第9話 参謀

「失礼、お待たせした」


 客間にはすでにラビスタ公が座しており、暇を持て余すかのように髭を整えていた。リューダは相対するように椅子にどかっと腰をかける。そんな彼の不躾ぶしつけを気にも止めないかのように、ラビスタは穏やかな笑顔で口を開いた。


「狩りの邪魔をしてしまいましたかな」


 あの発砲音が聞こえていたのだろう。貴族、軍部の要人というのは抜け目ない。リューダの評判も聞き及んでいるのだろう。


「全く、良いところで来てくれましたよ。おかげで今晩のつまみがお預けです」


 リューダは軽く笑うと、両肩をすくめて首を左右に振った。


「それは申し訳ない。とはいえこちらも手ぶらではありません。酒と肉をお持ちしましたので、それを代わりに召し上がっては。品質は保証します」

「それはありがたい。なにぶん、辺鄙へんぴなところなんでね」


 この傭兵団には時折、皇国から馬車で食料品の差し入れがある。それはルンドラという辺境での職務に対して配慮であるが、しかしそれのみで生活するには心下ない。金があっても周辺に店があるはずがなく、質素な生活を強要される彼らには、こうした嗜好品は刺さる。


 リューダはこの部屋に来る前、門前に停留されたラビスタ一行の隊列を横目で確認していた。護衛役のドラゴン騎竜兵きりゅうへい一頭を先頭に、二台連なる馬車の荷台は高く積み上がっていた。その物量は先にあげた定期補給を圧倒している。あれだけの贅沢品があれば、団員達を労うには十分だ。――それゆえにである。


「それで、ラビスタ公、本題は」


 武力はおおむね金でその力が維持される。それは本質的には軍人であれ傭兵であれ変わらず、雇用主がレッセント皇国であるという点も共通である。しかし決定的な差は忠誠心の向かう先で、軍人のそれは国や皇帝であり、傭兵は金そのものに対してである。傭兵の機微きび掌握しょうあくしたいなら、わかりやすい対価で示すのが最も効率的だ。――例えば、こんな風に。


「ふむ。手短に行きましょう」


 リューダの言葉に、ラビスタは嫌な顔をせず、むしろ飲み込みの速さを気に入ったとばかりに、一枚の似顔絵を机に滑らせた。


「この少女を探してもらいたい」

「失礼する」


 リューダはそれをすくい上げると、眉をひそめた。上質な紙に描かれたのは、まだあどけなさの残る少女だった。この時勢、似顔絵を残すというだけでも名家の令嬢だということはわかる。それに加えて、白金の髪色に、翡翠の双眸。純粋さが透ける表情は、傭兵となったリューダにはたとえ紙の上の模倣であっても眩しいものだった。


「アルゥエラ・レッセントゥカ。先代皇帝の第三皇女です。と言っても、それも昔の話ですが」


 リューダは頭を掻きむしった。


「生きてるって噂は、本当だったのか」

「おそらくは、ですが」


 もともとルンドラ傭兵団はクーデターより幾日か経過した後に結成された寄せ集めの傭兵団であり、その時すでにその噂は持ち込まれていた。そこへ度々訪れる荷馬車の御者が世間話として持ち込んだりするので、話題の少ない団員達の間で度々酒の肴になっている。当然リューダも耳にしている。


 正直、噂には関心がない。より正確に言えば、関心を持たないようにしている事柄だった。金で動く傭兵でありながら、その魂には未だ正義感という炎が燻っている。少女一人の命運を国家や群衆が弄んでいるという現状に、居心地の悪さを感じないと言えば嘘になる。そしてそんな自分の青さと向き合う余力があるほど若くはない。まったく、どいつもこいつも――そう口にでそうになるのを何度飲み込んだか。結果彼は、心の平穏を保つために、無関心でいることに決めたのであった。


「探してどうする」


 しかし、それが目の前に持ち込まれた。向こうから飛び込まれたら、確認しない訳にはいかない。


「おや、関心がおありで?」


 ラビスタは試すように驚いて見せた。その奥にある魂胆に苛立ちを感じながら、リューダは凄んで見せた。


「女子供の殺しはやらない。加担もしない」


 金に魂は売っても、犬畜生にはならない。それは傭兵リューダにとって、己を構築する矜持きょうじである。


「ならば好都合」


 しかしその答えも予期していたかのように、ビスタは前のめりになった。そして構えるリューダに対し、先日会議であったことを包み隠さず話した。


「なぜそれを俺に」

「信頼、とお考えください」


 ラビスタは人差し指を額に当ててから、リューダを指した。続いて嘲るようにして首を左右に振る。その所作は軍人というより成金貴族のそれに見える。


「恥ずかしい話、今や内部の人間ですら信用ならない。軍の中には、本当に皇族に忠誠を誓っていた者も多いですからなぁ。万が一彼らが先に見つけでもすれば、今度こそ反撃の狼煙のろしを上げるでしょう。それはちょっと困るんですよ」

「その理屈で言えば、俺達なんてそれ以下だぜ。しょせん雇われ傭兵、肩入れする義理はぇ」

「だからこそですよ。貴方たちは、忠誠なんてものよりも、はるかに信用にたる価値観をお持ちだ」


 ――金か。


「条件は」


 腕と足を組んだリューダが眼光を一層鋭くする。ラビスタも口角をあげ、二本指を立てる。


「誰よりも先に見つけること、生きたまま連れて帰ること、できれば無傷で。それができるのであれば――」


 ラビスタは金属製のケースを空け、中の金貨を見せた。レッセントに流通する最上級の大判金貨が、三十枚はある。傭兵としての月給は概ね大判金貨一枚。数年は遊んで暮らせるだけの金がそこにある。


「――これの三倍を支払いましょう。ああ、それは前金ということで」

「くせぇな。高すぎる」

「それで国の安泰が買えるなら安いもんです。国の再建にいったいどれほどの金が必要か想像できますか」


 ラビスタの視線が鋭くなる。

 軍部参謀、ラビスタ・クロムウェル。栗茶ブルネットの髪をなで上げ、整えられた髭に、片眼のモノクルを備えた壮年の紳士。

 しかしリューダには見える。その瞳の奥深くに、底知れない闇深さと荒ぶる闘争心がくすぶっている。


「彼女には、今後の平和を象徴する、生きたいしずえとなって頂かなければ」


 ――敵に回すな。

 それがリューダの本能が告げる警鐘けいしょうだった。

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