第3話 現実の幼馴染と再会したけど夢の姿と全く同じだった

 18時30分、そろそろ頃合いだ。

 俺は叔父さんの家を出て、居酒屋へと向かう。

 そういえば夢の中では今くらいの時間に――


「もしかして、さっちゃんか!」


 一人の青年が声をかけてくる。

 さっちゃんというあだ名を、このやくり町で好んで使っている人物はただ一人。車田 健吾(くるまだ けんご)、俺の親友だった男だ。


「久しぶり、健ちゃん」


 俺の肩に腕を回して、元気に「久しぶりだなぁ!」と喜んでいる。

 健ちゃんの姿は夢で見たものと驚くほどに一致していた。

 相変わらずイケメンなやつだ。

 運動も勉強もできて、コミュニケーション能力も高い。陽キャを体現したかのような人物だ。

 しかも県内にある国立大学の医学部に一発合格するというガチのエリートだ。

 昔はかけていなかった眼鏡も知的に思える。

 ときに野暮ったい印象を与えるはずの眼鏡が、健ちゃんがつければスマートなアクセサリーへと様変わりだ。

 適当に大学生活を送っている俺とは住む世界が違う。


 興味深いのは、夢で見た健ちゃんの姿と瓜二つだということだ。

 あの夢は正夢なのだという証拠がどんどん積み上がっていく。

 俺が女子の立場なら、俺と健ちゃんを比べたとき、間違いなく健ちゃんを選ぶ。ミキは本当に俺を選んでくれるのだろうか。

 思い出話に花を咲かせながら歩いていると健ちゃんが真剣な顔で言う。


「ミキちゃんのこと、よろしく頼むな」


 夢での俺はその言葉の意図を掴めないでいた。

 でもこの先が夢と同じ展開になるのだとすれば、その意図はなんとなく分かる。

 健ちゃんはミキが俺のことが好きだと知っていて、だからこそ俺に頼むと伝えてきたのだ。


「任せてくれ」


 健ちゃんの想いに応えなければならない。

 誠意をもって頷いた。


「やっぱりさっちゃんは頼りになるな」


 ホッとしたような顔で笑っている。


「健ちゃんに比べたら俺なんて……」


 昔から劣等感があった。

 何をやっても健ちゃんには敵わない。


「さっちゃんは凄いやつだと思うぞ?」

「お世辞はいいって」

「さっちゃんはいざってときに頼れる男だから。俺みたいに要領がいいだけの男とは違うのさ」


 そうなのだろうか。自分ではよく分からない。

 でも健ちゃんが本気で言っていることが伝わってきて、俺の心は浮ついた。




    ◆




 目的地である居酒屋は俺が住んでいた当時はなかったものだ。

 遠目に見えた形は夢と一緒だ。

 国道沿いに3年ほど前にできた店は、全国にチェーン展開されている。俺が通う大学の傍にも存在していて、安さを売りにしているから大学の友人とよく行っていた。

 事前に店の名前は聞いていたから夢で似たような建物を想像したとしてもおかしくはない。建物の大きさや駐車場の位置関係なんかは気味が悪いほど完全に夢と一致しているけど。


「おっ、ミキちゃん!」


 健ちゃんが店の傍で待っていた女性に向かって手を振る。

 やばい。緊張してきた。

 離れた場所から見た姿は夢と変わっていない。落ち着いた色の服を来た小柄な女性だ。

 近づけば近づくほど、夢の精度の高さを理解する。

 そして――


「「……」」


 俺とミキは互いに見つめ合って黙り込む。

 夢での俺にとってミキは初恋の女性ではあっても、現在進行形の恋心はなかった。だから美少女になっていることを驚きこそすれ、普通に挨拶を交わすことができた。


 今の俺はミキに恋をしている。見惚れてしまい挨拶をすることも忘れていた。

 夢の世界でミキとセックスをした。そのセックスは最高に気持ちが良くて、その快楽は夢がさめた今でも鮮明に刻まれている。

 既に身体が堕とされてしまっているからなのか、夢で5年ぶりに会ったときよりも、目の前にいるミキは更に可愛く思えた。


「俺がいることを忘れてないか?」


 健ちゃんの声で我に返る。

 わざとらしく拗ねたフリをする彼に、ミキと一緒になって謝った。


「久しぶり……サチくん」


 健ちゃんのお陰で緊張がとけたのか、ミキが俺に笑顔を向ける。


「あぁ久しぶり」


 可愛い。

 昔はおどおどした少女だったのに、5年経って魅力的な女性に成長している。

 身体は変わらず小さいままではあったが、その胸が大きく成長していた。

 あどけなさと色香があわさっている。

 顔は童顔の可愛らしい感じだ。当時と違って化粧をしており、ぱっちりした目が印象的だ。

 俺の通っている大学にいる女子たちと比べてもミキの方が可愛い顔をしていると思う。そこに巨乳という武器が加わるからもっとヤバい。


 もうミキのことしか考えられない。同じ学部の気になっていた女性も今となっては何も感じない。他の女性はもう恋愛対象にならないと思ってしまうほどに、頭の中が彼女一色で占められていた。


「なぁミキ」


 自分の衝動が抑えきれずに彼女の手をとった。

 ミキの身体を眺める。

 俺は夢でミキを抱いたのだ。今でもその美しい裸体は脳裏にはっきりと浮かぶ。

 コートの下に隠された巨乳も、その形をはっきりと覚えている。そこにあったホクロのこともよーく覚えている。

 ミキの肌は白いから余計にホクロが際立っていた。


「さ、サチくん? 急にどうしたの?」


 こうして直接会ってしまえば、もう自分の気持ちを抑えられない。

 俺が見た夢の正体はわからない。予知夢かもしれないし、そうじゃないかもしれない。

 でも俺の心の芯はあの夢での快楽で染まっている。そしてその快楽の記憶は、ミキと会うことでより一層強く喚起された。

 ミキを抱きたい。その一心だ。


「俺はミキのことが――」

「はいストーーーップ!」


 健ちゃんが間に入って、俺とミキの手を振りほどく。

 わざとらしくゴホンと咳き込んだ。


「さっちゃんは昔からやるときはやる男だったけど、さすがにやりすぎだぜ?」


 健ちゃんがたしなめてくる。

 夢の俺は暴走しなかったから、これは夢にはない展開だ。


「まだろくに5年ぶりの会話もしてないだろ? そういうのは飯食った後に……な?」


 ミキと目が合った。

 彼女は小さい顔を真っ赤に染めて恥ずかしがっている。

 可愛いなと思った。

 成長して大人の女性になってはいたけれど、その照れた姿は昔の彼女と変わらないもので、性欲とは全く別の部分で俺の心が高鳴った。




    ◆




 今日はミキの20歳の誕生日だ。俺たち3人の中では誕生日が来るのが一番遅い。

 真面目な彼女は20歳になるまでお酒を一度も飲んだことがないらしい。

 折角だからと健ちゃんの発案で、誕生日を祝いつつミキのお酒デビューを応援しようということで、こうして3人で集まることになった。


 生ビールを注文して待っていると、女性の店員が4つのビールを運んできた。

 もしも夢が正しければ、そのビールは俺たちの隣のテーブルにいる男性グループのもので――


「あっ」


 店員の履いている白いスニーカーの紐がほどけていて、それに引っかかって転倒する。転倒した際にビールのグラスは放り投げられて、男性グループの一人にビールを集中砲火した。

 それもまた、夢の通りだった。

 しかし改めて見ると随分と滑稽な場面だと思う。


「あの人、誰だか分かるか?」

「うーん、誰だろう。分からないな」


 俺は夢で答えを知っていたが分からないフリをした。

 ミキと会ったときは想いが暴発して予定にないことをしてしまったが、なるべく夢の通りに行動した方がいいと思ったからだ。


「2つ上の松田先輩だ。覚えているか?」

「あの松田先輩?」

「そう、あの松田先輩だ」


 『あの』とわざわざ強調しているのは、彼女が当時は手のつけられないほどの暴れん坊だったからだ。

 その彼女が普通に居酒屋の店員をやっていて、今は男性にぺこぺこと謝罪している。


「月日が流れるのは早いな」

「確かに」


 店長と松田先輩が男性に謝罪する傍らで、別の店員が俺たちに飲み物を運んできた。

 ビール2つとノンアルコールビール1つだ。


「一緒に飲めなくてごめんな」


 健ちゃんがノンアルコールビールを受け取りながら言う。

 この後急用が入ってしまったらしく、アルコールを控えるらしい。


「ううん、無理しないで大丈夫だよ。私はこうやって集まれただけで嬉しいから」


 隣に座るミキがチラっと目線をこっちに向けてくる。

 それは『俺と会えたことが嬉しい』と目で語っているように思えた。

 彼女のちょっとした仕草一つで俺の胸は高鳴ってしまう。


「それじゃあ早速、乾杯!」

「「乾杯!」」


 グラスを合わせて乾杯を終えれば、ミキが緊張した様子でビールを口にする。

 瑞々しい唇が透明なグラスにくっついて形を変える。

 横から見ているとその柔らかさがよく分かった。


 ――俺はあの唇と何度もキスをした。


 あの柔らかそうな唇に何度も口づけしたし、あの唇で俺の身体の色んなところにキスをしてくれた。

 その唇を見ているだけで心が彼女に引き寄せられてしまいそうになる。


「美味しい」


 ミキがほうとため息をつくように言う。

 夢でも思ったけれど、なんとなくお酒が苦手そうなイメージを持っていたから、ミキの反応は意外だった。




    ◆




 俺たちは近況報告や世間話をつまみにしながら酒を飲んだ。

 ミキはビールの味自体は好きになったみたいだけど、まだアルコールを一気にとることには躊躇いがあるようで、ちょっとずつ飲んでいる。

 両手でグラスを持ちながらちょびちょび飲む姿は小動物みたいで可愛い。

 でも可愛いだけではない。アルコールで火照った顔が色っぽい。


「お前ら互いに互いを見すぎだぞ」


 健ちゃんが言う。

 この後ミキとセックスできるかもしれないと思うと自然と目が彼女の胸や唇にいってしまう。


「とっとと結婚しちまえ」


 結婚か。


「良いかもしれない」

「えっ!? ほんとに!?」


 今までは結婚なんて考えたこともなかった。

 家族になりたいと思う人ができるのは、まだまだずっと先のことだと思っていた。

 でも俺の場合は今だったようだ。

 夢でミキとセックスをしてから、人生の伴侶はミキ以外にあり得なくなった。


「今度廉太郎さんに挨拶しようかな」


 ミキのお父さんの名前だ。

 楠井製薬の社長でもあり、経営者としても研究者としても非常に優秀だ。

 俺とは比較にならないほど優れた人物である彼と話すことは緊張する。でも、ミキと結ばれるなら避けては通れない道だ。

 だから今度廉太郎さんと会いたいと言ってみた。

 でも――急に場の空気が変わる。


「……」


 ニコニコと上機嫌だったミキの顔から表情が消えた。

 彼女は何も言わずに黙り込んでしまう。

 向かいに座る健ちゃんもどこか気まずそうだ。


「お手洗行ってくるね」


 ミキがトイレに向かい、健ちゃんと2人きりになる。


「ミキちゃんは父親と上手くいってないんだよ」

「もしかして、お母さんのことが原因か?」


 健ちゃんが頷く。


「ミキちゃんが言い出すまではなるべく触れないであげてほしい」


 健ちゃんは昔からいいやつだ。

 誰よりも仲間思いな男で、それは今も変わっていないと思った。


「それとお前、いくらなんでも鼻の下を伸ばしすぎだぞ」

「えっ?」


 そんなにスケベな顔をしていただろうか。


「ミキちゃんも満更じゃない感じだったから気にする必要はないかもしれないけど」


 久しぶりに会う幼馴染が可愛く成長して、巨乳になっていて、しかも自分を好いているかもしれない。あと少しで最高に気持ちいいセックスができるかもしれない。

 そんな状況で興奮しない男はいるだろうか。

 だから俺がミキのことを見てしまうのは仕方がないことなのだ。


「少しは悪びれろっての」


 健ちゃんは呆れながら笑った。

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