第十三話 祟られ者(一)
「おぶってやろうか?」
「結構です」
「何だ、横抱きの方がいいか?」
「結構です!」
「可愛くねぇな」
モミジは、揶揄ってくるトウシロウをいなし、疲弊した身体を動かした。霊力が切れ、心身共にぼろぼろのモミジではあるが、回復薬は使用していない。回復薬を服用すれば、その名の通り確かに回復する。だが、短時間で服用し過ぎれば、逆に毒となって身体に負担が掛かってしまう。大猿と対峙する前に服用したばかりなので、緊急性が無い限り、これ以上回復薬を飲む事はしなかった。
大猿の妖魔を討ち滅ぼした後、モミジとトウシロウは森の中を歩いていた。辺りは、木の葉の揺れる音と、二人が踏みしめる下草の音だけが鳴り、静かだ。妖魔のいる気配は無い。獣道を進む中、妖魔の遺骸が所かしこにあった。モミジが討ち倒した覚えのない妖魔であった。それは、トウシロウがモミジの元へ向かうまでに、道すがら討伐した妖魔の遺骸であった。
「遺骸の後始末は、明日一番にやるぞ」
「今ではなく?」
「もう日が暮れるしな。視界が悪い。それに、弟子がもうぼろぼろで、こき使えなさそうだからな」
「申し訳ありません」
「いや、真面目に受け止めるなよ……。とにかく、今日はもう森を出るぞ」
「はい」
そうして二人は森を抜けた。その頃には、もうとっくに日が暮れており、カシヤミ村の民家からぼうっと明かりが漏れているのが見えた。しかし、民家よりも明かりが強く灯っているいる場所があった。そこは、行商人が店を開いたり、祭りなどの行事を催すのに利用する広場だ。モミジとトウシロウは村に入り、その場所へ向かった。
そこには、松明や霊晶石で出来たランプを持った村民が輪となって集まっていた。他にも、渡守家の私兵がちらほらといた。何やら輪の中心で怒号が飛び交っているようで、モミジとトウシロウは中心へ進んだ。
「まぁまぁ、鹿養殿。少し落ち着いたらどうかね」
「こんな事態を引き起こされて、落ち着いていられるものか! よもや、なぁなぁで済ますつもりではあるまいなっ!」
輪の中心には、へらへらとするイナノホリ領主代理の渡守と、怒りに満ちたカシヤミ村の長の鹿養が対峙していた。その二人のすぐ傍に、ミモリとヨシノリ、コトリがいた。モミジとトウシロウは村民達の間を縫って、輪の中心へと出た。
「モミジさん! 赤獅子様!」
モミジ達に気付いたミモリは、はっとして二人に駆け寄った。
「モミジさん、ご無事ですか!?」
「はい、何とか。ミモリさんは?」
「私は何も、大事ありません」
「良かった。ヨシノリさんも、ご無事で」
「はいっ、はい……っ。モミジさんのお陰で、俺達は助かりました……っ!」
ミモリと共にモミジの元へ駆け寄ったヨシノリは、ぐずぐずと嗚咽を漏らしながら感謝した。ミモリも眉尻を下げ、目には薄っすらと涙が滲んでいた。
コトリの方は、その目にトウシロウを映すと、彼女もこちらへ駆け出そうとした。しかし、鹿養がそれを阻んだ。
「退いて下さいませ、鹿養様っ。わたくしは、赤獅子様の元に——」
「コトリ様」
そこへ、ミモリが厳めしい顔付きでコトリを見据えた。
「モミジさんに感謝の言葉を。そして、謝罪をして下さいっ」
ミモリがそう言うと、コトリは小馬鹿にした態度を取った。
「……何故?」
コトリは鼻を鳴らし、そっぽを向いた。
「感謝も何も、化け物を倒すのがその人の仕事でしょう? それに、謝罪? 意味が分からないわ。わたくしは何も悪くないもの」
「何を——」
「この……っ」
悪びれもしないコトリに、ミモリとヨシノリは目を吊り上げた。
「そもそも、わたくしが
「貴女は解いていませんが、錫杖には触れましたね。どうしてですか?」
コトリは笑みを浮かべて宣うが、すかさずモミジが口を挟んだ。
「何ですって?」
コトリは笑みを引っ込めた。
「霊具である結界に使用される錫杖は、誰が触れたのか分かるように霊気の痕跡が残ります。触れただけでもです。私が結界を張り直した時に、亡くなった男性とカヨお嬢様、そしてコトリお嬢様の霊気を感じました。何故、触れたのですか?」
「きょ、興味本位よ!」
そこに、トウシロウも口を挟んだ。
「ま、穢溜まりの結界を解いたんだ。どっちみち調査が入る。コトリ嬢は追及されるだろう。自白剤を使って、廃人になろうとしてもな」
「赤獅子様っ!?」
トウシロウの無情な口舌に、コトリは青い顔をして衝撃を受けていた。呆然とするコトリを、父親である渡守が大量の汗を流しながら庇った。
「まぁまぁ! 赤獅子殿も、どうか冷静にっ。誰にでも失敗はあるんだ。コトリもまだまだ未熟という事で、私の顔に免じてどうか穏便に——」
「善悪の判断がつかない幼児でもあるまい! だいたい死人も出ている! その内の一人は、隆成家の令嬢であるぞ!」
己の娘が犯した凶行を隠蔽しようとする渡守に、鹿養は声を荒げ、非難した。
周りにいる村民達も口々に糾弾し、渡守はおろおろとした。
「し、しかし……、こんな事が公になれば、私の立場がだね……」
「そうよ! 鹿養様ったら、お父様を失脚させるおつもりかしら!?」
コトリの物言いに、成り行きを見守っていたモミジは絶句した。周りにいる者達も同様だ。全員が、珍獣を見るような目をコトリに向けていた。
「貴女は、自分が何をしたのか理解しているのですか?」
堪らず、モミジは口を開いた。
「穢溜まりの結界を解けば、この辺り一帯は邪気に満ち、穢れ、妖魔が出没するのですよ? 貴女も見たでしょう? 妖魔の恐ろしさを。それでも、何一つも罪悪感を抱かないのですか?」
「わたくし自身が、錫杖を抜いた訳ではないわっ」
「二人も死人が出たのですよ!」
「私兵をどう扱おうが、わたくしの勝手よ。カヨさんは残念ではあったけど、彼女だって乗り気だったし、自業自得でしょう?」
己の間違い、罪、愚かさ——それらを全く認めず、理解しないコトリに、モミジは怒りに震えた。
「あなたに、人の心は無いのですかっ!」
「わたくしに説教するんじゃないわよっ、この醜女っ! お前も泥女も、生意気なのよ!」
コトリは目を吊り上げ、モミジとミモリに向かって喚いた。
「わたくしの方が、血筋も容姿も優れているのに! 何で惨めったらしいお前達の傍に優良な男がいて、幸福そうな雰囲気出しているのよ! 有り得ないじゃない!」
「何を言って―—」
「わたくしより、幸せそうな女なんて許せない! そんな女は、皆消えてしまえばいいわっ!」
只々、自己愛が強い。己の欲求を満たせるのなら、他人を害するのも躊躇わない。悪徳……。ヨシノリの言った言葉が、モミジの頭の中に浮かんだ。
道徳心の欠片も無い目の前の令嬢に、モミジの怒りが静まらない。それと同時に、腹の奥底で黒い何かが湧き上がった、溢れ出そうになるそれを
「わたくしのような女はね! こんな片田舎で一生を終えるような女じゃないのよ! トウシロウ様のような見目も名誉も優良な殿方に嫁いで、誰よりも幸せになるの! 私は、選ばれるべき女なの!」
悪辣な女の口からトウシロウの名が紡がれ、モミジは明らかに激怒した。自分を救ってくれた、強く心優しい英雄である師が、悪徳令嬢に相応しい訳がない。侮辱だ。モミジの頭は熱く、視界が真っ赤に染まり——身の内に蠢く黒が、箍を突き破った。
「止せっ!」
トウシロウが声を上げた。
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