第4話 より良いセックスのために我慢しろ!
飲み会が終わって外に出ると、健ちゃんは俺にしか聞こえないような声で頼み込んでくる。
「ミキちゃんを頼む」
目が合う。健ちゃんは真剣な顔で頷いた。
飲み会が始まる前にも似たようなことを言っていた。
この2度目のミキを頼むという言葉は夢のときにはなかったものだ。
夢でのセックスの記憶があったせいで、俺のミキに対する反応が違っていたから発生した言葉だろう。俺がミキのことを強く想っていることを健ちゃんも分かったから生まれたものだ。
だとすると、単に男女の仲を意味しただけの言葉ではないのかもしれない。もっと重たいメッセージが含まれているのかもしれない。
でもそれを問いただすよりも先に、健ちゃんは人と会う用事があると言って去っていった。
ミキと2人きりだ。
空はすっかり暗くなっている。
田舎だから東京よりも明かりが少ない。国道は車が通るために明るいが、少し裏道を行けば真っ暗だ。
「この時間に久しぶりの裏道は危ないから国道から行こっか」
ミキの提案に従い、俺たち2人は国道沿いに駅へと向かう。
裏道を行く方が直線で早いけれど、街灯はろくに整備されておらず、油断すれば普通にフタのない側溝に落ちたりする。
無駄な冒険をする必要はないだろう。
「その、ごめんな?」
「なんのこと?」
「いや、なんつーか、ちょっと強引だったというか」
「サチくんがそんなこと言ってくれるなんて思ってなくて動揺しちゃったけど……嬉しかったよ?」
「そ、そうか」
ミキの好意が伝わってきて自分の口がニヤついていることがはっきりと分かった。
彼女のちょっとした言葉で嬉しくなってしまう。
まるで初めて恋をする思春期男子みたいだと思った。
「さむっ」
強い風が吹いて、思わずそう呟く。
今の時刻は21時10分だ。すっかり空気は冷え切っている。
「サチくん」
「なんだ? ……って、うぉ!」
右腕に感じた柔らかい感触に変な声を出してしまう。
ミキが腕を組んできたのだ。
包むような柔らかさが腕にはっきりと伝わってくる。身体の奥が熱くなって、さっきまで感じていた寒さはどこかに吹き飛んだ。
あー、揉みしだきたい。
ミキの巨乳を思う存分好きにしたときの反応が脳内で何度もリピートされる。
「暖かくなった?」
アルコールが残っているのか、それとも照れているからなのか、火照った顔で上目遣いで尋ねてくる。
可愛いな。
ミキのことを愛おしいと感じて気がつけば彼女の頭を左手で撫でていた。
一瞬驚いた様子を見せていたが、ミキは俺の手を受け入れる。
「えへへ」
ふにゃふにゃと笑っている。そんなに俺の手が気持ちよかったのだろうか。
だったらもっと気持ちよくしてやろうかと、頭に置いた手をもっと下へと動かしたくなる。ミキの胸や下腹部を弄ってしまいたくなる。
でも今は我慢だ。
国道を走る車たちにミキが乱れる姿を見せる訳にはいかない。
必死に己の性欲と戦いながら2人で歩いていると、ミキが懐かしむように言った。
「昔もよく2人で歩いたね」
「こうして横に並んで歩くというよりは俺の後ろにくっついてたけどな」
「酷いなぁ。サチくんがどんどん先に行っちゃうからでしょ?」
「確かに」
俺たちの顔には自然と笑みがこぼれていた。
「私ね、サチくんの背中が好きなの」
「そうなのか?」
「どれだけ辛くても、サチくんの背中を追いかけているときは楽しかった」
彼女は昔、母親を亡くしている。
きっとそのことを言っているのだと思う。
なんとなく湿っぽい空気になったと感じたのか、ミキがわざとらしく明るい声で言う。
「ねぇ知ってる? サチくんの背中のこの辺りにホクロがあるんだよ」
そう言いながら彼女は俺の肩甲骨の下あたりを突っついた。
「ちょっ」
こそばゆくて身体がのけぞる。
「サチくん可愛いー」
俺の反応が面白かったのか背中の色んな場所を何度も突っついてくる。
止めるように頼んでも止める気配がない。
「止めろって」
振り返って彼女の腕を掴んで制止する。
「あっ……」
ミキが小さく声を出す。
至近距離で向かい合う俺たちの体勢は、まるでキスでもするかのようになっていた。
目と目が合って、身動きが取れなくなる。
そしてミキは目を閉じた。
「――ッ」
息をのんだ。
彼女の唇に目を奪われてしまう。
吸い寄せられるように顔を近づけて――
「眩しッ!」
寸でのところで車が通った。
歩行者のことを考えていないハイビームのライトに照らされて、その眩しさで我に返った。
「じゃ、じゃぁ行こうか」
「う、うん」
先ほどのことはなかったことにして2人で再び歩き始める。
危なかった。
もしもキスしていたら、きっと俺は歯止めがきかなくなる。そのままその場で襲い掛かっていただろう。
◆
互いに互いの好意が伝わっているけれど、それでも最後の一歩を踏み出せないようなフワッとした状態で、俺たちは駅にたどり着く。
一応、俺は電車に乗って帰ることになっている。
だから駅の改札を通ってしまえばお別れだ。
隣に歩くミキは俺に行ってほしくないという様子だ。でも、それを言い出せずにいるらしい。微笑ましいことだ。
「サチくん、その……もう帰るんだよね?」
「早く帰らないと終電に間に合わないから」
まだ時刻は21時27分だけど、俺の家まで帰るならもう電車に乗らないと間に合わない。
でも彼女の心配は杞憂に終わるはずだ。
「あのカカシ、顔がない……?」
駅の入り口の傍にあるカカシを見てミキが言う。
駅員の姿を模したカカシが立っていたが、あるはずの顔がない。顔なしの人形は酷く不気味だ。
顔は何らかの拍子に落ちて転がったのか、少し離れた位置に落ちている。
首だけになってもカカシはにっこりと笑ってこっちを見ていた。
気持ち悪い。周囲が暗くなっているから余計に恐い。
「何かの拍子に落ちたんだろうな」
駅の構内に入ると改札の前に看板が立っていた。
手書きでトラブルのため運休中だと書かれている。改札の近くでは野次馬の町民たちがホームの様子を見ようとしていた。
「何かあったのかな?」
近くにいた人に事情を尋ねた。
駅のホームで飛び込み自殺があって電車を動かせないのだと教えてくれる。
「参ったな。今日は帰れないかもしれない」
駅前広場に出て、困ったフリをする。
俺はこの後の展開を夢で見た。
帰れずに困っている俺に「泊まれる場所を知っている」とミキが案内してくれる。
そして彼女が案内したのはラブホテルだ。夢での俺は全く想定していなかった。
でもミキは精一杯の勇気を出して俺をラブホテルに連れて行ったのだと思う。その勇気に応えたいと思った。
だから俺は彼女を抱いた。
処女だということは知らなくて驚いたが、その困惑もすぐに極上の快楽を味わってどうでもよくなった。
「サチくんは覚えてる?」
夢とは違う言葉を投げかけてくる。
俺が色々とやらかしてしまったせいで彼女の言葉も変わってしまったらしい。何を言うのだろうか。
「あっちにそういうホテルがあること」
ラブホテルがある方を指さしながら言った。
それは夢のときのような騙し討ちではなく、少し婉曲した表現ではあったが真正面からの誘いだ。
「電車がなくて帰れないなら、一緒に泊まるのはダメ……かな?」
不安そうに上目遣いで尋ねてくる。
彼女との行為による快楽が身体にも心にも刻まれている。
彼女にはまだ男性経験がないことも夢で知っている。
彼女が昔から俺に好意を抱いていることも知っている。
気がつけば、俺はミキを抱きしめていた。
「みんな見てるよ?」
自殺現場を見ようとしていた野次馬や、散歩していたお婆さんが微笑ましい顔でこっちを見ている。彼らの態度を言葉にすると「青春だねぇ」と言ったところか。
でも今の俺の目に映るのはミキただ一人だ。
「俺はミキが好きだ」
「……ほんとに?」
「ミキの身体も心も、その全てが欲しい」
「私も! 私もサチくんの全部が欲しいよ」
俺たちは無言で目を合わせ、そしてキスをした。
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