第6話 右翼と左翼
ドラゴンと少女・アルゥエラがランダの工場に落下してきた日。
「さて、まず何から取り掛かるか」
ランダは最初にまずドラゴンを良く観察した。見逃している傷や骨折箇所はないか。ドラゴンの皮膚は大型の草食獣のように頑丈であり、大きな傷は見当たらなかった。問題はやはり翼の骨折。翼竜の身体構造が他の動物と類似しているなら、折れた部分を当て木で養生してやれば、時間の経過とともに再生するはず。それにはまず、翼を正しい位置に戻してやらねばならない。とはいえ翼竜の背丈は高く、人間のように座って手当をするとはならない。
ランダはドラゴンを取り囲むように木製の
翼竜の翼はその見た目の質量に対し、意外にも軽量であった。恐らく骨は鳥類と同じように空洞構造になっていて、飛行するために特化しているのであろう。とは言えそれはあくまでも大きさに対して比較での話である。翼端それ自体の重さは満タンにした桶以上の重さがあり、加えて長さもあるため、作用する骨折箇所にかかる負荷は想像以上に大きい。現に、少しランダが動かすだけでも簡単に折れてしまった。これではその役目は満たせない。
ランダはドラゴンの顔を見ながら考え込んだ。この巨大な翼をどう修理するか。修理後もずっと同じ姿勢で固定しておく訳にはいかないから、強度があり、かつ軽量で、しかも長期間の固定に耐えうる素材である必要がある。そんな素材に一つだけ心当たりがある。
ランダは同時に、ドラゴンの胆力に驚いていた。この作業の間、かなりの痛みが伴ったはずなのに、騒ぎも吠えだしたりもしない。この生物には痛覚がないのかと錯覚してしまうほどだが、実際は違う。耐えているのだ。
「ごめんな。もう少しだから」
トルー軽鉄ならあるいは。
トルー軽鉄はトルー山岳地帯からルンド一部で採掘される合金で、軽くて丈夫でしなやか、さらに加工しやすいという特性がある。一方でかけやすく衝撃に強くはないため、武器の素材としての需要が見込まれずに価値は高くない。備蓄は多くないが、目的には適している。これを使わない手はない。今から炉を入れれば、朝のうちには装着できる状態にはできるだろう。そうしてランダがトルー軽鉄の準備をし始めた頃には、空は赤らんでいた。
十分に熱した軽鉄を叩き、薄く伸ばしていく。細長い板状にした軽鉄を、骨を包むように筒型に形成すれば、相当な強度をもたせることができる。これに当て木を併せて、あとは翼を綺麗に折りたたんで固定すれば、なんとかなるだろう。
「悲しむだろうしな」
少女とドラゴンの関係は知らない。だがともに旅をしてきたなら、そこに関係があるのなら。ランダは痛みに耐えるドラゴンの気位の高さに敬服しながら、翼に軽鉄を取り付けていく。槌で叩き整形し、当て木を添えた頃には、翼端はしっかりと固定されていた。
「ついでに改造してやろうかな」
ドラゴンの体は見れば見るほど興味が湧いてくる。その爪を活かせば農作業に役立ちそうだし、走らせば馬よりも早そうだ。何より力がある。この体躯を人間の営みに活かした時の恩恵は計り知れないだろう。身の危険を冒してでも飼いならそうとする連中の気持ちがランダには良くわかる。そして同時に一つ思いついた。
「少しくらいは手伝ってもらわないとな」
ランダが目にしたのは、少女とともに背負っていた
「お前なら余裕だろ」
人を乗せて空を飛ぶほどの
そうして日が登り、抜けた天井から陽光が工場に朝を届けた頃のことだった。
ランダの工房を訪れた村長は、声にならない悲鳴をあげ、腰を抜かした。目前の光景の異常さは、村長の長い人生においても群を抜いていた。あやうく気を失わなかったのが救いである。なにせ目前には伝承に聞いた生物が鎮座し、あろうことか村の少年と戯れていたのだから。
「あ、じっちゃん」
昨晩、ランダの工場で大きな音がした。それは村長の家にも届くほど大きなものだったが、日常茶飯事と言えば違いなく、翌朝様子を見に行くか、と軽い気持ちで訪問した。しかし訪れてみれば、工場は見たことがないほどに損傷し、中に入ってみればこの光景である。天井が抜けたままの工場に、
「お前、それ、それは」
とはいえ、翼竜の怪力にとって、それは拘束具の役目を果たしてはいないだろう。逃げ出そうと思えばすぐにでもそれができるはずだ。しかし翼竜はそれをしない。そればかりか、目の前の少年に対して愛嬌を振りまいているようにも見えるのだ。
「じっちゃん。驚かないで聞いてくれ。今、なおしてやってるところなんだ」
「なおす?」
驚くなとは土台無理である。状況も、少年の言動も、常識のそれを遥かに逸脱している。彼の父親がそうだったように、彼もまたそうなのだろうと思えば、落ち着きを取り戻すことができた。そうして目前のドラゴンと相対して、彼は息を吐いた。
「襲っては、
翼竜は木製の檻から出てこようとはしない。その大きな眼球で村長をじっと見つめているだけだ。その双眸の奥に殺意はないことは明らかである。
「ああ。こいつは騎士なんだ」
「騎士?」
事情を飲み込めない村長に、ランダは首から上だけ動かして、着いてこいと言った。工房の奥を抜け寝屋に向かうと、寝室まで登らされた。老体を落ち着かせるためと散乱した部屋に対する落胆とが混ざったため息を吐くと、ランダ少年が寝床に手をかけて言った。
「見てくれるか」
「これは」
白金の髪色を持つ少女が、そこにいた。
「昨日、落ちてきたんだ。あいつと一緒に」
「生きているのか」
「一応。息はしてる。怪我はなかったけど、あれから目覚めない」
少女の髪色、そして肌の質感。この村の人間ではないことは明らかだが、その身体的特徴に心当たりがある。村の長として、顔役として、少ないながらその外交は担ってきた。自給自足を信条とするルンドの民とは言え、入用になることはいくらでもある。世間を知らぬ村民に代わり、大陸の風情で交渉の土台にあがることもある。そうして対峙する時はたいてい相手が決まっている。それは隣国はレッセント皇国城下町からやってきた証人で、その多くが血筋に恵まれた者だった。
「連れてくる」
「ちょっと、誰をだよ」
「ダガンだ。見せてみんことには、わからんだろ」
ダガンは村唯一の医者だ。
「でも」
「助けたいのじゃろ」
村長はそれだけ言い残して去ることにした。
村に余所者が近づくことに対して、村長自身はさほど懐疑的ではない。自身が顔役として外界の人々と触れる機会があることで、外の世界を実際に見聞きできるのは大きい。ただ問題は村人の方である。彼らの多くは集落外の人間と触れ合ったことがない。そしてその必要もない。それは医者のダガンにしても農婦のラナにしても同じだ。彼らにしてみれば、豪奢な衣類に身を包んだ貴族連中は、それこそドラゴンに匹敵する外敵に映るだろう。同じ人間でも理解が及ばない存在だ。畏怖は村の統率を大きく乱す。村長が保守的な姿勢を貫いているのは、そういう
そんな中、余所者が舞い降りた。
その者はまだ幼く、しかも女児である。大人として、救うべき存在である。しかし同時に、村の長として貫かねばならぬものもある。
「どうしたものかの」
今彼の意思は揺らいでいた。彼の脳裏には、利益に笑む貴族の容姿が写っている。その髪色は、少女を同じ白金だった。
「ダガン、いるか。折り入って頼みがある」
村長は窓口を叩きながら、村一番の保守的人物と相対する覚悟を決めた。
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