願いを叶えてくれるということだ。
「ありがとうございます!」
胸がジーンとする。
無茶なお願いをしていることは自分でも分かっていた。
理由もなく突然匿ってくれと言われたら誰だって困惑するはずだ。
それなのに武夫叔父さんは拒絶しなかった。
「君に何があったのかは分からない。きっと深い事情があるんだと思う。今は何も聞かないでおく」
良い人だと思った。
甥っ子の頼みだからといって普通は嫌がるだろう。
でも彼は嫌な顔一つ見せずに受け入れてくれた。
このやくり町は呪われていて、最悪な町だと思っていた。
でもこうして俺に親身になってくれる人もいる。
「いずれ落ち着いたら話してほしい」
今日のことが笑い話として話せるようになればいいと思う。
そのためにもまずはこの家に閉じこもってイカれた今日を乗り切ってみせる。
しばらくすると片づけが終わり、俺が昔住んでいた部屋に入らせてもらった。
「案外、変わってないな」
俺の家族が出ていくのと入れ替わるようにして武夫叔父さんたちがこの家に越してきた。だから大きな家具はそのままにしているものもあり、俺のベッドや机なんかは置いたままになっている。
部屋の中の様子は俺が暮らしていた当時と大きな違いはなかった。
「懐かしいなぁ」
勉強机に座りながら呟いた。
中学を卒業して東京に行くまで、この部屋は俺の部屋だった。
昔のことを思い出す。
浮かんでくるのはミキや健ちゃんと遊んでいた記憶ばかりだ。
「外出を禁止されたこともあったっけか」
ミキが彼女の母親を失った後、俺は毎日のようにミキを連れまわした。
その行動は俺の親にとっては褒められたものではなかったらしい。楠井製薬というのはこのやくり町で唯一の稼ぎ頭だ。
田舎町でありながら一定以上の町民サービスを受けられているのは、楠井製薬から支払われる巨額の税のお陰だ。また、楠井製薬で働いて給料を得ている町民も多い。
この町は楠井製薬によって成り立っている。だから俺の親は楠井家と必要以上に距離をつめることを恐れていた。下手に近づいて虎の尾を踏むよりは、遠巻きに見ながら恩恵にあずかりたいのだ。
だから楠井社長の一人娘であるミキを、しかも母親を失って傷心の彼女を必要以上に連れまわす俺の行動が気に入らなかった。
その結果、母親から外出禁止令を出されてしまう。
「バレないようにこの窓から脱出したんだよなぁ」
2階にあるこの部屋の窓から外に出ていた。
今思えば危険なことをしていたと思うが、子どもにとってはそんな無茶もスリルの一つに過ぎない。
何度か繰り返している内に近所の人に見つかってしまい、親からは大目玉をくらったけれど。
懐かしい思い出だ。
周囲を見渡す。窓から見える景色は昔とほとんど変わらない。
東京では一年も経てば違うお店や建物ができていたりして、その景色は目まぐるしく変わっていく。でもここでは時間の流れが緩やかだ。
「ッ!?」
ミキがこっちを見て立っていた。
なんでお前がそこにいる!
俺と目が合ったことに気がついたのか、手を振っている。
田舎町のゆるやかな時の流れに思いを馳せていたのにミキのせいで台無しだ。
慌てて窓をしめて施錠する。
ベッドを部屋の扉の前に移動する。
これで外部からこの部屋に侵入する手段はない。
「ふぅ」
ここは安全地帯だ。心が落ち着く。
ベッドの上に寝転がった。
◆
ドアをノックする音で目を覚ます。
「僕は仕事で出なきゃならない」
いつの間にか眠っていた。現在時刻を確認すると21時を過ぎている。
武夫叔父さんは今から仕事らしい。
会社に呼ばれたらどんな時間であっても出ていく社会人には頭が下がる。
「何かあれば聡子を頼ってくれ。今日は誰が来ても中に入れないように伝えてある。だから安心して眠ってほしい」
本音を言えば叔父さんにも家にいてほしい。
そっちの方が安心できる。
でも俺のワガママで引き留めることはできない。
「また明日、思い出話でもしようじゃないか」
「是非よろしくお願いします」
明日が来れば俺はきっと笑って全てを話すことができる。
理不尽な『今日』とはおさらばだ。
再びベッドに横になって目をとじた。
目が覚めたときにはきっと明日になっているはずだ。
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