第8話 カリスマ

 レッセント領の最北東に位置する、ルンダラ関門かんもん。この関門は文字通り、レッセント領土の終わりでもあり、その先のルンド丘陵地方の始まりの場所でもある。

 ルンダラは手つかずの自然と緩急ある勾配が美しい景観を持つ地域であるが、一方、年間を通じて風が強く農作には不向きであり、また冬は北方から抜けて吹き降ろす寒気厳しい地域でもある。


 そんなルンダラの関門は、開かずの扉として揶揄される。レッセント城からは果て無く遠く、その先は北部に位置するトルー山岳地帯、東よりはルンド丘陵と、物流的価値の低い地域が続いている。移住しようとする者はおろか、行商人すら通らない。ここの門番が最も多く目にするのは、城下町から定期的に訪れる、関門番への支給品が山盛り詰め込まれた荷馬車であった。


 それにも関わらず、その関門は立派な作りである。山と山を結ぶように作られた壁は高さが十五メートルほどあり、その壁材は焼石と粘土を織り込んだ頑丈な作りで、さらにその表面は職人によって丁寧に均されており、たとえ玄人であってもよじ登ることは容易ではない。加え、門は肉厚の鋼鉄製で、一枚開くのに屈強な男達が十人がかりで押し込む必要がある。これが開かずの門の由来である。


 なぜこの辺境にこれほどまでに立派な、得てして過剰なほどの性能をもった関門があるのかと言えば、それはルンドの民の存在に他ならない。


 ルンド丘陵地方には村がある。彼らはレッセントの民と同じ系譜を持ちながら、この地域に移り住んだ者達の末裔だ。その歴史は古く、彼らには彼らの生き方があり、考えもまたしかりである。今のところ、レッセントの情勢には無関心で温厚である、というのが共通の認識ではあるが、一方で排他の意識は高く、一度踏み込めば抗争も辞さないと、レッセントにしてみれば予測困難因子である。

 それゆえに、不測の事態を憂慮ゆうりょした初代皇帝は、彼らの武力では到底突破することの敵わない関門を設置することで、彼らを意識の外に追いやることにしたのである。国防の観点からも、四方のうち一方を計算から無くせることは、こと防衛戦略を講じる上で大きな価値があった。

 実際、この関門は今日この日に至るまで襲撃を受けたことがない。門が開かれるのは日々の鍛錬と機能確認を兼ねた解放訓練くらいで、誰かが通過したりさせたことすら一度たりともない。この関門はまさに存在するだけで価値を持っているのである。

 しかしクーデター成立後の現在、そんな関門に軍を配置する体力をレッセントは持ち合わせていなかった。ただでさえ復旧は進まず、反乱因子すら抱え込んでいる状況である。軍は外に出さず、むしろ城の内側で統括管理すべき対象ですらあった。


 とはいえ、さすがに無人という訳にもいかない。


 そんな状況下でここに配属される者がいったいどんな者なのかは、想像に難しくないだろう。ここにいる者達の多くは、出自が悪かったり、素行不良だったり、色々な理由で出世を絶たれてもなお、己の力を誇示し、その対価を金で受け取ろうという粗暴な集団――傭兵である。


 傭兵といえば金で暴力を振るう集団として、ことレッセントにおいてその印象は悪くまた社会地位も低かった。平時であれば、例え武力が不足しようとも彼らを雇用するなどすれば、気でも触れたのかと非難されるであろう。しかしクーデター以降の財政難の中、軍人よりも安くかつ手軽に切り捨てることのできる傭兵の存在は、実に都合が良かったのである。

 そんな傭兵で構成されたルンドラ関門傭兵団であるが、しかし内部統制が驚くほど取れており、その練度はむしろ他の関門のそれを凌駕していた。彼ら個々の戦闘力しかり、連携による戦闘力しかり、並大抵の部隊ではまるで歯が立たないであろう。


 では何か彼らをそこまで高めたのか。――カリスマがいたのである。


 今、門壁に上に人影があった。緋色の髪を粗雑に縛り、上半身は半裸、鍛え抜かれた筋肉を陽光に晒しながら、猟銃を構え上空の獲物に狙いを定めている。


 ――男の名前は、リューダ・ゲンテロ。ここルンダラ関門を守護するレッセント領ルンダラ傭兵団の団長である。


 リューダが引き金を引くと、上空を飛んでいた鳥が急に翻り、地面に落ちていった。


「よぉし!」


 リューダは大きく拳を構え喜びを露にした。同時に、門下にいた兵士が馬で駆けていく。


「すげぇぜ団長! 百発百中だ!」

「これで何匹目だ?」

「四匹、四匹連続だ、その間、一発も外してねぇ」


 沸き立つ兵士たちに向かい、拳を上げたリューダは、声を張り上げた。


「これで今晩も馳走ちそうだ! 味気のない芋の代わりに、とれたての鶏肉で宴と行こう!」


 その一言で、兵士たちは益々ますます沸き立った。


 リューダは近接戦闘や騎馬術でも無類の強さを誇るが、さらに卓越した狙撃の腕前を持っていた。彼は暇を見つけてはその狩りの腕前を披露し、その成果を部下たちに振る舞った。その気前のよさも含めて、男達から憧憬を集めている。それが彼の人心掌握の粋であった。


 リューダは再び猟銃を構えた。兵士たちのあの様子では、あっという間に食べ終えてしまうだろう。追加の食材として狙いを定めたのは、あの岩陰で新芽をむさぼる兎だ。距離にして一〇〇メートルほどの小さな的だが、彼にはそれを射止める自信があった。彼の猟銃に望遠照準はついていない。その自信の裏付けは、その驚異的な視力にある。


「リューダ団長」


 狙いを定めるリューダの背後から、声を掛ける者がいた。リューダと似た緋色の短髪をなびかせるその者の名前は、レカ・スメンド。ここルンドラ傭兵団唯一の女性でありながら、リューダの左腕を務める女傑である。


「なんだレカ、あとにしてくれ」


 リューダは慎重に照準を合わせる。次、奴が食べ始めた時が、引き金の引き時だ。彼が彼女に構わないように、彼女もまた、そんな彼の事情など知ったことかとばかりに、言葉を続ける。


「馬車が来ています。団長に面会を求めていますが」

「馬車? 城の連中か。忙しいとかなんとか言って、適当に帰ってもらえ」


 リューダは集中する。兎が新芽を再び手にした。引き金を引く指にそっと力を入れた。


「ですがお相手はラビスタ公です」


 その言葉と同時に放たれた弾丸は、わずかに逸れた。兎は驚き、すぐに見えない所に隠れてしまった。


「ちっ」


 戦士として洗練された彼の集中力は本物だ。普段なら、誰かに話しかけられたくらいでは狙いが逸れたりはしない。だが今回は相手が悪い。リューダは猟銃から残弾を抜くとそれらをレカに押し付け、脱ぎ捨ててあった団服を羽織った。


「仕方ない、茶ぐらいだすか。レカ、すまんがあとで持ってきてくれ」

「酒でなくてよいので?」

「はんっ。お偉いさん相手に酒を出す義理はねぇ。それに、その酒は今晩の宴に飲み干す予定だからな」


 リューダが悪い顔で笑うと、レカはため息をついた。

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