第6話 やくり町にさよならを告げる
「――ハッ!?」
寒いと感じて目が覚めた。
慌てて周囲を見回す。
俺は電車の中にいた。
開いた扉から見えるホームの案内には『やくり駅』と書かれているし、信号トラブルで停止中だというアナウンスが流れている。
スマートフォンを確認すれば、時刻は11月11日の17時10分と表示されている。
「やっぱりか」
俺は既に今日を体験している。しかも一度じゃなくて二度も、だ。
俺が夢だと思っていたのは夢じゃなかったのだ。
今回は頭のない女のこともはっきりと覚えている。
ミキと野外でセックスした後、頭頂部を切り取られた女の幽霊が出現して襲われた。痛みを感じる間もなかったけれど、頭を鷲掴みされて潰された。幽霊に殺されたのだ。
なぜこんなことになっているかは分からない。
でも2回の経験で判明していることは、ミキとセックスした後に頭のない女が現れて、それに殺されたらこの電車の中に戻って再び11月11日の夕方から再スタートするということだ。
「ふざけんな」
見覚えのある空を睨みつけながら吐き捨てた。
楠井ミキもやくり町もきっと呪われている。
こんなところにいてられるか。
俺は改札には向かわず、そのまま反対側の電車を待った。
17時24分発の電車がホームに到着する。
呪われた町から立ち去るために躊躇なく乗り込もうとして、俺の足は止まった。
本当にいいのか?
心のどこかで疑問が生じる。
確かに電車に乗れば頭のない女とは無関係でいられるはずだ。何度も同じ時間を過ごすこともなくなる。でも同時に、それはミキとセックスしないことを意味する。
ミキを運命の相手だと思ったことに間違いはない。それだけ気持ちがよかった。
頭のない女に殺されることを覚悟すれば、何度もあの快楽が味わえるかもしれない。
何度も今日を繰り返して何度もセックスができる。
何百回でも何千回でも、いや何万回だって楽しめるはずだ。
後ろ髪をひかれる思いだった。
だがそれでも、鮮明に記憶された、憎悪と怒りが込もったあの女の目が俺の足を動かした。
恐怖が性欲を抑えつける。最高の快楽は最悪の恐怖に敗北した。
電車に乗り込めば同じ車両には一人の男性がいた。
車両の角に座っている男性と目が合う。まるで逃げることを咎められているような気がした。単なる被害妄想だ。
彼とは車両の対角に位置する場所に座った。
すぐに電車は発車する。
電車に揺られながら、健ちゃんに「今日は行けなくなった」とメッセージを送る。
ドタキャンになってしまうのは申し訳ないが背に腹は代えられない。
電車は次の駅に停まり、やがてすぐまた出発した。
この『戸成駅』から出てしばらくすれば隣町になる。やくり町との境界はあと僅かだ。あの幽霊がやくり町を恨んでいるのだとすれば、もうすぐ俺はそこから離れられる。
窓の景色を見ながら『今日』のことを思い出す。最悪も最高もどっちもあった。最高の思い出は忘れがたい。落ち着いたら今度はミキを東京に呼んでもいいかもしれない。
スマートフォンの着信音が鳴る。健ちゃんが返事をくれたようだ。
その内容を確認しようとしてスマートフォンを持ち上げた。
――グチャッ。
◆
「――ハッ!?」
寒いと感じて目が覚めた。
慌てて周囲を見回す。
俺は電車の中にいた。
開いた扉から見えるホームの案内には『やくり駅』と書かれているし、信号トラブルで停止中だというアナウンスが流れている。
スマートフォンを確認すれば、時刻は11月11日の17時10分と表示されている。
「嘘だろ」
駅のホームに降りながら唖然とする。
電車でやくり町から逃げようとした。ちょうどやくり町の境界から出ようとしたあたりだったと思う。俺は俺の身体が潰れる音を聞いた。
何があったかは分からない。
でも確信していることは、あのとき俺は死んだということだ。何かに全身を潰されて死んだということだ。
一緒に車両に乗っていた男性はさぞや驚いたことだろう。
「くっくっく」
思わず笑ってしまう。
俺はこの町に、11月11日に囚われたってことか?
でもさっきは頭のない女の気配はなかった。ミキとも会ってすらいない。
なぜ俺は死んだのだろう。
本当に、やくり町を出ようとしたから死んだのだろうか。そんなことがあり得るのだろうか。
「あり得ない!」
俺は首を振った。
そうだ。あれは電車に何かがあったのだ。きっと脱線事故でも起こしたのだろう。
ならば調べるべきだ。調べることは2つ。
1つは俺が乗った電車に何が起きたのか。もう1つは町から出るとどうなるのか。
俺は駅の改札を出て、線路沿いに歩き始めた。
そして戸成駅に着こうかというところで電車が走ってくる。
駅での停車時間を考慮しても事件の瞬間には間に合わないかもしれない。自転車でも使うべきだったか。
まぁもう一つの目的である隣町まで行けるかどうかは検証できるから良しとしよう。それに脱線事故でもあれば遅れて行ったとしてもすぐに分かるはずだ。
「またカカシか」
線路沿いの道にカカシが立っていた。
電車に乗った人たちからカカシを見えるようにしたいのだろう。カカシ人形は電車を向いている。
畑仕事をしているお爺さんをイメージしているのだろうか。少し腰のまがった人形が麦わら帽子をかぶっていた。
アイドルの蜜柑ちゃんよりはクオリティが高いかもしれない。
「えっ?」
カカシに意識をとられていると、不意に背後から気配がして振り替えった。
それは幽霊のような不気味な気配ではなく、何か大きなものが迫ってくるような気配だった。
すぐ目の前に軽トラがあった。電車の音に邪魔をされて気づくのが遅くなってしまった。
運転席にはお爺さんがいる。彼の目は半目になっていた。
居眠り運転だ!
ギリギリで意識を取り戻したのか急ブレーキをかける。
だが時すでに遅し。俺は軽トラに轢かれた。
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